9.思わぬ依頼
内山ことうっちゃんたちとの新年会の飲み会が終わり、家に着いてシャワーを浴びようとしていた時に珍しく佐山真理から電話が掛かってきた。
「あけましておめでとう。今年も宜しくね」
「おめでとう。こちらこそ宜しく」
「今、話できる?」
「大丈夫だよ。さっきまでうっちゃんたちと新年会で飲んでたんだ。今帰ってきてこれからシャワーに入ろうと思ってたところだから」
「あのね。今年はそっちに帰省しないから会えないの。それに娘の受験があるからしばらく会うのを控えようかと思って……」
「しかたないさ。会えないことは寂しいことだけど娘さんを一番に考えてあげてほしいな」
「ありがとう。お言葉に甘えてそうさせてもらうわ。3月に受験の結果がでたらお願いね。あっ、たまには電話してもいいでしょ?」
「そりゃぁ、いつでも電話ぐらいしてきなよ。遠慮はいらないよ。会えない分、沢山話したいからね」
「よかった。ダメって言われたどうしようって考えちゃって、ふふ。駄目な女ね」
「ダメじゃないよ。真理ちゃん!愛してるよ」
「私も愛してます。聡さん……会いたい………」
「すぐ会えるよ。娘さんのケア頑張ってやるんだよ。そしたら胸をはって堂々と会えるんだからね」
「わかったわ。そうするね。本当にありがとう。そろそろ娘がお風呂からでてくるから切るね」
「了解。またねー」
「お休みなさい」
「お休み」
電話を終わって聡はふーっと大きなため息をつく。受験の終わる3月頭まであと約2ヶ月足らず。会えなかった30数年の時間に比べたら一瞬にさえ思える時間だ。そう考えれば2ヶ月ぐらい耐えられる。
「大丈夫……」
そうひとりごちて聡はシャワーを浴びるためにリビングから浴室へ向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
何事もなく年度末を迎えられるかと思っていると聡のもとへ思わぬところから連絡が入った。2月の半ば頃に仕事から帰って食事も終わってリビングでTVを見ているときに家の固定電話が鳴った。
「もしもし、桐山くん?私、中学で同級だった町田だけど、覚えてる?」
「おおっ、覚えてるよ。一昨年の同窓会で会ったよな。たしか真ん中のテーブルに座っていたと思うけど…」
「そうそう、三田の隣に座ってたのよ。それで今話できますか?」
「ああ、いくらでも空いてるよ」
「よかった。あのですね。ちょっと電話だと話しにくいんで今度の日曜日に直接会って欲しいんだけど。ダメかな?」
「仕事は休みだからいいけど。電話じゃ話せないの?」
「うーん、できればね。直接あったほうがいいかなぁと思いまして」
「わかったよ。幼稚園から一緒だったおまえと俺の間だ。日曜日に会おう」
「ありがと!!それじゃM町(職場である○○大学病院)の産業道路沿いのファミレスわかる?」
「ああ、わかるよ」
「時間は11時でいい?」
「了解。ところでお前は今仕事は何してるんだ?」
「えへへ。同じ職場だよ」
「えっ○○病院ってこと?」
「うん、場所は埼玉の病院だけどね。外来病棟の受付してる」
「町田って名前あったかなぁ」
「それは結婚して名前変わったからだよ」
「ああ、そうか。名前なんていうんだ?」
「今の名字は、木村だよ」
「そうか、木村さんだな。覚えたよ。間違わないようにしないとな。申し訳ないからさ」
「まっどっちでもいいよ。あんたにならね。それじゃ日曜日お願いね」
「ああ、またな」
聡が日曜日の11時にM町のファミレスに入っていくと既に旧姓町田は入り口から直ぐのテーブルに座っていた。店員さんに待ち合わせであると告げて席に案内してもらう。
「わざわざ。ありがとう。休みの日に呼び出してごめんね」
「いいってことよ。30数年ぶりに旧交を温められるんだ。問題なしさ」
「そういってもらえると助かるかな」
「それで話ってなんだ?」
