10.新しい道
予約の時間にホテルの最上階にあるレストランに行くと市内を一望できる窓際の席に案内された。市内で高いビルは県庁と市役所の建物ぐらいでホテルからの見晴らしは最高によかった。
「えっとこんなに値段の高いところで大丈夫か?」
「なにいってんのよ。まかせなさいって。それにお酒飲まないからそんなにしないわよ」
「そうだった。車だからな。もっとも俺はワインは苦手だから飲まないけどね」
「そうなんだ。それは知らなかったな。お酒は何を飲むの?」
「大抵はウイスキーかな。たまに日本酒も飲むけどね。ワインとビールは全然飲まないね。だいたい席についてとりあえずビールってなんだよ。あれは辞めて欲しい習慣だよ。ビール嫌いな人だっているのにね」
「あはは、私はビール好きだけどね。夏の暑いときに缶ビールあけてかーっと飲み干すのが美味しいのに」
「ビールも飲めないおこちゃまなんでね。ほっといてほしいだけさ」
「ウイスキー飲めるのにビールは駄目って珍しいね」
「そうかな、そうかもな」
結構、話に花が咲き、聡と愛子は二人の世界に入っていった。端から見ると本当に恋人どうしか熟年夫婦に見えたことだろう。コース料理も無事デザートまで進んだ。
「料理も美味しかったし、来て良かったよ」
「よかった、口に合わないって言われたらどうしようって思ってたから」
「はは、こんなに美味しい料理は久しぶりだったよ。連れてきてくれてありがとう」
「どういたしまして、それで、この後だけど………どうする?」
「どうするって………」
「と、泊まっていくなら部屋とるけど……」
そういうと赤くした顔を見られたくないのか愛子は下を向いてしまった。だがその耳からうなじに掛けて真っ赤になっているのを聡にはごまかせなかった。
「送っていくから帰ろう。おまえと泊まる気はないから。安心しろ」
「安心したくないっ。駄目?これでも勇気をもって誘ってるんだけどなぁ…」
「ごめん。真面目な話、俺には今度結婚する人が既にいるんだ。だから町田の気持ちには答えられない。さ、送っていくから帰ろう」
「うん……やっぱり私じゃ駄目だったんだね。やっぱり………」
「さ、いこう」
そういって聡は愛子の腕をとり席から立ち上がらせると会計のバインダーを持ってレジに向かった。愛子をトイレに行かせてその間に聡が手早く支払いを済ませてしまった。店員さんもまさか女性が払うとは思っていなかったのか聡が支払うことになんのためらいもなくレジにお金を収納していった。
トイレから帰ってきて支払いが終わっていることに憤慨した愛子だったが領有書を見せて貰い全額を聡に支払ったのだった。
その後、車の止めてある駐車場まで二人は別々にあるき車に乗って無言の内に町田の住んでいるM町に向かって運転していく聡だった。
「町田の今の家がわからないからどういったらいいか教えてくれ」
「○○大学病院の南の大通りを左にいって郵便局あるからその近くです」
「了解。ま、あれだ。あまり深刻になるな。町田は町田で新しい人を見つければいい。わかったな?」
「うん、わかってるよ。あんたとは幼稚園からの腐れ縁だったけど。男と女にはなれないってのはわかってたんだよ。ふん。今更遅いよね」
「あんなぁ、俺のことを思ってくれていたのは嬉しいけどできるなら中学の時か高校の頃に告白してくれれば可能性はあったといっておくよ。マジであの頃なら付き合ってたかもしれない。町田はいい女だったからな」
「そんなに褒めても何もでないぞ!」
「あはは、やっと元気になったな。まあこれからもたまにはのみに行こうぜ。内山=うっちゃんたちと先月も新年会だって飲み会やったんだ。同窓会以降、皆会ってるみたいだし、次に飲み会があったら町田も誘ってあげるよ」
「うーん、内山君はいいけど、まあ、メンツみて決めるかぁ」
「そうしろよ。俺の場合は突然の離婚だったからな。一人でいるとフラッシュバックというのか、どうしても自分を責めてしまってなあ。落ち込んでいたんだ。うっちゃんたちに飲みに連れて行かれたりして結構楽になった部分もあるよ」
