3.反撃
妻の伸江が捨てていってくれと置いていったゴミ袋は分別がされていなかったので仕方なしに聡は市の分別通りにゴミを仕分けせざるを得なかった。
燃えるゴミ、燃えないゴミ。ビニール。プラスチックなど細かく分別しないと収集車が持って行かないのだ。伸江が置いていった中にはビニールと布類が一緒くたに入っていたりヘアスプレーの缶があったりそのままではゴミステーションに出せない状態だった。
幾つもあるゴミ袋を漁っていると古い携帯が出てきた。携帯などはバッテリーを抜いて危険物の日にださないといけないのだ。なんのきなしに後で電源を入れてみようと捨てないものとして分別のゴミとは分けで置いておいた。多分充電用のコードがなくて充電を諦めたのでゴミとして処分したのだろうと聡は機械音痴の伸江のことを思い出してひとりごちた。
さらに雑誌を紐で括ったものもタオルなどの布と一緒に置いてあったのでそれを取り出す。紐が緩んでいて縛りなおそうといったん紐をほどいて中を見てみると雑誌の中に挟み込むように日記帳らしきものがでてきた。ほんの気まぐれでぱらぱらと中をめくってみる。
最初は子宮の病気のことが書かれていた。日付から見ると8年ぐらい前で通院していた時期とあっていた。後ろのほうのページを見るとおやっと思う箇所が目にとまった。
会いたい。あの人と居ると心が安まる。運命の人だ。出会うのが逆だったらよかったのに、などとなんとも人妻とは思えない頭がお花畑の内容が書かれていた。聡は丁寧にその前後の日記を読み出した。
やはり、浮気の日記だった。どうも前後の様子から化粧品販売会社に勤めだしてそこの上司と浮気をしているような記述だった。これだけでは誰とも特定できないので浮気の証拠にはなっても相手が分からなければ意味が無い。今回の離婚も裏には伸江の不倫が隠れていたことを知って聡は俄然闘志がわいてきた。
突然の離婚話に打ちのめされた聡であったが反撃の材料が見つかったのだ。
しかし、日記にはこれだけしか書いてないので相手の名前も分からずじまいだった。
そこでふっとよけておいた古い携帯が目に入った。もしかすると何か証拠があるかもしれないと考えた聡は、古い携帯電話の充電器を自分のパソコン部屋のジャンク置き場からもってくるとバッテリーを入れて充電してみた。古い携帯も捨てないで取っておく聡の癖が役にたった。充電器のプラグを壁のコンセントに差し込むと本体の電源ランプが充電になったのでそのまま終わるまで放置して他には何か証拠がないかと伸江が残していったゴミの山を再度漁ってみたが、他にはこれいといって証拠になるものは出てこなかった。
充電が終わって携帯の電源を入れてみる。電源よ入ってくれと内心で思っていると画面が動き出して懐かしい初期画面がでてきた。聡も昔は同じ機種を使っていたが、別の機種に変更して最近はスマホにしたのでとうに忘れていた画面に懐かしさを覚えたのだった。
さっそくメールを見てみる。しかしメールボックには何も証拠らしいものは残っていなかった。ほとんどが子供やママ友との連絡メールばかりだった。しかし、鍵の掛かっているフォルダを見つけたので早速アクセスしたのだが暗証番号がないと中身が見れないようになっていた。思いつく限りの4ケタの番号を入れてみたがだめだった。妻の誕生日、逆もだめ、子供の誕生日もだめ。当時乗っていた車のナンバーもだめ。諦めてしまおうかと思ったがここに証拠があるかもしれないのだからと弱る心を叱咤激励して番号を入力していくが全滅だった。
ここで聡はいったん時間をおくことにした。そして日記のほうを不倫がはじまるあたりから丁寧に読んでいくことにした。ここには本音が書いてあった。病気のこと。子供の学校のこと。夫との夜の生活のこと。病気をした当初は夜の相手が出来なくて心苦しいと書いてあった。それが何故レスになっていき裏切ることになるのか。聡には理解できなかった。