「えっとどこから話せばいいかな……実は、私は22年前に結婚したんだけど結婚して3年で旦那が事故で亡くなっちゃってね。それで義理の母親と二人でずっと生活してたんだけど伯父(母のお兄さん)が再婚しろってうるさくってさ」
「うちはほら、母子家庭だったじゃない?旦那が亡くなってすぐ自分の母親も亡くなってさ。仕方なくではあったけど縁のあった義理の母親の面倒を見ていたんだ。それが去年、亡くなってさ。もう縛られることはないんだからって伯父さんがうるさくいってきてね。どうも自分の身内に嫁がせたいらしいんだけどさぁ。今更好きでもない男の後妻になるってのもどうかと思ってね。断ってるんだけど、しつこくて困ってるわけよ」
「そこで頼みってのはなんだい?」
「えっとね、えへへ。あのね。私の旦那になって欲しいなって思って…」
「えっ旦那ってどういうこと?付き合うって事?」
「違う!違うよ!旦那の振りして伯父さんに会ってもらってがつんと言って欲しいと思ってね。同窓会であってまんざら知らない人間でもないし桐山君ならぴったりかなって思ってね。どう?駄目かなぁ?」
「整理すると、伯父さんに再婚をうるさく言われてたくないから俺に旦那のふりをしろってことでいいか?」
「うん、そうお願いします」
そういって旧姓町田は両手を合わせた。
「偽装に付き合うのはいいんだけど旦那は駄目だな。万が一ばれたときに言い訳がきかん。うーん、俺は離婚してばつ1だけど、そっちは死別だから、旦那より今おつきあいしてる人って感じでどうだ?」
「それでいい!本気で付き合う必要ないからね。伯父さんの前で演技してくれればいい。あんた中学の時、卒業生を送る会の演劇に主役に抜擢されたんだから大丈夫だよ。あれはいい演技だったって先生も褒めてたし」
「おいおい、いつの時代の話だよ。そんな昔のこと持ち出されても困る」
「でも、ほんっとにお願いします。伯父さんに会うのは来週の日曜日で県庁の横にあるホテルで顔合わせするんだ。一張羅の背広でばっちっときめてきてね」
「しかたない。ひと肌脱いでやるよ。そうだなぁ。お礼は○○ホテルのディナーで手を打つか」
「それならお安いご用だ。頼んまっせ。社長ー」
「なんだ、しおれた花がもう咲いたか。現金なやつだな(苦笑)」
その後細々とした時間などを決めて二人は別れていった。
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旧姓町田の伯父さん達と顔合わせの日曜日になった。聡は遅れるわけにはいかないからと一時間前に県庁前の時間貸しの駐車場に着いてしまった。駐車料金は市内だけあって20分300円とお高かったが、精々4時間もいれば終わるだろうと予想していたのでホテルへ歩いて行ける近場の駐車場を選んで駐車したのだった。
聡は5分前にはホテルに着くように駐車場をでて大通りに面したホテルに歩いて行った。ホテルの硝子張りの玄関を入ると右手のロビーにばりっと決めたスーツで町田が立っていた。
「待たせたか?」
「ううん。今日は宜しくお願いしますね。……さ、聡、さん…」
「ああ、普段通りにしろよ。なんか変な気分になる…」
「でも緊張してきちゃって…」
「大丈夫だよ。話するだけだろう、ほらなんの問題もないからさ」
「うん、わかった」
そんな話を二人がしていると奥の方から70歳過ぎと思われる老人とその奥さんが歩いてきた。老人は聡達の前にくるとぎろっと聡を睨む。
「愛子、こちらがおまえがおつきあいしているかたかな?」
「はい、伯父さん。そうです。こちら、桐山聡さんです」
「初めまして。桐山と申します。愛子さんとおつきあいさせて頂いております。本日は宜しくお願いいたします」
そういって聡は頭を下げた。180cmある長身の聡であるので本人が思っている以上に頭を下げないと背の低い年寄りには横柄に見えてしまうと今までの経験で知っている聡は膝に頭が着くぐらい深々とお辞儀をしたのだった。
