第二話 令嬢、お仕事へ向かう
タリアの父が治めているグランドール領はイーセット王国の中でも比較的人口が多い領地となっており、そのため物流も多い。また、領地内に複数のダンジョンを有しているため冒険者という職種の人間も多く滞在する。必然的に商業ギルド、冒険者ギルド、宿、食事処などの施設が立ち並んでいる。
馬車から見える様々な施設を流し見ながら、タリアは儚げにため息を付く。なお、現在は馬車窓を開けており、外部からもタリアの表情が見えるので令嬢モードである。もし、街人がその姿を見れば、可愛らしい令嬢が何か憂いを秘めていると思うだろう。実際は教会での食事に落ち込んでいるだけである。
時折、小さな子どもが馬車のタリアに手を手を振ってくるので、タリアが微笑んで手を振り返したりしていた。だが、その目は死んだ魚のようである。そんなタリアに対面に座るアティが言った。
「以前、タリア様がなんとなく胡散臭いと仰った教会関係者ですが、ハルバート様のご指示で裏を洗いました。結果、視察以外の日にはかなり粗悪な食事を出していることが分かりました。目的は支援金から浮いた金額を懐に入れることだったそうです」
「なんと、嘆かわしいことでしょう」
「教会側からは既に該当者を適切に処分したと事後報告がきております。私見ですが、二度とこのようなことは出来ないと思われます。また、横領された金額よりも多めに教会側から返金もきております」
普通なら領主から与えられた支援金を不当に懐に入れていたとなれば、見せしめも含めて公の場で両手切断である。しかし、今回は教会独自の処分で収束を認めているようだ。教会としても身内から犯罪者を出したことを大々的に公表され、求心力を落とすことを避け、領主としては教会に恩を売る形を優先したのだろう。横領犯にとってはどちらも碌な未来ではないことは確かだ。
「お父様がお決めになったことですので、私からは特に何もありません。二度と愚かな行為をする者が出ないことを祈っております。と言いますか、せめて私が視察する時くらいは良い物を出しても罰は当たらないかと」
「タリア様。表情と口調は外行きでも、台詞から心情が駄々漏れです」
「あら、失礼」
コロコロと笑いながら、タリアはゆっくりと窓の扉を閉じた。途端、表情が崩れ、ピンと伸びていた背中が丸まった。そして、深い深い溜息。
「あーあ、帰りたい」
先ほど手を振っていた子供が、タリアの心の底からの言葉と、その表情を見たらどうなってしまうのだろうか。そもそも、この令嬢がこのまま成長した時、まともにパートナーを見つけることができるのだろうか。それを従者であるアティが考える必要はないのだが、心配になってしまうほど、目の前の令嬢少女はだらけていた。
屋敷から教会までの道のりは、ようやく半分程度だ。急ぎではないので、馬車は揺れを抑えるためにかなりゆっくりだ。そして、このままではグータラ令嬢は到着するまで永遠と愚痴を続けることは今までの経験上、判明している。
「タリア様。よろしければ少しお眠りになられては如何でしょうか?」
ポンポンと自らの膝を叩いて提案するアティ。
「うん、そだね」
そして、タリアの反応は早かった。ピョンと対面に移動して寝転ぶと、アティの膝に頭を乗せる。僅かに頭と体を動かして置き心地の良い箇所を探した。
「今朝は二度寝ができなかったからね。睡眠は大事!」
「はい、お休みなさいませ」
どんだけ寝るんだよ、と視線でツッコミを入れつつ、アティは目を瞑ったタリアの頭を優しく撫でる。その手と表情は、放っておけない妹と接するように、優しく、慈愛に満ちたものだった。
◆
冒険者というと、ダンジョンをパーティで探索したり、町や村を困られる盗賊やモンスターを退治したりするイメージがある。それは概ね間違っていない。冒険者ギルドの依頼板には『東の森でのツリーワーム退治』『遺跡に居着いた盗賊対応』『女神の鏡入手依頼』など、胡散臭いものを含めて千差万別だ。
