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全痴全能による異世界冒険譚  作者: 田中中田太郎
3/3

3話 運命の再会

「……大丈夫ですかー、大丈夫ですかー」


 ダイスケの耳元でずっと繰り返し囁かれる綺麗な響きをした少女の可愛い声。

 このままずっと聞いていたいと思えるほどに心に安らぎを与えてくれる。

 ゆっくりと瞼を開け視界を確認すると、そこには――


「うわぁっ!?」


「うおっ!?」


 視界全面を覆う美少女の顔。

 心霊映像レベルの唐突な顔のアップに思わず大声を上げる。

 耳の長い可憐な美少女――命の恩人であるエルフの少女が傍にいた。

 ここは彼女の家なのだろうか。ベッドの上でぐっすりと寝ていたようだった。


「す、すいませんっ! まさかいきなり目を覚まされるなんて思わなかったもので!」


 少女はイチゴのように顔を赤くして手を振りながら必死に弁明する。


「い、いや俺は全然いいよ。てか、ありがとう」


 慌てている少女に落ち着くように喋る。


「いえいえ! そ、そうだ! 急いでお飲み物用意しますね!」


 慌ただしい駆け足でスタスタと部屋を出て行く。

 小洒落た小窓からは優しい風が部屋に吹いて入り込んでいる。

外は夜の帳が下りており、オークにやられたのがおそらく昼ぐらいと考えるとかなり寝ていた計算になる。


 木造建築。この家は小学生の時に行った宿泊研修を思い出す、独特の木の匂いに加えて女の子のいい匂いがする、なんてことをダイスケは考えていた。

 異世界の女の子、といえど流石は女の子。

見たこともない生物のぬいぐるみが机の上に横並びに綺麗に並べられている。どれも女の子が好みそうなぬいぐるみで愛嬌が感じられる。

 本はきちんと本棚に並べられており無駄なものは一切ないように窺える、本や筆記用具が無作為に乱雑放置されているダイスケの部屋とは大違い。


「しかし、木製の家とは今時珍しいな。いや、異世界ではそれが普通なのか」


『普通じゃよ。ここの世界は主たちの世界と比べて文明の発展速度が遅れているのじゃよ、匂いフェチ』


「うぉっ!?」


 本日二回目の驚きに心臓の鼓動が急激に早まる。

匂いフェチと軽蔑したその声は明らかに変態神ことゼウスの声だった。

急いで四方八方見渡すも、その姿はどこにもない。


『どこを見ておるんじゃ、ここじゃここ』


 もしや、いやまさかとは思いながらも壊れたロボットのようにギギギと首を動かし声の発せられている左手を見るとそこには。

左手の甲には謎の古代文明の記号のような奇妙な紋章が刻まれており、ゼウスが喋ると同時に光を発している。

 刺青のように刻まれており、水で洗い流すなんて簡単な方法では消えそうにない。


『気づくのが遅い。気づいてもらえないのじゃないかと思ったぞ』


 あろうことか左手が喋っている。

霊能力者の小学校教師もびっくりの状況に開いた口が塞がらない。


「……何やってんだ」


『何って、これが特異点の主に我が力を貸してあげている証じゃ』


「これが!?」


 自分の左手に問いかける。


「だ、だ、大丈夫ですかー!?」


 ドタバタしながら慌ただしい様子で少女が部屋に戻ってくる。

その手には水の入った木製のカップが握られている。


「だ、大丈夫だよ!」


 バレない様にスッと左手を後ろに隠す。

 いくら何でもありの異世界だって、左手が喋っていたら流石に驚きを隠せないだろうとダイスケの考えた行動だ。


「でもさっき、叫び声が」


 表情と行動で心底ダイスケを心配していることが窺えた。


 ……あっちの世界じゃあ、そんな人はいなかったなぁ……。


 なんてことを思い、遠い目をする。


「ほ、ホントに大丈夫だから!」


「そ、そうですか、ならよかったです。あ! これお水です」


 カップを差し出してくれたので、喜んで礼をして受け取り口に運んだ。

 本当にただの水。

ただの水、といっても水道水とは違う、もっと綺麗でみずみずしい味。


「まずは本当にありがとう。何とお礼をしたらいいことや……」


 まずは言うべき礼をする。

