7.危ない恋心
去年、30数年ぶりに中学校の同窓会があってから一年が経とうとしている。あれから人生が急展開したなと聡は思い出す。
年末に元妻の伸江に離婚を切り出されこちらの不実のいわれなき理由で200万円の慰謝料を取られたが結局は伸江が不倫していた証拠を手に入れられたので制裁して間男から300万円と伸江から300万円取り返すことができた。結構な臨時ボーナスが入ったのだ。パソコンも新しくしたし書斎もいい感じに整ってきた。
さらに昔から好きだった佐山真理とラブラブになったことだ。彼女も離婚騒動があり無事離婚できたためいまでは誰に気兼ねすることなく逢うことができる。ただし、娘さんが大学受験のため今は月に一度日帰りで逢うだけにしている。
そんな中、内山ことうっちゃんから一年ぶりに電話が掛かってきた。同窓彼の二次会の時に念のためにと携帯番号を教えておいたのだ。
「きりちゃん、ひさしぶり」
「おう!うっちゃん。どうした?」
「きりちゃんさぁ。今度の土曜日だけど暇?」
「ああ、空いてるっちゃ空いてるよ。何だい?」
「実はさ、去年同窓会やっただろ?あの後も何人か飲みたいって人がいてさぁ。少人数で飲み会やるんだ。よかったらどうかなぁと思ってね」
「ん~行ってもいいが誰がくるんだ?」
「今のところ確実なのは、森っち(森山)、三田さんぐらいかな。後はきーやんもくるかも」
「あー濃いメンツだな。そこに佐山さんが入れば昔海にいったメンバーじゃん……」
「そんなこともあったねー。無理にとはいわないけどどうする?きりちゃん来る?」
「どうしよっかなぁ。暇なんだけどさ。最近出歩くのおっくうになってね。年だねぇ」
「そう言わずにぁ。言いづらいけどきりちゃんの離婚のこと聞いたからなんだからね。主役がこないと話にならん!」
「えっどこからばれんた……」
「役所をなめんな(笑)」
「そうだった。うっちゃんのところでばれるんだった…しかたない。いくよ!場所は?」
「よっしゃ。じゃぁさぁ、場所は隣の市の○○イタリアレストランで18時からだから、車で来ないでよ?よろしくねー」
「わかった。○○かぁ。駅から近いからいいか。了解したよー。じゃあまたね」
「あいあいー。またねー」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
土曜日になった。聡は少し早めにJRの駅に向かう。隣の市の駅まで乗れば15分だが田舎の電車は一時間に4本しかこないことも多い。一本乗り遅れると15分か20分はまたなければならなくなるのが嫌だったのだ。
何事もなく隣の市の駅に着く。最近、東西の入り口を自由通路として誰でも行き来ができるように改築したせいか昔の面影がまるでなくなっていた。自由通路を東口に向かって歩いて行く。指定されたレストランは駅から歩いて5分もかからないはずだった。だが通路を直すのと同時に駅前ロータリーも直したらしく昔のロータリーはなくなっていてバス乗り場に変わっていた。相当遠回りしないと目的のレストランには行けない道順になってしまていた。それでも18時には遅れないだろうと少し早足で歩きだす聡だった。
18時5分前にレストランに着き胸に銀色のトレーを抱えた黒いズボンに白いシャツを着た店員に待ち合わせだと伝えると奥の席に案内された。
そこにはすでに内山ことうっちゃんと三田と森山が座っていた。
「おーきたきた。きりちゃん。きたー。こっち座ってよ」
うっちゃんが席を勧めてくれたのでテーブルの一番奥に座る。向かい側には三田さんが座っていた。聡の隣に森山が座り。三田の隣にはうっちゃんが座った。
「今日の出席者はこの4人です。宜しくお願いします。」