付け加えると、そこに街で発生する様々な問題も依頼されたりする。『家の改修補佐』『期間限定の料理屋手伝い(昼食付き)』『魔法の家庭教師募集』などである。危険の低いそれらは、達成報酬も低いが、駆け出し冒険者や、仲間が怪我をして動けない間の繋ぎ目的の依頼で概ね好評だったりする。
中でも定期的に依頼され、肉体派冒険者や魔法使いでも需要があり、そこそこ報酬が良い依頼である『道路補修作業』が人気だ。
これは、街での主要な道路を文字通り補修していく依頼である。土の道路は雨風や人、馬車の行き来で徐々に凹凸が発生していく。放置すれば足を取られて怪我をする可能性も高くなるし、何よりも物資の移動に使われる馬車の車輪や荷物が破損することになる。それを避けるために移動速度を落とせば、当然コストが増加し、必然的に物価が高くなる。その余波は確実に領民へと行き、結果住みにくい領地へと繋がってしまう。
むろん、定期的な補修にもそれなりなコストがかかるが、道路が荒れているのが当たり前な他領地がある中、グランドール領は移動がし易いと評判だ。冒険者だか、危険な仕事を避けたいという、なぜ冒険者になったのか首を傾げたくなるような者が、行き場をなくして犯罪を行う事への抑止力ともなっているため、グランドール家の当主であるタリアの父ハルバートは積極的にギルドへ依頼を出している。また、職業柄乱雑な者が多い冒険者が一心不乱に道を整備する姿は街民の冒険者に持つイメージ改善にも役立っていた。
このような様々なメリット、デメリットがあるが、ハルバートがこの方針を採用した大本の原因は、愛娘のタリアが原因である。移動中の馬車で眠っている際に、激しい揺れで舌を噛み、『おとうしゃま。主要な道路らけでも整地してくだしゃい』と涙目で訴えたのだ。これは、一部の人々の胸中に秘められている。
「おーし、今日で工程の折り返しだ。気合入れていくぞー」
過去、偶然この依頼を受注して以来、自分の性に合っていることが分かった冒険者が声を上げた。幾度も受けているうちに、徐々に現場での指示をしていく様になり、自然と周囲からも頼られるようになった男だ。日焼けした肌に、首に巻いたタオル。隠しているスネの傷は冒険ではなく、作業中に使っていたスコップが折れて刺さったものであり、本人は勲章と思っている。
「いつも通り、先導して魔法で整地した後、横一列で均して行くぞ」
工程を大まかにすると、土系統の魔法で固くなった土をほぐし、その後人力で平らに整えていく。これが地味だが根気の必要な工程だ。そして最後に馬に引かせた整地用の石でキレイにする。この石は特別性で、武器や防具を作るのが上手いドワーフに特注して用意したものだ。値段もかなりする。魔法使いが参加しなかった場合はすべて人力の場合もあるし、土魔法の使い手がいない場合は、風魔法で代用したり、強引に火魔法で小規模な爆破を起こたりもする。この日は運良く土魔法の使い手が何人か集まっているので、比較的楽に作業が進められそうだった。
へーい、といつも通り返事をする冒険者たちに満足そうに頷いた時、男の視界を一人の子供が横切った。街中なので小さな子どもがいても不思議はない。軽く見回した周囲には保護者のような人間は見えないが、比較的治安の良い街で、しかも明るいうちの大通りなので特に問題もない。しかし、男の現場で培った経験が違和感を察知した。
「君、ちょっと良いかな?」
「……」
近づき、小さな肩に手を置いて話しかける。が、反応がない。普通なら、厳つい体格と顔の男に突然肩を掴まれたら子供なら逃げるか、泣く。しかし目の前の子は見向きもせず、まるで自分の肩に触れられていることすらも気付いていないようだった。
(やはり、少し様子が変だ。確か作業者の中に魔法使いがいたな。回復系の魔法か何かで――)
考えていると、突然子供が走り出す。肩に置いていた手が行き場をなくして空を切った。
「お、おい!」
慌てて呼び止めるが、やはり反応はない。子供にしては速い走りだった。そして、最悪なことに走る先には一台の馬車が走っている。速度はゆっくりだが、子供がまともにぶつかれば無事で済むとは思えない。