苦しさの大部分は佐山真理に癒やして貰ったのだがここでそれは言えないので聡は誤魔化すことにしたのだった。
聡は町田を自宅の前で降ろすと彼女が自宅のドアの中に入るまで車の中から見送りその後で車を自宅に向けて走らせたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんなバタバタした日々があっというまに過ぎていき3月になった。真理からの連絡が今日来るか明日来るかと気が気でない聡だった。
そしてその時はやってきた。3月10日過ぎに真理から聡に電話が掛かってきたのだ。
「もしもし、お久しぶり真理です」
「ああ、真理ちゃん。久しぶりだね」
「うん、ご無沙汰しちゃってごめんね。やっと連絡できるようになったから…」
「大丈夫だよ、俺はいつまでも待っているからさ」
「それで無事、娘の由佳が国立の○○大学に受かりました」
「よかった。おめでとう。娘さんは頑張ったんだね」
「ありがとう。そ、それでね。あのー、お願いというかなんというか……」
「なんだい、遠慮しないでいってくれよ。お祝いするなら何か用意するけど」
「ち、違うの。お祝いは私が準備するんだけど…あのね、娘が3月の終わりに卒業旅行に行くっていってるのよ。そうすると私一人になっちゃうから、そのね、寂しいというか、なんというか、ほらっ、女一人だと不用心でしょ?だからね、あの、一緒にいてくれないかなぁなんて思っちゃって……」
「えっと、3月の娘さんのいないときにそちらの家にお邪魔していいってことかな?」
「うん、駄目かな?」
「駄目じゃないよ。一緒に居たいのは俺も同じだからね。だけど娘さんにわかったときに少し困ったことになるんじゃないか?」
「それは大丈夫。受験終わってからお互いに今後のことを話し合って、お母さん今結婚を考えておつきあいしている人がいるからってことは言ってある。場合によっては家を移ることも考えておいてってきちんと話したわ」
「そ、そうか、よく話してくれたな。それじゃ詳しい日にちが決まったら連絡ほしいな。今わかるなら大体の日時を教えてくれれば職場に言って有給もらうからさ」
「そ、そうね。行くのは3月18日に朝一番の羽田発で21日の夜遅くに帰ってくるみたい3泊4日になるのかな」
「そうか、じゃあ18日の夕方お邪魔して21日の昼に帰ればいいか。えっと19、20が土日だから21日だけ休みをとれば大丈夫かな。18日は仕事が終わってからいくから少し遅くなるかもしれないけど、大丈夫かい?」
「うん、こっちは大丈夫。私も18日午後休もらって21日有給貰えば大丈夫だから」
「なら決まりだな。楽しみだよ」
「私も楽しみにしてるね。それじゃ、さよならー」
「さよなら-」
こうして3月の年度末の忙しいときに真理の家にお泊まりすることを決めた聡であった。同時に有給をもらえなければ仮病でもなんでもして絶対に真理に会うんだと心に誓ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
3月のお泊まりする日になった。その日に向けて無事有給ももぎ取りニコニコ顔の聡であった。仕事を定時で終わり、車で一旦自宅に戻り、小さめの旅行鞄に詰めた荷物と真理の娘の合格祝いのプレゼントを持ってJRで真理の待つ家へと向かったのだった。
真理の自宅は埼玉県の北部のK市にありJRからいったん私鉄に乗り換えなければならない。普段JRなど使わない聡は駅の構造がよくわからなくて乗り換えに少しまごついてしまった。無事真理の家のある駅につき教えられたとおりMAPソフトで調べ印刷した紙を手に持って目的の住所へと歩いて行った。
10分ほど歩くと静かな住宅地の中に真理の自宅が見えてきた。門に着いているインターフォンを押す。すると、はーいという真理の声が帰ってきた。玄関の扉が勢いよく開けられると真理が飛び出して門扉を開けてくれて家の中に導いてくれた。
聡は真理の後をついていき玄関の中に入って扉を後ろ手にしめた。そして目の前にいる真理をきつく抱きしめたのだ。真理も体を預けてきて力一杯抱きしめてくれる。しばらく見つめ合っていたが堰が切れるようにお互いからキスをしてお互いがお互いを貪りあうようにキスを交わすのだった。
