5.真理の決着
佐山真理の離婚はまったくといっていいほど進んでいなかった。夫である藤田拓也の頑なな反対にあい話し合いにならなかったのだ。何を自分に執着しているんだろうと面とむかって言ってやりたいが、自分が前にでることはしないように弁護士の先生から念を押されているので家の中でもほとんど会話らしい会話もなくただ一緒に同居しているだけという現状だ。流石に子供の前では喧嘩をしないが、居ないときは冷戦状態だった。
そんな中もう何度目になるのかわからないが真理の弁護士事務所で夫の拓也と協議をすることになった。今回は機嫌良く夫の拓也が応じてくれたのだ。何か心境に変化があったのかと喜んでいる真理だった。
弁護士事務所で夫の拓也と向かい合って座る。自分の横には女性弁護士が座る。早速離婚の意思を確認すると、以外にもすんなりOKがでそうな拓也の口ぶりだった。
「では離婚届にサインと捺印をお願いします。こちらは同意書になります。自宅は真理さんに渡してローンの残金も真理さんが支払うということで問題ありませんか?他の財産は目録の通りに分割されます。お子さん長女の由佳さんの親権、養育権は真理さんのほうになります。つきましては、父親である拓也さんからは養育費として月に3万円の支払いを大学が終了するまで今月から起算して63ヶ月分支払っていただきます。一括ですと189万円の支払いになります。また不貞行為の慰謝料は財産分割と相殺することになりますので不要です。何かありますか?」
そう弁護士が言い終わった瞬間勝ち誇ったように拓也は鞄から厚いバインダーを取り出すとテーブルの上にどすんと置いた。
「これは真理の不倫の証拠だ。よって自分も配偶者の不貞によって慰謝料を請求する。500万円で手を打とう」
「拝見します」
弁護士がバインダーを見ていく。つられて真理も横から見ていく。それは年明けに実家の市で桐山といっしょにいったファミレスで話し込む二人の写真だった。
「わかったろう。この女は俺ばかり不倫しているといっているが自分だってこうやって男と会って不倫しているんだ。この両手をにぎって見つめ合う写真なんてどうみても不倫している男と女の顔だろう」
そうどや顔でいいはなつ拓也だった。
全部を見終わった弁護士は冷静に答えを返す。
「これだけでは不倫の証拠になりませんが、他にも証拠をお持ちですか?」
「ならこれでどうだ」
そういって別のバインダーをテーブルに放り投げる。そこには車の中で見つめ合う二人の姿が映っていた。しかし、どうみても不倫している二人ではなくただたんに同乗しているだけの写真だった。
「これでは証拠にもなりませんが?ホテルから出入りするものとか決定的なものがなければこの写真だけでは不貞していたという事実は認められませんよ」
「うそだーーー。何を言っているこんなに見つめ合って俺にはこんな笑顔は見せたことはないんだぞ。嘘をつくな!」
そういって立ち上がり真理を殴ろうとしてきた。慌てて助手の男性が後ろから羽交い締めにしてなんとか椅子に座らせた。
落ち着くのをまって弁護士から再度話をしてもらう。
「何度も言いますがこれは不貞の証拠たり得ません。お心はお察ししますが、そろそろ離婚に同意されてはいかがですか?」
項垂れていた拓也はゆっくりと顔をあげるといままでの険しい顔とは違ってふぬけのような顔つきになっていた。ゆっくりとテーブルのボールペンを手に取ると差し出された緑の紙とその他の書類にサインし印鑑を押していった。
結局、真理の一人勝ちで全部の話し合いが終わった。拓也は一週間以内に今の自宅を退去することになり、離婚届は弁護士と真理で明日役所に提出することで決着した。
「家の名義変更や会社の手続きなどまだやることが残っていますからね。真理さんよくがんばりましたね。最後にもう少し力をだしてお子さんのためにもがんばりましょう」
そういってくれた弁護士に最後の防波堤が崩れて涙が止めどもなく流れ落ちた真理だった。
「やっと肩の荷が下ろせます。ありがとうございました」
そういって真理は大宮の弁護士事務所をあとにした。
埼玉北部にある真理の自宅に帰ると既に夫の拓也は帰っていたが自分の書斎に籠もっているようで真理が帰ってきても出てこなかった。
真理は疲れては居るが子供が学校から帰ってきたら一緒に食事をしなけらばならないので夕飯の用意をし出した。ほどなくして長女の由佳が帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりー。今日は由佳の好きな和風ハンバーグだよ。着替えてらっしゃいな」
「はーい、楽しみー」
真理はそういって二階の子供部屋に階段を上がっていく由佳の足音をキッチンできいていた。
真理は食事の用意が出来たと夫の拓也に部屋のドアの前から声を掛けたが返事がなかったのでしかたないと思い由佳と二人で夕食を取った。
学校でこんなことがあったと楽しげに話をする由佳に離婚のことをいつ言おうか迷っていたが夫がいない今のうちにと思っておずおずと話し出す真理だった。
「あのね。お父さんとお母さんなんだけど……り、離婚、離婚するこになったからね。いきなりで驚くと思うけど今日弁護士さんのところで話してきたの」
「知ってたよ。お父さんとお母さんずーっと仲悪いのしってたし。あたしはお母さんと一緒にいくから家でるなら連れてってね」
「えっ、知ってたんだ。ごめんね。お母さんがもっとしっかりしていたらこうはならなかったかもしれなんだけど…ごめんなさい」