「止まれ!」
子供にか、それとも馬車の従者に叫んだのか。男自身にもわからなかったが、兎に角叫んだ。しかし、それでも子供は止まることはなかった。
◆
タリアが乗る馬車の目の前に飛び出した子供は、助からなかった。
冒険者の男の声に気付いた従者が慌てて馬の手綱を引く。馬が驚き、前足を浮かべた。子供は馬の前に飛び出し、そしてその足元に滑り込んだ。興奮していた馬は突然の来訪者に驚き、その小さな体を強靭な前足で踏みつけた。
その光景を偶然目撃してしまった民衆は一瞬の静寂の後にパニックになり、蜘蛛の子を散らすように逃げ回った。突然の日常の崩壊に子連れの親は子供の手を引いて離れ、気の弱い女性はその場で気を失った。
冒険者の男は、作業者の中にいた女の魔法使いに回復を頼んだ。しかし、近寄った女魔法使いはその惨状を確認し、魔法を使うこと無く首を振った。手遅れであった。
その後、当然教会の視察は中止。子供の身元を調査して現れた両親に、ハルバートが直に謝罪と補償をおこなった。目撃情報から、明らかに子供に非があり、不可解な点もあったのだが、子供を持つ親として泣き崩れる子供の両親を前に無下にはできなかった。
そして、関係者があれは運の悪い事故だった。そう心のケジメを付け始めた頃。街で噂がたった。曰く、『領主は街の子供を馬車で轢き殺して、そのまま何もしなかった。むしろ、両親に馬車が汚れたと罰を与えた』。曰く、『領主の娘は同世代の子供を馬車で追い立てて、最後には轢き殺すのが趣味だ』。曰く、『グランドール家は領民を玩具のように殺す』。
そんな根も葉もない噂は当初は誰もまともに受け取らなかった。それまでの統治が良かったからだ。それでも、噂は一人歩きし、放浪の冒険者や行商人の間でも広まり、その過程で尾ひれが付いて行く。当然、事実無根な話なので否定する者もいるのだが、なぜか当主から金をもらって揉み消そうとしていると決め付けられ、凶弾された。
そして、噂を耳にした国王にハルバートが召喚され、当主が領地不在になった時。反乱が起きた。悪評があるとはいえ、重税で領民の生活が苦しいわけでもない。批判をしても身柄を拘束されるわけでもない。ただ、悪い評判があるだけ。だからこそ、反乱という不意を突かれたことで、いとも簡単に包囲される屋敷。最後まで忠義を貫こうとするも、民に剣を向けることに躊躇する護衛達。避難しようとするが、逃げ場がないことに慌てる女中達。
そんな光景を見て、タリアは――
◆
「止めて!」
それまで膝の上で幸せそうに眠っていたタリアが突然飛び起き、馬車の従者に言葉を伝えるための小窓を開いて叫んだ。
「お、お嬢様!?」
しかし、突然の指示に当然従者は戸惑う。それでも、タリアは必死に繰り返した。
「馬車を今すぐ止めなさい!」
必死な剣幕で訴える主を見て、従者は直ぐに切り替えた。手綱をギュッと絞り急停車させる。当然、乗っているタリアとアティに負荷がかかり、体の軽いタリアは飛ばされそうになるが、アティが抱きしめて庇った。
やがて、完全に馬車が停止するとタリアはアティの腕の中から離れる。そしてアティが止める間もなく扉を開いて外へ飛び出した。アティは背中をぶつけたのか、タリアの行動に気づいても静止が間に合わなかった。
「タリア様、お待ち下さい!」
背後からの言葉を無視して一気に地面へと飛ぶ。アレで見た通り、冒険者達が道路の補整作業を行っており、突然止まった馬車を何事かと見ている。
(アレが正しければいるはず)
自分を物珍しそうに見る集団。その中にキョトンとしている女魔法使いを見つけ、駆け寄る。
「あなた、回復魔法を使えるわね?」
「えっ?」
「良いから来なさい」
「え、え~!?」
馬車から降りてきた見るからに貴族な格好をしたタリアに手を引かれる女魔法使い。振り払うのにも躊躇われ、視線だけで他のメンバーに助けを求めるが誰も動くことができない。冒険者からしてみれば貴族とはあまり関わり合いを持ちたくないのだ。