うっちゃんが威勢良く挨拶する。誰かがいつの間にか店員に合図をしていたのだろう店員さんが飲み物をもってきて各自のグラスにワインを注いでいった。
食事が次から次へと運ばれてくる。昔話に花を咲かせてワイワイと端から見ると盛り上がっているテーブルだっただろう。料理も美味しいものだったし、うっちゃんは酒が飲めれば満足な人だったので始終ニコニコしていた。
森山は、N協の仕事も外回りは大変だが、やりがいがある仕事だといっていた。彼は結婚したのが遅かったのでまだ子供さんが中学生らしい。うちの子はもうOLしているといったら皆が驚いていた。
「えっ驚くってどういうこと?」
「だって。きりちゃんの子供さんはもうOLしてるって大学でてれば少なくとも23、24ってことだよね?」
「ああ、24かな」
「おれまだ独身だし」
「な、なにー。うっちゃん独身だったの?こうちゃんと結婚したんだと思ってた」
「こうちゃんて誰よ?うっちゃん?」
「森山はしらないのか?うっちゃんの好きだった人はこうちゃん=国分佐智子さんだったんだよ」
「な、なんだってぇーー」
「こうちゃんとは断られてからなにもないよ。もうこの年じゃ結婚するきも起きないし……」
「そ、そうか…」
「親も40歳までは色々うるさくいってきたけど50になったら何も言わなくなった。うちは兄貴いるし、問題ないからじゃないかな」
「そういや三田も独身だったんだよな?」
「あいかわらず桐山は物覚えはいいね。そうだよ。未だに一人だよ。戸籍もきれいなままさ」
「三田みたいな美人が一人ってのはわからんなぁ」
「じゃあ、いっそのこときりちゃんが貰ってあげればいいのに!」
「えっ。うっちゃんそれは三田さんに失礼だろう。俺みたいのじゃ三田さんに失礼だよ。ばつ1になったしね」
「ばつ1……って離婚したの?」
「ああ、去年の暮れね」
「どうしてさ?」
「……あまり人に言いたくはないんだが、まあ、ここにいる人は昔から気の置けない人間だったしいいか。簡単に言うと、かみさんが何年も浮気してたんだよ。それで証拠を見せて制裁して間男とかみさんから慰謝料ぶんどって終わりにしたのさ」
「そ、そうなんだ。大変だったんだねぇ」
「まあな、結婚するほうが何倍も楽だったよ。離婚はエネルギーを使うよな」
「そんなきりちゃんに、乾杯ーー」
「うっちゃんは飲みたいだけだろうが(笑)」
そうして最後のデザートとコヒーを飲んでレストランを後にした。うっちゃんはもっと飲みたそうにしていたのだが、翌日が役所の当番だとかで帰るといって森山と二人でタクシーに乗って帰って行った。
残されたのは桐山と三田の二人だった。何となく帰りたくなさそうな雰囲気の三田の様子を察した桐山は近くの24時間営業しているファミレスにいこうと誘うと三田は何も言わずずに桐山の横を歩いて着いてきた。
ファミレスに着くと結構混ではいたが直ぐ席に案内された。今食事をしたばかりだったので簡単な飲み物を桐山と三田は注文した。
飲み物が運ばれるまで二人は無言で向き合って座っていた。やっと飲み物が運ばれてきて二人の目の前に置かれたときに三田から話だした。いつものさばばした三田ではなくどこか借りてきた猫のようなおどおどした三田の態度にいぶかしく思うも桐山は何も言わなかった。
「あのさぁ。離婚したっていってたけど…今どうしてるの?」
「どうしてるって、一人でご飯食べて洗濯して本読んで花壇弄ってギター引いて寝て終わりだよ(笑)」
「そうなんだ。食事とか自分で作って食べてるの?」
「ああ、料理は大学の時自炊してたから簡単なものなら出来るし、グッチなんとかという歌の上手い人の料理本とかフライパンだけでできる男の料理みたいな本もかって勉強して適当に作って食べてるよ。多ければ冷凍しておけばいいし。一人は楽なもんだ」