当然である、ダイスケにとってこれのためだけに異世界に来たといっても過言ではない。

 悔やむことにダイスケは礼と言えるような物品は一つも持ち合わせてはいない。粗品のような誠意を見せることはできないのだ。


「いえいえ! 困ったときはお互いさまですよ!」


 そんな男にも少女はニコッと女神のような微笑みを浮かべた。


「ありがとう……。そ、そういえばお名前は?」


 天使の優しさに触れ、思わず目頭が熱くなっていた。

 それを悟られまいと、必死に天井を見て涙を乾かそうとする。


「ミル・ヴァレリアヌスと申します。気軽にミルとでもお呼びください」


「そっか、俺は三沢大助っていうんだ、ダイスケでいいよ」


 名前を告げると、ミルは驚いたのかキョトンとした目をする。


「どうかした?」


「い、いえ! 珍しいお名前だなーと思いまして」


「ま、まぁ確かに珍しい名前だな」


「はい! もしかして冒険者の方なのですか?」


 冒険者、に該当するのだろうかという疑問が頭によぎる。


「そ、その通り! 道に迷って森で迷って迷子続きでさアハハハ」


 髪を掻きながら笑ってごまかすダイスケに同調するようにミルもフフフと共に笑う。


「そういえばミルは何であの森にいたんだ?」


 この世界の住人である以上は、あの森に危険生物が生息していることぐらいは容易に把握できるはず。

そんなところに身を投じるなんて自殺行為に等しい。


 ――ダイスケの言葉に初めてミルの顔が険しくなる。


 今までの明るい顔が嘘だったような表情にダイスケ自身も雷に打たれたような衝撃を受ける。


 ――どうしてだろうか。この子の悲しい顔を見ていると胸が締め付けられるように痛い。


「……実は私、母親と二人で暮らしていたんですけど、あの森のオークの首領に連れ去られてしまったんです」


 話は極めて深刻な内容だった。


――彼女を励ましてあげたい。


しかし、この場面でどんな言葉をかけようとそれは気休めに過ぎない。

彼女のことだから、ありがとうございますなんて感謝を伝えてニッコリ笑ってくれるかもしれないが、そんなのは仮初めの笑いだ。


「オークの首領、か」


 首領を張っているぐらいなのだから、そこそこは強いのだろう。


「はい、あの森の奥に洞窟があるんですけど、そこにオークの首領が住処を作っているんです」


 森の中に洞窟、いよいよ本格的に冒険感が出てきて気持ちも昂る。


「それで、あの森にいたのか」


「はい」


 元気のない曇った顔をしながら、覇気のない返事をする。


 ――彼女の力になりたい。


 ならば、できることはただ一つ。


「じゃあ、俺にも手伝わさせてくれないか? お母さんを救い出す作戦ってやつをさ」


 先程はオークにすら逃げるしかなかったダイスケだが、今の彼には戦いに対して少々自信があった。


それは【全痴全能】の力である。


「だ、ダメですよ! そんな危ないことを……それに怪我だってまだ――」


 ミルはダイスケを止めてくれようとしている。だが、どうしてもミルの力になりたい、その思いだけで命を賭す価値は十分にあると感じていた。


「頼む、少しでも君の役に立ちたいんだ!」


「でも……やっぱり駄目なんです」


 ミルも、そう易々と連れていくことを承認できなかった。

 理由は二つ。

一つ、オークの首領と交戦することは非常に危険であること。言ってしまえば赤の他人であるダイスケを連れていくのは非常識だ。

 二つ、彼女自身がダイスケの弱さを見ていること。状況が状況といえオークに苦戦しているようでは連れて行ったところで足手まといもいいところだ。


「俺に力がないから……か」


 ダイスケの言葉にミルは頷くことも否定することもなく、黙って俯く。


「……信じてくれないかもしれないが、俺を連れて行って損はさせない。気なんて一切遣わなくたっていい。だから、頼むこの通りだ!」


 頭の痛みを無視してベッドから飛び出し、頭を地につける。

 ダイスケにとって、言えることは言い尽くした。


「うぅ……分かりました、でも本当に命の保証はできませんよ? 私だってサポートは出来る限りしますけど相手はオークの住処ともいえる場所ですし、何匹オークが出てくるか分かりません」