タリアはそのまま強引に馬車の前に行く。案の定一人の子供が地面に横たわっている。気絶しているのか、動く様子はない。しかし、目立つ外傷は見当たらない。恐らく、間に合った。
そのまま駆け寄り、ペタペタと子供の体を確認していく。短い茶髪に幼い手足。タリアと同じくらいの年齢だが、その風貌は汚らしく、服も所々がスレ切れていて、その生活が垣間見える。普通なら貴族であるタリアと接点すら起こりえない身分違いの人間だっだ。
「特に怪我はなさそうだけど、あなた一応回復魔法をかけて下さるかしら?」
「は、はい」
なんとなく状況を理解した魔法使いが子供に手を置いて魔法をかける。淡い桜色の発光が子供の体を覆い、倒れ込んだ際に出来たであろう小さな擦り傷などが癒えていく。その光も直ぐに収束して消えた。タリアが予想した通り、大きな怪我がなかったのだろう。
その様子を見ていると、アティがいつの間にか側に立っていた。
「タリア様、あまり驚かせないでください」
「ごめんなさい、アティ。でも、こうしないと間に合わなかったから」
口では謝っているが、その表情からは反省の色は見られない。恐らく同じ状況になったら同様の行動を取るだろう。
「お、おい無事か?」
そう言って近づいてくるのは子供を静止しようとしていた冒険者だった。アティがさり気なくタリアを庇うように立ち位置を変えた。冒険者がタリアに危害を加えない保証はないのだ。
タリアが一歩前に出る。
「お騒がせいたしました。私、グランドール家次女のタリアと申します。ご覧のとおり当家の馬車の前に飛び出してきた子供の介抱を行っており、そちらの冒険者の方のお力をお借りしております。私が無理をお願いしたので、彼女への罰はご配慮いただけると幸いです。もし、作業への影響がございましたら、ギルドへ当家から事情説明をいたしますが、いかが致しましょう?」
「あ、ああ」
スカートを摘み、少し頭を下げて挨拶する小さな淑女に、慣れない男は戸惑う。
「こ、子供の様子はどうだ? …ですか」
乱雑な言葉遣いに、アティが男をひと睨みすると慌てて言い直した。
「見た目は問題ありませんでした。一応回復魔法を掛けてもらったので、意識を取り戻すのを待ちます」
「そ、そうですか。えーと、ギルドへの説明ですが…おい、どの位魔力を消費した?」
男が女魔法使いに声をかける。魔法を使う様子を見ており、使用時間も短かったのでそれ程消費していないと思うが、魔力量には個人差がある。また、使用する系統にも個人との相性があるので一応は確認が必要だった。
「かすり傷程度だったので、ほとんど消費していません。作業への影響も大丈夫です!」
「とのことなので、問題ありません」
大柄な男が小さな少女に対して、無駄にペコペコ頭を下げる様子は非常に滑稽だが、普通はこれほど貴族と冒険者が接することはない。今順次している依頼の発注元は貴族だが、当然ギルドへ赴くのは屋敷の従者だ。名の知れた冒険者ならまだしも、男は少し道路補修に長けたどこにでもいる冒険者なのだ。とりあえず、頭を下げていれば不評を買うことはないだろうと思っても当然だった。
「分かりました。それで、この子の親は?」
タリアは周囲を見渡すが、遠巻きにこちらを伺っている人々のみで、両親らしき人物は見当たらない。
「おい、この子の親もしくはこの子に見覚えのあるやつはいねーか!」
男が声を張り上げるが、誰も名乗りでない。この場に本当に不在の可能性もあるが、自分の子供が貴族とトラブルを起こしたと思い、名乗りでるのに躊躇している可能性もあった。
「仕方ありません。このまま放置するわけにもいかないので、教会で一時的に預かってもらうようにいたしましょう。丁度私達も行くところでしたので、手間にもなりません」
「よ、宜しいのですか?」
「むろんです。ただ、あなたに少しお願いがございます」
「へ、へい」
貴族からのお願いに体を強張らせる。断ることができないのに、無理難題を押し付けられたらと思うと、誰もが緊張する。
「作業中にこの子を探しに来た親がいましたら、教会に向かうように伝えて欲しいのです」