夫婦の問題は二人で話し合って解決するものだと思っている聡であった。それが夫に相談しないでいきなりよその男を求める妻の、いや元妻の心がまったくといいほど理解できなかった。
それほどに自分は頼りにならない夫だったのだろうかと気落ちしそうになるのを、いやいや悪いのは不倫した妻なのだと言い聞かせて日記を読み進めていく。
最後まで読むとなぜ妻が不倫に走ったか事情が見えてきた。化粧品販売会社に勤めだして営業成績が悪いと自分の自由になるお金でお化粧品などを購入することになるわけだ。そこで業績の悪い伸江を上司であった間男がフォローして一緒に各地方に営業にいくうちに誘われて、ある日上司から強引にされたようだった。はっきりとは書かれていないが最初は夫に申し訳ないと書いていたが後でその箇所は横線で消されていてあんな夫はこっちから払い下げだと書かれるようになる。
間男のほうがよほど体の相性にあったのだろう。だんだん間男へのめり込んでいく記述が増えてきた。そして間男は単に上司というよりは社長のような経営者なのかもしれない記述を見つけた。どおりでさえないサラリーマンの自分を捨てて金持ちの社長へ200万円とういう持参金をもって一緒になりにいったのだろう。
しかもご丁寧に聡を悪者にする嘘の日記をつけてこちらからお金をむしり取っていったのだ。悪質だ。しかし。この日記だけでは勝ち目がない。もっと確実な証拠がほしいと切実に思っているとある箇所に目がとまった。それは間男の誕生日を祝う記述だ。
そこでピコーンと聡の頭の上に電球が点った。この日付ってもしやと思い、携帯のフォルダの暗証番号に入力してみる。ビンゴ!!当たりだった。
メールをみると出るわ出るわ。ラブラブなメールが山ほどでてきた。日付も5年前から残っている。これをどう料理するか。とりあえずパソコンに繋いでデータを保存することにした。スマホと違って簡単にはデータ移行ができない。SDカードをひっぱりだして携帯のバッテリーを外してカードを挿入する。そして再起動をさせてカードを初期化をしてメールのバックアップをした。あっというまに時間が過ぎあたりはすっかり暗くなってしまったが聡の心の中は昨日までの暗い心ではなく、これで勝てるかもしれないという希望が点ったのだった。
メールをバックアップしてパソコンにSDカードの中身を読み込ませる。古い機種だったが流石グーグル大先生である。質問したら適切な回答をあっとうまに導き出してくれて無事メールがパソコンで印刷できるようになった。
全部は印刷できないので不倫に関係するものだけを厳選してテキストに落としておく。とはいってもエクセルを使って日時を管理しているので厳密にはテキストではないのだけれど細かいことは気にしない。
何時二人がホテルにいったことから営業先の車でセックスしたこととか二人のラブラブな行動がほとんどわかってきた。さらに肝心の間男の名前もわかったのだ。
あの理不尽な離婚を絶対許さないと心に誓った聡だ。これで証拠がそろったのだ。戦闘開始のゴングが今なったのだ。
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次の週に会社は有給をもらって休みにした。弁護士は先日アドバイスを受けた隣の市の弁護士にアポイントをとって今回見つけた携帯メールと日記のコピーをもっていった。今はメールでも証拠になることや職務中に不貞行為をしていることや悪質な言動が見受けられるので十分証拠になることを説明された。
聡はさっそく契約して手付けで10万円を支払ってきた。
間男には不貞の慰謝料を300万円請求する。元妻にも慰謝料と嘘をいって離婚を無理矢理したことも含めて500万円請求することにした。全額取れないことは百も承知の聡だった。せめて200万円と弁護士費用ぐらいは取り返せば御の字だと思っているのだった。あの時に伸江が造ってきた財産分与の通りにしても不倫の事実があれば逆にこちらが慰謝料をとれるため最低でも渡した200万は取り戻すことにしたのだった。200万を取り返すだけであればほかにもやりかたがあったようだが不倫の事実がでてきた以上こちらのやりかたのほうが効果的ですという弁護士の説明だった。
