6.二人の門出
それはまだ2月の半ばの頃だった。節分が終わって梅の花の話題がでてくる季節となった。
聡のもとへ真理から一通のメールが届いた。簡単に書いてあったが、離婚できたこと、名前はそのままなこと、娘と今の家に住んでいることなどが書かれていた。
名前は結婚前の佐山しかしらないから今の名前ってなんていうのか今度聞いてみようと思った聡だった。
真理に会いたいと心から思うし、離婚したばかりの傷をおった真理をなんとか慰めたいと思うのだが子供さんのことも考えるとこちらから連絡するのは違うのではないか、もう少し落ち着いてから連絡しようと考えた相変わらずへたれな聡なのだった。
聡は年度末と新年度は色々忙しくてろくすっぽ相手の事を考えることができなかったがゴールデンウィークを前にして、以前はこうしたんだなどとふと昔の幸せだった頃の家族三人でいった夏休みの海水浴のことなどを思い出すと少しだけ鬱な気分になってしまうのだ。
だが自分を裏切ったあんな女はもう関係ないと強く思い、独り立ちした娘も母親べったりであるなら見限るのも一つの手だと思うのだ。
妻が出て行って家財道具をほとんど持ち出されてしまった自宅の寒々とした現状をみると本当に憎らしさがわき出てくるのだが、欲しかった書斎ができたと思えばこれもありかと考えて、通販でパソコン用机と椅子を買いそろえ新しいパソコンを買い直し広々とした部屋でインターネットで本棚を注文し着々と自分の書斎を作り上げることに力を注いでいく毎日だった。
暇があれば本を読み庭の花壇に水をやったり晴耕雨読の連休だった。
連休が明け仕事も通常モードに戻ってきた。しかし、聡の仕事はやることがきまっている。自分で創意工夫してものを売り込むわけでもなくただただ来院する病人の書類を処理していくだけの毎日だった。既に出世は諦めている。偉い人のコネがあって相当お金も使わないと部長以上にはなれない。定年まで今の部署で働ければ御の字だと思っている。
下手すると系列の他県にある大学病院に移動になるのだ。これは早期退職勧告と同じである。自宅から通えない場所に移動させるのだ。厭なら辞めろということだ。幸い聡の自宅からは埼玉に移動になっても朝が早くなるだけでJRで久喜で東武線に乗り換えれば問題なく通勤できる場所なので移動になっても問題ないと思っている。
気がかりなのは今まで車通勤だったため電車通勤などしたことがなく朝の満員電車で通勤できるのかということだけだった。
7月になり雷の被害が酷くなってくるころ待ちに待った真理からの連絡がきた。相談したいことがあるから一度会えないかという内容だった。いつでもいいよと返事をしたら間を置かず来週の土曜日に真理の地元との中間と思えるJRの駅で会うことになった。
待ち合わせの時間に駅の東口にある喫茶店に入っていくと真理が待っていた。
「ここまで来て貰ってごめんね。遠かったでしょ」
「ああ、電車は普段乗らないからね。ま、新鮮ではあったね」
「メールしたけど、やっと2月に離婚が成立して晴れて自由の身になったの。それを報告したくて…色々親身になって相談にのってもらってほんっとに助かったんだ。ありがとうね」
「いやいや、俺は何もしてないよ。がんばったのは真理ちゃんだからね。自分を褒めてあげてよ」
「わかった、そうするね」
「それで今日は何の相談なの?」
「今後の事についてね。うちの子は今年大学受験だから今の家から動けないし、ほらね、わかるでしょ?」
「わかんないよ。はっきりいってくれよ」
「あのね。そのね。離婚したら一緒に住もうと思ってたんだけどね。子供が今の家がいいっていうんでね。そっちに行けなくなっちゃったの。ごめんなさい」
「えっと、それは真理ちゃんが子供を連れて俺の家に来てくれる予定だと考えていいのかい?」
「うん、そうだよ。嫌なの?」
「嫌じゃないけど、急な話だったから驚いただけだよ。来るなら部屋もあるし、問題はないよ」
「それじゃ子供の、由佳の受験が終わったら一緒になることでいい?」
「なんか真理ちゃんからプロポーズされてるみたいだな、はは、プロポーズは俺からしたかったんだけどなぁ…顔真っ赤だよ(笑)」
「う、うるさい、桐山くんのそうところ嫌い」
と、ぷいっとほっぺたを膨らませて横を向いてしまう真理だった。
「ごめん、ごめん。プロポーズはあとできちんとするからさ。今後の予定をきめちゃおうか。子供さんのこともあるからね。急ぐと良くないと思うよ」
「そうね。由佳の受験が終わるまではおとなしくしてるつもり」
「うん、それがいいよ。俺も寂しいけど我慢する。だから今日は……一緒にいたい。ダメかい?」
「………ダメじゃない。わざわざ普段来ない場所にしたのもそういう…その、お泊まりも問題ないようにしたから……」