「それくらいでしたら、お安い御用です」
「タリア様。彼らの作業が終わっても探しに来なかった場合も考慮し、この場に経緯を書いた立て札を設置しては如何でしょうか?」
「そうね、アティ。それじゃあ、その件はアティの方で手続きをお願いします」
「畏まりました」
「それと、この二人にお礼を」
「はい」
アティが一礼し、メイド服のポケットから二枚のコインを取り出した。それを男と女魔法使いに一枚ずつ渡す。
「この度は大変お世話になりました。こちらはタリア様からのお気持ちとなります。どうぞお受取りください」
受け取ったコインを見て顔色が変わる。冒険者が普段買い物や依頼の報酬で受け取るコインは銅色である。時々、高難易度の依頼を達成した冒険者が自慢気に見せびらかすのが銀硬貨である。そして、今手にしているのは金である。大商人や超一流の冒険者が手にするような価値のあるコインが一枚とはいえ、手渡されたのだ。
女冒険者は回復魔法を使ったとはいえ、擦り傷程度だし、男に至っては話をして少しお願いを聞いただけだ。嬉しいが、貰い過ぎで逆に恐縮してしまう。
「貴族様、これは頂きすぎと思いますが…」
「確実に、私のお願いを聞き入れて頂けるための保険と思ってください。これで適当な仕事をしたら、どうなるかお分かりでしょう?」
微笑んでいるが、それは確実に男に恐怖を抱かせた。
「ははは、はい。もちろんです!」
女魔法使いは壊れた首振り人形のように何度も頷いている。
「お二人だけで受け取るのが心引けるなら、後ろで羨ましそうにしている方々にお食事でもご馳走すると良ろしいかと」
「えっ!?」
振り返ると、他の冒険者面々が無言で訴えていた。羨ましい、と。肉体労働の後でこの人数の食事を奢ったとなれば、そこそこの料金になるだろう。そして、おごりともなればアホみたいに注文し、飲み食いするだろう。自分だったらそうする。当然、その場にいる関係のない冒険者達も絡んでくるに違いない。結果、店を貸し切るようなものだ。赤字にはならないが、手元に残るのは常識的な金額となるだろう。
また、おごりに参加した者たちは、当然今回の出来事を酒のツマミにするだろう。飛び出した子供をグランドール家の娘が手厚く保護した、さらに手助けした冒険者には気前よくお礼をした。なんと器が大きく、冒険者にも友好的な貴族家だろうか、と。
子供を轢き殺しかけたネガティブな印象が薄れることは確実だ。
(貴族の子供は、やはり貴族ってことなのかねぇ)
内心で感心しながら、男はタリアの提案を受け入れた。未だに目を覚まさない子供を馬車に運び入れるのを手伝い、教会へ向かった馬車を見送る男と女魔法使い。他の者は奢って貰えると聞き、張り切って作業に戻っている。街の人々も大事なく終わり、ホッと日常に戻っていった。
「なんというか、貴族の娘って感じのお方だったな」
「そうですねー」
今までほとんど黙っていた女魔法使いだが、危機が去ってようやくまともに口を開いた。人にほとんど任せやがって、と思い睨むがニコニコと笑って誤魔化している。
「確か、グランドール家の次女タリア様は、お歳が十二歳でしたよね。私、その頃って普通に他の子どもと遊びまわって、親に怒られてましたよー」
「俺なんて、好きな子のスカートめくって親父にぶん殴られていた記憶しかないな」
「うわ、最低ですね。死ねばいいのに」
女魔法使いがスカートを抑えて距離をとった。
「冗談だ。それが、タリア様はアレだからな。会話をしている時なんて、普通に大人と話している気分になったぜ。本人はあんなにちっこいのに」
「貴族様にちっこいとか、不敬罪ですね。死ねばいいのに」
「さて、作業に戻るか。頑張って腹を減らして、今日の夜飯は食い溜めしねーとな。他の奴らだけに良い思いはさせねー」
「死ねばいいのに、この変態」
ジト目の女魔法使いから逃げるようにして作業に戻っていく。何がともあれ、無事に事態が収束したことに心から安堵した。そして、街は普段通りの生活に戻っていく。