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4 二人のてんさいが現れました

「ご飯が残ってましたのでおやこどんぶりをつくったのです! どうぞ召し上がれなのです!」


 俺の前に差し出された黒い丼の中には、半熟に仕上げられた玉子がつやつやと黄色に輝いていた。 

 そしてその黄色の絨毯の上に散らされている三つ葉の緑がとても美しい。

 直前にお昼をお腹いっぱい食べていたことも忘れ、思わず喉がゴクリと鳴るほどの仕上がりだ。


 見た目はもちろん合格。そうなると、あとは味さえきちんとしていれば大丈夫だろう。

 まぁ、この見た目なら不安になることもなさそうだが……。


 俺はフォークから箸に持ち替え、ほどよく卵が絡んだご飯を口へと運ぶ。

 目を瞑り、ゆっくりと咀嚼をする。ゆっくり、ゆっくりと味わう。


 そして俺は、くっと目を見開いた。


「うまっ! これ、すげぇ!!」


 半熟トロトロに仕上げられた玉子には、しっかりと出汁の味が蓄えられている。

 鶏肉はプリプリで柔らかく、斜めにスライスされた白ネギの甘みも素晴らしい。


 そして、なによりもご飯だ。

 いったん冷ましておいたご飯を温めなおしたご飯は、炊き立てに比べれば少し硬さが出ている。

 しかし、その硬めのご飯だからこそ、玉子や出汁を上手に吸ってもベチャベチャになることなく、ピンと粒を立てたまま美味しさを抱き込んでいるのだ。

 基本に忠実、しかもきちんと“あり合せ”の良いところを組み合わせた素晴らしい親子丼だ。


 気が付くと、昼食を終えたばかりにも関わらず一人前の丼をすっかり平らげてしまっていた。


「どうやらお口に合ったようなのですっ。ほっとしたのですっ」


 テーブルに丼を置くと、ミササがふーっと息をつく。

 いやいや、口に合うとかそんなレベルじゃないぞ。


「すごかった。いや、本当に美味しかったよ。 でも、さっき様子を見てた限りじゃお出汁をとっている様子がなかったけど、このお出汁はどうしたの?」


「それは、アレを使わせてもらったのです」


 ミササはそういうと、大きな鍋を指さす。

 その鍋の中身を理解した俺は、ポンと手を打った。


「なるほど、お吸い物の汁をつかったのか」


「さっきのお出汁の味がとっても美味しかったので、玉子に合わせてみたのです。上手く行ったみたいです嬉しいのですっ!」


「本当にすごい。 いや、正直驚いたよ。間違いなく即戦力になれる。いや、むしろ調理場の仕事をメインでお願いしたいぐらいだね。ちゃんとした踏み台を用意しないとね」


「お料理は家のお手伝いでもいっぱいやっていたので得意なのです。がんばるのですっ!」


 どうやらミササとしても料理は楽しいらしい。

 まぁ、大勢の人数の料理は一緒にやっていかなければならないことも多いだろうけど、この腕前ならきっとすぐになれるだろう。

 とりあえず、調理場の戦力は一人は確保できそうだ。


「さっきは言いそびれてしまってましたけど、ミササの料理は本当に美味しいんですわよ。郷にいる頃から、いつも私たちの食卓を素晴らしい物にしてくれていましたわ」


 そう言いながら近づいてきたのはアワラさんだ。

 手にした小さ目の角皿を俺の前に置きながら、アワラさんが言葉を続ける。


「でも、折角作りましたので私の料理も召し上がってくださいませ。 久しぶりに作ったから上手にできているかどうかは分かりませんけど……」


 そういって差し出された皿の上には、きれいに巻かれた玉子焼きが鎮座していた。

 美しい黄色の肌からは、まだほんのりと湯気が立ち上っている。

 見た目は悪くない。むしろ美味しそうだ。


「いえいえ、こんなにきれいにできているじゃないですか。では、早速頂きますね」

 

 先ほどの丼でお腹いっぱいになってはいるが、これくらいの玉子焼きなら何とか食べきれるだろう。

 予め切れ目が入れられている玉子焼きに箸を伸ばす。

 どうやら何か中に挟んであるようだ。赤いものがチラッと見える。

 口元へと運ぼうとしたその時、俺の耳に不穏な言葉が飛び込んできた。


「そういえば、姉さんの料理って食べたことないかも。ミササは?」


「うーん、それが記憶にないのです……」


 ん? 家ではあまり料理をしないタイプだったのかな?

 まぁ、でも大丈夫だろう。こんなにきれいにできているし。

 気にせずパクリと口に含む俺。


 ……………

  

 …………


 ………

 

 ……

 

 …


「くぁwせdrftgyふじこ!!!」


 俺の口から奇声が飛び出た。

 なんだ、この破壊力抜群の物体(玉子焼き)は! 

