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第2話 桜色の雪

おかしな所があったら教えてください。

……一目惚れをした。


長いこと恋をすることができなかった、女性が恐いと感じていた僕がだ。


そんな過去の柵による恐怖など、簡単にぶち壊してしまうような魅力が目の前の少女にはあった。


と。


「雪が降ってる」


「え…?」


突然、目の前の可憐な少女がそう言った。

会ってまだ数秒である僕に、桜を背にし、風に艶やかな長い黒髪を靡かせながら、真っ直ぐと目を見て。


僕は彼女の言っていることが理解できなかった。

当然だ。今は春。僕の住む地方ではこの時期に雪が降ることはまずありえないのだ。

それ以前に、今日は快晴だ。

今も雪が降っている様子はどこにだって身受けられない。


「どこにも雪なんて降ってないよ」


僕は困惑した表情でそう言った。


「降ってるよ。たくさん。桃色の雪が」


ああ、桜の花びらのことかとここで気がついた。

確かに桜の花びらはまるで雪のように宙を舞い、そして地面に降り積もっている。


それにしても、何故桜の花びらを雪と言ったのか。

僕には理解ができなかった。


「桜の花びらは雪じゃないよ」


だから、そう返す。そして、彼女の返答を待った。


「………」


彼女は少しの間黙った。

そして、すぐに小さく口を開いた。


「雪だよ。だってほら、冷たいもん」


そう言うと、窓から入り込んできた桜の花びらを右の手のひらに受け止め、それをぎゅっと握った。

そして、左手で僕の手首を掴むと自身の方へと引き寄せ、開いている僕の手に桜の花びらをのっけた。


突然感じられた彼女の柔い肌の感触。

その感触に僕はドキッとした。

途端に僕の身体が熱くなっていく。


そうすると、より顕著に感じられる一つの事実。


そう。


「冷たい」


冷たかったのだ。

桜の花びらではない。彼女の手がだ。


そんな彼女は僕の言葉を聞いて、笑みを浮かべた。

そして勝ち誇ったかのように、少し自慢気な表情を浮かべる。


「ほら、言った通りでしょ」


と。


「ちがう」と、そう言いたかったが、僕はその時の彼女の表情を見て、その言葉を吐くことはできなかった。


あまり表情を変えないだろう彼女の笑顔を。そして少し自慢気な顔を。

その、とても可愛らしい表情を崩したくはないと、そう考えたからだ。


「本当だ。冷たかった」


だから、僕は彼女に笑顔でそう返した。


そうすると、彼女は再び笑みを浮かべた。

優しい、柔らかい笑みを…。


…本当に不思議な少女だと思った。

そして同時にそんな彼女が益々魅力的だと感じる。


彼女はきっと嘘をついていない。

ありのままを、僕に伝えたのだ。


「あの、名前は…」


不意に僕はそう言葉を洩らした。

あまりにも自然に、意図しないままに。


僕はそう言葉を洩らしていたのだ。


恐らく何の脈絡もなくはかれた言葉であったであろう。


しかし彼女は、そんな僕の質問に何の疑問を抱くことなく答えてくれた。


透咲春乃(とうさきはるの)。…あなたは?」


「僕は、羽山逢人。よろしくね、透咲さん」


驚いた。

彼女は侑李の言っていた少女その人だったのだ。


なるほど、確かに侑李の言う通りなのかもしれない。

彼女の魅力は僕の中にあった鎖を軽く引き千切ってしまうほどのものなのだ。


透咲春乃。


春先に一目惚れをした少女の名前。


きっと僕はこの名前を一生忘れることはないだろう。


そして僕は彼女と出会った今日という日も、きっと忘れない。


雲一つない快晴であり、クリアな景色とそこに咲き誇る春を象徴する桜の存在する、今日という日を。




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