 今までの会話からは想像もつかないような、鋭く強い目をしていた。

彼女はとっくに覚悟を決めている。それゆえに生半可な覚悟で付いていこうとするダイスケに忠告しているのだ。


 だが、ダイスケにもそんな覚悟はとっくにできていた。




 ――拾われた命、その命尽きるまで彼女に尽くそう――




「分かっているさ、上等じゃねぇか! ミルにとっては救出戦、俺にとっては復讐戦だ!」


 右手を大きく天井に向かって突き上げ高らかに断言した。


「フフッ、分かりました。でも今日はもう遅いですから明日の朝、早朝に洞窟に向けて出発しますよ」


 固く結ばれていた紐が解けたようにミルは僅かに笑みを見せた。


「了解。だけど今行かなくていいのか?」


 母親が既に連れ去られている、と分かっている以上は早めに出発した方がいいのは確かであるはずだ。

正直、とっくに……なんてこともありうる。いつ殺されてもおかしくない状況下であることは紛れもない事実。


「一刻も早く助けるのが最善であることは重々承知していますが、夜はオークどころか他の魔物も盛んに行動を始めますから危険なんです」


 ミルの言葉に、ダイスケも顔を渋らせる。

 確かに、ただでさえ昼でも命を落とす危険がかなり高いというのに夜に行くなんて飛んで火にいる夏の虫だ。


「それに、お母さんは生きています。……私には分かるんです」


 澄んだ目は遠くを見つめていた。

彼女はそれを確信している。

魔法なのか。それとも家族の絆、みたいなものなのかは分からないがダイスケもその言葉を信じることにした。


「そっか。じゃあ今日はゆっくり態勢を整えたほうがいいな」


「はい、それにダイスケさんの怪我の回復もありますし」


「そうだな、ところでミルに一つ聞きたいことがあるんだけど」


 ダイスケが聞こうとしている質問は、返答次第ではオーク攻略においてキーになるかもしれないこと。


「何ですか?」


「ミルが森でオークに使った発火能力、俺はあれを魔法だと睨んでいるんだけど違うかな?」


 魔法。

もし、それがダイスケにも使えるというのであれば、キーになるのは間違いない。

ウェポンが複数あるにこしたことはない。


「はい、確かに魔法ですよ。あれは火属性の魔法【フレイム】です」


「おぉ! やっぱりか! もしかしたらもしかしてなんだけど、魔法って俺にも使えたりするのかなーなんて」


 最重要の質問、この答えは如何に。


「魔力があれば、可能だと思いますよ」


 ミルの言葉に心を奮い躍らせ、思わずにやけていた。ついに魔法が使える時代が来たということに感激していたのだ。

高校二年生にもなる三沢大助だが、彼の心には未だに少年心が色濃く残っている。

それに中二病重症患者の過去も併せ持っている。

かめはめ波や霊丸、螺旋丸が出せると信じて疑わなかった三沢大助17歳が、とうとうそれに近しいものが出せる日がやってきたのだ。

 笑わずにはいられなかった。


「それで、どうやってするんだ!?」


 テンションが吹っ切れて食い気味に鬼気迫る顔で聞くダイスケに、ミルは口角をピクピクと小刻みに吊り上げる。かなり引かれているようだ。

それを察し、ダイスケも冷静さを取り戻し気を取り直して聞き直す。


「そうですねぇ。ダイスケさんは魔力操作、は可能でしょうか?」


「魔力操作?」


「はい、自らがもつ魔力を一点に集めたり、逆に分散させたりすることです。魔法を使うには魔力操作が基本になってくるので」


「……悪い、おそらく俺にはそれはできないな」


 その答えにも何の不満も漏らさずに、ミルは説明を続ける。


「分かりました。ではまず、ダイスケさんの魔力を確認してもよろしいでしょうか?」