「そ、そうかぁ。料理できるんだね。あ、あたしはあまり得意ではないから…」
「そうなんだ。それにしても三田が独身ってのがなぁ。他人が嫌いっていってたけど昔なんか逢ったんだろ?嫌なら言わないでいいよ。聞かないから」
「えっ、嫌なことは沢山あったよ。男の人はすぐ顔を見て胸見て足見て、わかったような顔してすぐ付き合えとかやらせろとかそんなんばっかりだった…」
「そ、それは男としては三田みたいな綺麗な人にはそうなっちゃうんじゃないかなぁ」
「好きな人にならいくらでも見られてもいいよ。でもどうでもいい人には見られるのは嫌。ましてや触られるなんて鳥肌たつぐらい嫌!」
「そ、そんなもんかなぁ。よくわからんけど。お前も大変だったんだなぁ」
「でも、でも、でもあたしをきちんと見ていつも目を見て話してくれて、体じゃなくて本当にあたしだけを見ていてくれる人が居たのに……何もできない自分が嫌だった…」
「そ、そうか、いや、三田にだって好きな人はいるわなぁ。ごめんよ。無理に話さなくてもいいよ」
「中学1一年の時、あんたと同じクラスになれて嬉しかった。話しかけて貰って嬉しかった。高校3年の時、予備校の夏期講習にいった時に、あんたといっしょのクラスになって嬉しかった。挨拶してくれて嬉しかった。あんたがボーリング行こうって誘ってくれて嬉しかった。写真も一緒に写ってくれて嬉しかった。大学の時、皆で海にいったりドライブしたり朝まで国道をぶっとばして遊んだのは楽しかった。あんたが運転する車に乗るのが楽しかった。大学卒業する前に高校の友達とそこの駅前に昔あった居酒屋で一緒に飲んだのも嬉しかった。卒業してあんたともう逢えないかと思ったら悲しかった。いつの間にか結婚していて子供さんもいてもうあたしの入り込む余地はないんだと思ったら悲しかった。あんたを見ると胸が苦しくて苦しくてどうしようもないぐらい苦しくて誰ともつきあう気持ちにならなかった。未だにそう。他の男なんて嫌い。でもあんたは別だった。今でも好きなんだ。好きで好きでどうしようもない………」
そう一気に話をした三田は飲み物をごくごくと一息に飲み干して下を向いてうつむいてしまった。
桐山は何も言えずに固まってしまった。彼女の本当の気持ちを今しってしまたからだった。これほどまでに一途な告白は初めてだった。しかも30数年彼女も自分が佐山真理に思っているよりも遙かに深く自分のことを思っていたことをしって驚いたと同時に結婚しない理由になっとくいった。これほどまでに一人の人間を心のど真ん中においていては他人と一緒に暮らすことはできないだろうと思った。
だが自分には既に真理がいる。三田と親友の真理がいる。来年は入籍しようと約束している真理がいるのだ。それを裏切って三田と一緒になることはできないと思った聡だった。
「ごめんよ。三田。そんなに俺のことを思ってくれていたのは嬉しい。けど、おまえの気持ちに答えることはできない。わかってほしい。君のことを幸せにしてあげることができないことは心苦しいけど……」
三田明美はきっと顔をあげると何かを決意したような顔で話し出した。
「それでもいいです。結婚なんて望んでいないです。ただ…ただ…ただ、一度だけお情けをください。私を女にしてください。お願いします」
そういって頭を下げた。
「えっとちょっと冗談はだめだよ。三田。そんなことはできなよ」
「どうしてもお願いします。この年になったら子供も望めないし。だから一度だけ私の思い出をください。まだ誰ともしてないから処女だけど嫌かもしれないけど、お願い、お願い、お願いします」
そういって頭をさげまくる。周りの人や店員さんから好奇の目を向けられる。
「いったんでよう。外で頭を冷やそう」
聡はそういって三田を引っ張って会計をして外にでた。