「みなまでいうな。真理ちゃん。わかってる。ここなら誰にも気兼ねしないで一緒に居られるからね。大丈夫だよ。俺はもう昔と違うから真理ちゃんと子供さんを守れるよ」
「あ、ありがとう。やっぱり桐山くんね。頼りになるのね。小学校の時に学級員をしていて喧嘩している人を引き離したりしてかっこよかったのを思い出したよ。中学校のときもサッカーは上手じゃなかったけどムードメーカでサッカー部が和気藹々《わきあいあい》としていたのも桐山くんだと思ったし。3年生を送る会で劇の主役に抜擢されて、隣のヒロインがなんで自分じゃないのかと先生を恨んだこともあるよ。色々真剣に悩んだりしたけど、遂に隣に立てることになったんだ。嬉しい」
「そんなに昔から真理ちゃんは俺のことを……ありがとう。気がつかなくてごめんな。でもこれからは真理ちゃんだけを見ていくから安心していてくれよ」
「うん、わかってる。桐山くん。ううん、聡さん。これからも宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくな。真理ちゃん」
そうして二人は、喫茶店を出て夕食を取るためにレストランにいき一緒に食事をして、真理が予約してあった駅前のビジネスホテルに宿泊手続きをしたのだった。
ホテルの部屋に入ると聡はいきなり真理を抱きしめた。この数十年の空白を埋めるようにきつく抱きしめた。そしてお互いがお互いを貪り合うようにキスを求めて体を絡めたままベッドに倒れ込んだ。
聡にとっては久しぶりのセックスだ。元妻の伸江には5年近く拒否されていたのだ。本当に久しぶりのセックスだった。だが慌ててはいけないと心のうちで自分に言い聞かせて優しく軟らかく真理の体を触っていく。
真理も性病を移された3年前から夫の拓也とは夜の生活をしていなかった。病気をうつされてまで相手をする男とは思えなかったのだ。するならどうぞ余所の女で好きなだけ遊んでくださいという気持ちで断固拒否していたのだ。
お互いが数年ぶりのセックスに溺れそうになるのを必死で食い止めながら心の奥から沸き上がるこの熱い思いに逆らうことが出来なくて体力が続く限り一つになりたいと互いに互いを求め合うのだった。
聡が気がつくともう朝になっているようだった。カーテンの隙間から外の明かりが入ってくる。右腕の中にはすやすやと眠っている真理がいた。昨日の夜は頑張りすぎたかなとふと思ってしまった。自分の思いの全てを真理にぶつけてしまったのだ。真理は大丈夫だろうかと少し心配になる。
右腕少し動かして真理の肩を抱きかかえるようにして真理の顔が聡の前に来るように調整した。そしてひっそりと真理にキスをする。
「うーん。はっ。おはよう。聡さん。ここは?」
「おはよう、真理ちゃん。目が覚めたかい?ここはホテルだよ」
そういうと全てを思い出したのだろう真理の顔は真っ赤になってしまった。それをみた聡は再び優しくキスをする。真理も答えてくれる。思わず昨晩の続きをしそうになるが流石に朝からは無理かと思えたので抱きしめるだけにしておいた。
二人で交互にシャワーを浴びて身支度を調えて朝食を食べに1階の食堂にいく。ありきたりの朝食を食べ部屋に戻って落ち着いてからホテルを後にした。ホテルの支払いは聡が出した。真理も出すといったのだが男の意地だといったら笑ってどうぞと言ってくれたので聡が支払ったのだった。
駅までの道は昨日と違って腕を組んで歩いた。誰かとこうして歩くのも久しぶりだと思う聡だった。真理も同じようだ。体を聡に預けるように歩いて行く。端から見ると中年のおっさんとおばさんの朝帰りである。だが二人には周りの視線なんか目には入らなかった。
駅の改札からホームに行く。二人とも帰りは真逆だ。上の真理と下の聡だ。真理のほうが先に電車がきたが何もいわず片手をあげてさよならをする。それでいい。若い人たちや外人みたくキスはできる年ではない。誰に見られてももう独身同士だしなんの問題もないのだが見られない方がいいこともあるのだ。
聡は身を引き裂かれるように真理と別れる。暫くすると聡の乗る電車が到着してがらがらの椅子に座って自宅へと帰っていった。
その後も二人は一月に一度は逢瀬を楽しんでいたが、最初の日以外は真理は日帰りで帰って行った。子供の受験が控えている大切な時期だ。母親として支えてあげたいという気持ちに聡が答えたのだ。土曜日か日曜日の昼間にどこかの駅前で待ち合わせをして休憩できるラブホがあればそこでなければビジネスホテルで一時の逢瀬をしていた。
真理の子供の由佳の受験が終わったら籍を入れて正式な夫婦になる約束はとっくにしていた。聡と真理の2馬力で働けば由佳の大学進学は問題ない。万が一聡の家に住むことになっても真理の今の家は貸し出すとかすれば家賃収入でローンを返済していけば問題ないし、売れば着実に利益がでる物件なので聡に何かあっても真理達にはまったく問題がないのだ。