早速、弁護士さんに相手の情報と元妻の情報を調べて貰い、住所などが分かり次第、不貞による損害賠償の請求をしてもらうことにした。弁護士は住民票の情報やら戸籍の情報を役所に請求して教えて貰えることができる職業なんだといういうことを初めて知った。弁護士を付ければ大抵の情報はわかってしまうというわけだ。
間男の名前をインターネットで検索すると化粧品販売会社の現社長の名前と同一だったので当時は本部長の役職だったが5年を経て社長になったのだ思うと弁護士に説明したら会社の登記簿を閲覧すれば誰が役員か一発でわかるのでそれらも含めて確認できますということでますます弁護士の力のすごさを見せつけられた聡だった。
来週には間男の自宅と会社と妻の自宅と会社に訴状が届くことになり弁護士事務所を後にしてひと安心した聡だった。
いよいよ不貞の慰謝料の請求をするその当日になった。どんな言い訳をするのか聡は楽しみにしていたが、間男からも元妻の伸江からも電話もメールもなく一日が終わってしまい、肩すかしをくらってしまった。
3日ほどたって弁護士から今度の土曜日に間男と元妻と弁護士事務所で会うことになったので来てくれと言われて弁護士と対応について打ち合わせをした。
そして土曜日。少し時間より早めに弁護士事務所についた聡だった。聡が着いてまもなく間男と元妻の伸江がそろって事務所に入ってきたのでこちら側に弁護士と聡が座り向かいの席に間男と伸江が座る形となった。
弁護士からどういった経緯で二人が不倫になったのかの説明を求めたが離婚前に二人とも体の関係はなかったと言い張っているので、弁護士さんがメールのコピーを読みなさいと渡した。流石に5年前のラブラブメールが渡されるとは思っていなかったのか驚いた顔をしていたが読み進める内にあきらめのような顔に変わってきたが、これは作り物だと騒ぎ出したので追加で日記のコピーを渡した。これも嘘だ作り物だと間男のほうは騒いでいたが元妻の伸江は観念したのか項垂れていた。
弁護士から裁判やってもこれで勝てるんですけどいいんですかと念押ししても相変わらず不倫をしていないと言い張るので最終手段として使いたくはなかったが水戸にいる間男の嫁に連絡してきてもらいますといったとたん、間男が慌てだした。間男は入り婿だったのだ。嫁一族にばれたらとんでもないことになるわけだ。嫁だけはとか家族には言わないでくれとか騒ぎ出した。ここで認めなければ裁判になり奥様や家族にもしれることになりますがいいですか?と最後通牒を突きつけるとよほど家族に知られることが厭なのだろうわかりましたといって弁護士が提示した示談書に記入していった。
そして間男は金はあるようで300万(慰謝料180万円+弁護士費用120万円の合計)を一括で、元妻の伸江は500万を減額した300万円(200万円の返還+慰謝料100万円)で示談書に合意した。後日公正証書にして再度全員のサインと印鑑を押してやっと終了になる。
項垂れて出て行く間男と元妻の伸江を見送りながらいいきみだと思っていた聡は弁護士からまだお金が振り込まれるまでは終わりませんのでお気持ちをしっかりもってくださいねと言われて事務所を送り出された。
駐車場に既に二人の姿はなく聡は自分の車に乗り込むと意気揚々と鼻歌を歌いながら自宅へと帰っていった。
当事者以外に今回の件を言いふらさないという条件を一行たりとも記載していない和解書なのをわざと説明していないことは黙って居た。今後、元嫁がなにかいってきたり間男から文句をいわれてた場合、やるなら徹底的につぶしてやると決意している聡なのだ。