戦略的一時撤退
「クリス、今すぐ起きて!」
「うーん?どうしたの」
「旅に出るわ。すぐに準備を始めて」
「わかった」
1階に戻りカレーの残りに小麦粉を入れて少し煮詰める。
パン種にカレーを包み、パン粉をつけて二次発酵したら揚げる。揚げる。揚げる。
香ばしいにおいが食欲をそそる。
クリスが降りてきた。
「今日の仕込み分で携行食のパンを作る」と奥のキッチンに入っていく。
「手伝おうか?」
「大丈夫。そっちを片づけて」
「イザベル、俺を連れていけ。旅には護衛役が必要だ」
「仕事はどうするのよ、ロバート」
「王都騎士団に交渉する。侯爵家の依頼としてね」と弟が続ける。
「一緒に来るのは構わないけど、騎士団の恰好はやめて。目立つから」
「了解した。準備が済んだら戻ってくるから待っていてくれ」
「ロバート、俺も一緒に行く」
数時間前
「イザベル様、一時的に王都を離れる気はありませんか?」
「どうして?」
「このままだと、カリンさんと皇帝によってこの店が潰されるからです」
そう言った後に、彼女はこの世界を舞台にした乙女ゲームの話を始めた。
「ひどい話ね。巻き込まれる周囲の事を考えてほしいわ」
「ゲームではこの後、隣国の皇帝ルートに入りますが、主人公と皇帝の王都お忍びデートで一つ問題があるんです」
リザは言いにくそうに続けた。
「王宮で評判のお店、つまりこのお店で料理に毒を盛られて、主人公が死にかけます。犯人、つまり店主は怒り狂った皇帝により処刑されます。そして主人公は愛の力で後遺症も残らず復活する…」
「人を巻き添えにしないで勝手に自力で愛を深めなさいよ!」
弟とロバートが出ていき静かになった店内、残っていたリザに声をかけた。
「カレーパン、食べる?」
「勿論、喜んでいただきます」
リザはニッコリ笑ってカレーパンにぱくついた。
「あなたはこれからどうするの?」
「主人公と皇帝の恋を応援します。人騒がせな主人公を皇帝に回収してもらいましょう」