「あぁ、俺はいいけど。どうやってするんだ?」


「簡単なことです、ちょっとじっとしててくださいね」


 ミルはダイスケの傍にまで来て、右手で額を左手でお腹を触り手を置く。


「な、なんか温かいな」


 ミルの手は優しい黄色の光を発していた。

 それに、至近距離での女の子の匂いは初めてでダイスケは緊張していた。。

 嗅覚が人一倍優れているダイスケにとって、この距離では悩殺レベルである。


 三十秒ほどその態勢を続けていたその時、


『無駄じゃよ、匂いフェチのそやつに魔力などというものは微塵もない』


「え?」


 唐突に聞こえた左手からの声にミルは思わず、声を上げる。

 その驚きと同時に手も額とお腹から離れてしまう。


「おいっ!」


『なんじゃうるさいのう、ありもない魔力を見つけようとしたって無駄じゃろうて。止めて何が悪いんじゃ』


 ゼウスは頑なにダイスケに魔力が無いと言い張っている。


「何でお前にそれが分かるんだよ!」


『我は言うならば、主と一心同体じゃ。分からぬわけがなかろう』


 その言葉は実に嘘くさい。

だが、ダイスケはその言葉を真実だと信じて疑わない。


「……全て辻褄が合う」


 心の中を読めていることも、夢の中に現れてきたことも、魔力を読み取ることも、一心同体なのであれば可能なことかもしれないと考えた。


「だ、ダイスケさん……。それは?」


 一人置いてけぼりにされているミルはダイスケの顔とダイスケの左手を交互に見ながら戸惑っていた。


「あぁ、これは――」


『我が名はゼウス、ちと遠い場所で神様をやっておるのじゃ。よろしくのう、ミル』


 ダイスケが説明しようとするも、ゼウス自らが自己紹介を済ましてしまった。


「ご、ごめんなミル! これは俺の――」


 言い訳を構えようとするダイスケ。


「すごいですね!! 神様と会話しているなんて夢みたいです!」


 純真な心の持ち主であるミル。


「あぁ、やっぱ引くよな……って、え?」


「これがダイスケさんの魔法何ですか!? 何だ魔法使えてるじゃないですか!」


 ……ミルの目は今までで一番輝いていた。

 かなり勘違いをしているミルだったが、間違いを訂正するのが面倒になったため、魔法で貫き通すことに決める。


「あ、あぁ! そうなんだよ! 面白いだろこれ」


 そういって、自慢げに左手を見せびらかしてみせる。

ミルも食い入るように左手に夢中になり視線は常に左手に注がれていた。


「はい! そんな魔法初めて見ました! 世界は広いですね!」


「だな!」


 ホッと一安心して胸を撫で下ろすと、ゼウスは俺にしか聞こえない程度の小声で呟いた。


『……よかったのう、意中のおなごの気を惹いておるぞ』


 流石は一心同体。ダイスケの想いは既にゼウスに見抜かれていた。


「う、うっせぇ! 誰が意中だ誰が! あと、その匂いフェチっていう二つ名やめてくんない!? それだと俺がただの変態みたいになるだろうが!」


『変態に変態の二つ名を与えて何が悪いのじゃ、あと主はとうに立派な変態じゃよ』


「だーれーが変態だ!」


 その光景は一言で言うなら異様。この世、異世界全て含めても左手と口論しているものがいるだろうか。


「ふふっ」


 小さな笑い声はダイスケの耳元まで辿りつき、高揚を徐々に沈静させていく。


「あ、すいませんっ! つい、面白くって」


 ダイスケとゼウスのコントまがいの会話が面白かったのか、口元に手を当てて笑っている。

 それに釣られるように、ダイスケとゼウスも自然と笑いあっていた。




戦いの前夜は、賑やかに行われた。

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