「もういいよ。あたしはぁ、お母さんと一緒にいくから。捨てないでね?(笑)」
「なによっ!あなたを置いていくわけないでしょ!それに家を出て行くのはお父さんだからこの家はお母さんと由佳で住むのよ」
「よかったぁ。別の町に引っ越すとさめんどくさいじゃん。来年大学受験だしここで助かったかも」
「そうね。来年受験だもんねぇ。本当にごめんね。微妙な時期に離婚になっちゃって」
「名前、名前は?変わるの?」
「ううん、今のまま。離婚したら結婚前の名字に戻せるんだけど今更だしね」
「そっか、よかったぁ。名前変わると色々言うやついるからさぁ。助かったかも」
「ごめんね。、気を遣わせちゃって」
「お母さんは悪くないからあやまんないでよ。悪いのはあいつだし」
「えっ、何かあったの?あの人に何かされた?」
「何もないというか、色々お母さんのいないところで悪口いってきたから嫌いなの」
「そっか、迷惑かけてたんだ……」
「でももう終わりでしょ?」
「うん、来週までにはこの家を出て行って貰うからそしたら二人だけよ」
「よかったぁ。まじよかったよ」
真理は夕食の後片付けをしてリビングの片隅にある自分用の小さいテーブルでこれからするべきことをあれこれ考えては書き出していき一覧にしていく。こうしていけばやり忘れも減るし、抜けもわかるようになってくる。昔からの癖で日々のやることリストを作成してくのだった。
するとリビングに夫の拓也が入ってきた。こちらを見ると憎らしそうに顔を顰めて冷蔵庫から缶ビールを何本か取り出すと自分の部屋のほうにまた戻っていった。
その姿を見ていた真理は言いしれぬ恐怖に襲われてしまった。あれだけ執着した夫がこれでおわるのだろうか。まさか夜寝ているところを襲われたらどうしよう。既に子供を作る年齢ではないが、体を汚されるのには耐えられなかった。この体も心もあの人のものなのだ。折角離婚までやっとの思い出こぎ着けてこれから一緒になれるという喜びの前に汚されるわけには行かなかった。
もう夜の生活は数年していないのだから今更なにもないとは思うけど万が一ということがあるので今夜は由佳の部屋で一緒に寝ることにした。
翌朝、夫の拓也は真理に挨拶もせず食事もせずに仕事にいったようだ。真理も遅れないように仕度をして由佳を送り出してから仕事に向かった。午後休暇をもらって弁護士事務所にいき一緒に離婚届を提出してきた。これで結婚生活とおさらばできると思うと寂しさよりもすっきりした気持ちのほうが強かった。しかも、晴れてあの人と一緒になれるのだ。こんなに嬉しいことはなかった。しかし、女性は離婚して半年は婚姻できない。子供のこともあるのでせめて由佳が大学に合格してからおつきあいしないといけないかと将来のことを考え出していた。
何事もなく一週間が過ぎたが夫の拓也は一向にでていく気配がない。弁護士に相談して弁護士経由で拓也に注意してもらったが効き目はなかった。
最終手段を執るべきかと真理は悩む。夫の実家は九州の北部の普通のサラリーマンの家庭だが、よくあるように九州男児…という男尊女卑がまかり通る地域なため女の真理から連絡しても何も効果が無いだろうと思えるのだ。
弁護士と相談し、結局弁護士から夫の実家に連絡してもらい法的手続きをとると通告してもらうことにした。離婚とは別料金がかかってしまうが、仕方ない。家の名義の変更なども含めてお世話になっているのだからと割り切るしかない。
案の定、その日の夜帰ってきた拓也はいきなり暴れて手が付けられなかった。帰ってきた由佳と二人で子供部屋でおびえながら朝を迎えたのだった。
翌朝は落ち着いたのか旅行鞄に身の回りの品をまとめると何も言わずに家を出て行ってそれ以来真理と元夫の拓也は会うことはなかった。
残った拓也の荷物は後日弁護士に連絡があった南浦和の住所に送ることになった。これでようやく一息つけるとおもう真理だった。
真理の家は25年ローンで夫婦二人の名義で建てたが2馬力で働いていたため繰り上げ返済をしていて予定より5年早く完済できるようになっている。夫からの支援がなくても真理の稼ぎで返していけばあと5年で完済できることになる。夫がいなくても何も問題はなかった。
請求した養育費は一括で支払われた。子供の面会は、こちらの都合で半年後からだが本人の希望によっては拒否できるように取り決めたため娘の由佳にきいたところ会いたくないということだったので今後も会うことはないだろうと思える。
真理は離婚は結婚するよるも莫大なエネルギーを使うことを実感した。まだ結婚のほうが明るい未来を考えれば苦労も困難も乗り越えられるが、自分には離婚しても明るい未来がまっているとはいえ十数年連れ添ってきた夫との別れはやはり心のどこかに相当な負担を強いられていたのだろう。
3月の年度末の忙しさに仕事に追われてしまい、愛しのあの人に会いたい、会って抱きしめて貰いたいと心の寂しさを募らせていく一方の真理だった。
夫の残していった荷物をようやく5月の連休になって処分することができた。やはり新年度というのは役所は忙しいものなのだ。次から次へと新年度の書類が回ってくる。自分のところで留めるわけにはいかないので厭でも処理していくしかない。そのため家庭のことなどやっている余裕はなかったのが実情だった。
夫の書斎にあったもはほとんどなくなっていたが、洋服やら押し入れの奥にしまっていたがらくたなどは、勝手に処分してしまった。今更連絡をとるのも厭だったのだ。