しばらくそうしていたが、真理が料理の途中だからといって無理矢理体を引きはがし聡の手をもって廊下からリビングに連れて行った。
リビングに有るソファに腰掛けて真理が出してくれたお茶を飲み、こういうゆったりした時間もいいもんだと、独り言を言う聡だった。
真理はリビングの奥に有る対面型のキッチンカウンターの向こう側で料理をつくている。久しくこういう家庭的な情景から遠ざかっていたとしみじみ思う聡だった。
真理の料理は美味しかった。煮物もしっかり味が付いておりメインの和風ハンバーグは大根とポン酢であっさりしているわりには肉にしっかり味が付いておりお店でも出せるのではないかと思えるできばえだった。
「おいしかったよ、まりちゃん。ありがとう。こんな風に落ち着いて誰かと一緒に食事ができるのは久しぶりだったんだ」
「本当に?よかった。お口にあわなかったらどうしようって思ってたんだ…」
「真理ちゃん、こっちにおいで」
そういって聡は真理を自分の横に座らせ肩を抱いて自分の胸に真理の頭を引き寄せた。
「真理ちゃん、愛してる。これから一緒に人生を歩んでいこう。何があっても君と君の娘さんは俺が守っていくから」
「うれしい。ありがとう。聡さん。私も愛してます。これからもずーっと愛してます」
そうして見つめ合った二人はお互いが納得するまで抱き合い、お互いの感情の赴くままに肉体で愛を語り合うのだった。
聡が気がつくと知らない天井だった。
「知らない天井だ。ここはどこだ。俺は異世界に連れてこられたのか?とお約束のぼけをかかましたところで自分の腕の中で寝ている真理の寝顔を見てムラムラと来てしまったのは仕方ないことかもしれない。
聡はまだ寝ている真理を起こさないように優しくさすりながら愛おしそうに真理の体をさすっていく。夕べはがんばりすぎて真理に無理をさせてしまったかもしれないと自己反省をしてみたが、昨夜はこの心の奥から沸き上がる感情をどうすることもできず、30数年の心の奥底にしまってあった感情を爆発っせてしまったのだった。
真理の目覚ましがなった。まだ6時30分だった。いつも起きる時間なのだろう。慌てて目覚ましを止めて隣に聡がいることに気がつくとはっとして聡のほうを見る。聡は、おはようといって優しくキスをする。それに答える真理だった。
「ごめん、今日は仕事に行かなくてもいいのにね。ふふ」
「気にしてないよ。朝からもう一回がんばれるかい?」
「え~無理だよぉ。夕べあんなに頑張ったのに……結構凄いね聡さんって」
「そ、それは、相手が君だからだよ。30数年の思いが積もりに積もってたからね」
「嬉しい。これからその30数年を取り返してまた30年一緒にいようね」
「わかってる。これからはずっと一緒だ」
そういうと真理は聡にひっしと抱きついてきたのだった。
適当に起きて簡単な食事をしてリビングで寛ぐ聡にかいがいしくあれこれと世話をやいて飲み物やおやつのクッキーなどを持ってくる真理だった。新婚の時でもしないようなラブラブっぷりであり、二人の時間はあっというまに夜になり、朝になり、別れる日の21日になった。
聡は今後のことも含めて真理とよく話し合った結果、真理の娘の由佳に一度紹介してもらい感触が良ければ真理の実家に結婚の挨拶に行くことにした。聡の両親はどちらも亡くなっているが真理の母親はまだ健在で兄が後をとっている実家に兄夫婦と一緒に住んでいるためだ。
事前の話では真理の娘の由佳は結婚に賛成らしいし、今の家を引っ越すことになっても問題ないといっていたそうだ。大学も家から通える国立の大学を選んだのも先々のことを母親と話し合った結果であったのだろう。
同窓会がきっかけで二つの家族が別れそして一つの家族が新しく結びついたことになる。まだまだ乗り越えなければならないことは沢山あるが、第二の人生を確実に真理と一緒に歩んでいこうと駅への道を歩きながら聡は固く決意したのだった。