 俺は椅子をドーンと倒しながら立ち上がると、床にへたりこみ首をブルンブルンと降りながら激しく悶える。

 

「いったいどうしたのよ?何悶絶してんのよ!普通の玉子焼きでしょ?」


 ただならぬ様子を見せる俺に声をかけてきたのはユモトだ。

 そして、テーブルの上に残された玉子焼きを一切れひょいっとつまむ。


「んー!んーーーーー!!」


 慌てて止めようとする俺だが、口を開くことが出来ず言葉が出ない。

 ダメだ、それを食べてはダメだ!!!

 

 しかし、その願いは届かない。

 ユモトはおかしな様子を見せる俺を怪訝そうな表情で見下ろしてから、卵焼きを口の中へと放り込んだ。


「!! くぁwせdrftgyふじこ!!」


 口に入れて一噛みした瞬間、ユモトも同じように奇声を発して洗い場へと駆け込んだ。

 洗い場の横に備えてあるゴミ箱へ、口の中のものを全部ペッと吐き出してから、慌ててコップで水を汲んでがぶ飲みする。


「がぁぁーーー! 姉さん! いったい何入れたのよ!!!」


「あら、甘い玉子焼きのアクセントに、ちょっとピリッと刺激を加えてみたんだけど、上手く行かなかったかしら?」


 いやー、確かに甘い玉子焼きに刺激があるんですよ。いや、ホントに。

 でも、甘い方も強烈に甘いし、中の刺激物はとんでもなく辛いしで……。

 マジで後頭部をハンマーでぶん殴られたかと思ったぜ……。


 まだ口が痺れて悶絶続行中の俺に代わって、ほんの少量だけ試食しただけで苦い顔を見せるミササが聞きたいことを聞いてくれた。


「うーん、まず、甘い玉子焼きといってもさすがに甘すぎなのです。むしろお砂糖の味しかしないのです。で、この真ん中に入っている赤いのって、もしかして冷蔵庫に入ってた豆板醤じゃないのです?」


「あら、さすがはミササ、よくわかったわね。それと、近くに置いてあったスパイスも一緒に入れさせてもらってますわ。ほら、これですわ」


 アワラはそういうと、一緒に使ったというスパイスの入った瓶をが俺たちに見せる。

 それは、試作用として買っておいたハバネロペッパーの瓶だった。

 瓶の中をよく見ると、中身が半分ほど減っている。

 確かそのハバネロペッパー、俺の記憶が確かなら確か新品で置いておいたはずなんだが……。


「これはダメなのです。死んじゃうやつなのです。そもそも、卵焼きに豆板醤とか意味が分からないのです」


「そう?私は甘くて辛くておいしいと思うんだけど……」


 そういうと、アワラは玉子焼きを一切れつまんで、止める間もなくそのまま食べ始める。

 ……ごめんなさい、なんでそんな平気そうな顔してるんですか?


「んー、ちょっと辛くしすぎちゃったかしら……」


 いやいや、ちょっとじゃないです。死にます。これ、ガチでアカンやつです。ふじこです。


 さすがのユモトも一口目を食べきってしまった俺の惨状に同情してくれたのか、牛乳を持って来てくれた。

 まだ痛む口の中に何とか牛乳を流し入れてようやく口を開けるようになった俺は、審査結果を三人に告げる


「し、失礼しました。ちょっとアワラさんの料理は俺たち人間には刺激が強すぎるようです。……けほっ。そ、そうしたら、調理場は俺とミササちゃんの二人で回していくのが基本かな。仕込みや洗い場なんかはユモトにも手伝ってもらう形でお願いしたいかな。えーっと、アワラさんはまた別の場で活躍いただくということでお願いします」


 俺の宣言に、ユモトとミササが激しく首を縦に振る。


「それがいいわね。とにかく、姉さんに調理場の仕事をさせたら危険だということがよくわかったわ」


「私もびっくりだったのです。アワラねーたまには、他のお仕事で頑張ってもらうのがいいのです」


「皆さんがそう仰るなら従いますわ。まだほかにも仕事はたくさんあるみたいですしね」


 ちょっと失礼だったかなと心配していた俺だったが、アワラさんもちゃんと納得してくれたようだ。


 よく見ると、アワラさんは先ほどのアカンやつ(玉子焼き)を手にしてもぐもぐと食べ続けている。

 なんでそれが平気なの!? やっぱり鬼族と人間って味覚が違うの!?

 

 素敵なお姉様だと思っていたが、その様子に少しばかり引いてしまう俺であった。


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