その姿を見ると満足そうにうなずいく伯父と伯母だった。
係の人間に松の間といういかにもお見合いの席用の部屋に連れて行かれテーブル席に案内された聡は木村愛子と並んで座らされ正面には伯父が座りその隣に伯母が座った。
早速伯父による身上調査が始まった。
「どういった経緯で愛子とおつきあいをするようになったのですか?」
「えっと愛子さんとは幼稚園から中学までほとんど同じクラスでして昔から互いに気の置けない友人として付き合っていました。それで一昨年、私は離婚しまして、その後同窓会で偶然会った愛子さんと話している内に愛子さんが旦那さんを亡くされてお母様も亡くなられていてひとりぼっちになったという話を聞きまして、自分も一人でしたのおつきあいしてみようかということで昨年からおつきあいさせていただくようになりました」
「失礼ですが、お仕事は何をされていますか?」
「はい、愛子さんと同じ○○病院の庶務課で働いております。勤務地はM町です」
「おお愛子と同じ病院でしたか。それはそれは。愛子よかったな」
ほかにも色々質問されたがありきたりの想定問答でのりきった。
出された食事もありきたりのコース料理で特段問題になることもなく無事最後のデザートまでのりきった聡だった。
「伯父さん。これで再婚しろって言わないでくださいね」
「わかった。こんなにいい人がいてくれるなら何もいわない。子供がいないことが残念だがどうしても欲しいなら養子をとればいいんだ。愛子。幸せになるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
「では二人はゆっくり楽しんできなさい」
「ええっ伯父さんの車できたのに、帰りは?」
「それは桐山さんに送って貰えばいい。では失礼する」
厳しかった伯父と伯母は二人で顔を見合わせてうなずくと聡と愛子をおいて部屋を出ていってしまった。
「えっと、これで終わりかな?」
「そうみたいね。どうしよ?」
「車は近くの駐車場に止めてあるからとりあえずホテルをでようか」
「そうね」
聡と愛子は伯父さん達が隠れてみているかもしれないからと警戒しながら、さも恋人同士のように腕をくんでホテルをでて駐車場まで歩いて行った。
愛子のボリュームのある胸に抱え込まれた右腕の感触をそっと楽しむ聡だった。
駐車場に着いて車に乗り込んだ聡はネクタイを緩めると大きなため息を吐き出した。
「ごめんね。迷惑かけて。でもこれで伯父もうるさくいわないと思うからありがとうね」
「ああ、旧交を温めることができてよかったよ。さて、帰りますか!」
「えっ、うん、あの○○ホテルのディナー予約してるんだけど……」
○○ホテルとは伯父達と会ったホテルではなく全国に名前の通った有名ホテルでそこの最上階のレストランは有名なのだった。
「えっあれ冗談だったのに。俺はファミレスでよかったのに。んで、どうする?」
「折角だから行ってみない?私もたまには楽しみたいし。義理のお母さんなくなってから外食なんかほとんどしなかったからさ。駄目かな?」
「いや、うん、たまにはいいんじゃないか。だけど時間がまだ早いだろう?どうする?」
「うーん、○○通りにいってみようか?適当にお店みて18時に予約してあるからそれまでどこかで時間つぶそう」
「今だいたい15時だから、あと3時間な。わかった」
そう決まると聡と愛子は車を降りて○○通りに向かって歩き出した。
道すがら愛子はホテルをでた時のように聡の腕をそのボリュームのある胸に抱きかかえて端から見ると本当に夫婦のように歩きだした。どこかで伯父さん達が監視しているかもしれないという愛子の訴えにしかたないかと思い、そのまま通りをあるく聡であった。
適当に通りの両側にあるお店を見て回り、疲れたらデパートの1階ロビーのベンチで休みながら予約の18時まで二人でウンドウショッピングを楽しんだのだった。




