13 お姉様と二人きりです
「……ごめんなさいっ」
ようやく落ち着いたシマっちがみんなに頭を下げた。
原因を作ったという自覚があるのか、ユモトやクラマもバツが悪そうに頭を下げる。
「こっちこそごめんね。ちょっとびっくりさせちゃったね」
「そうそう、悪いのは全部ユモトちんだから、志摩はぜーんぜん悪くないんだよー」
うん、クラマは全然反省なんてしてなかった。
これは一度コイツからシマっちを引き離さなきゃいけないんじゃないか?
俺が余分な心配を巡らせていると、アワラさんが声をかけてきた。
「ねぇ、そろそろ準備を再開させませんこと? 時間もだいぶ遅くなっていますし……」
その言葉に、俺はスマホの時計を確認する。
うわ、もうこんな時間じゃねぇか。
ハプニングが続いたせいで、時間が経つのを忘れていたようだ。
「じゃあ、今日のところは出来るところまで済ませてしまいましょう。ユモトとミササちゃん、シマッチは備品と在庫のチェックを進めておいてほしいな。 あ、クラマもお願いできる?」
「今日はうちの店も休みだから大丈夫だよー」
「んじゃよろしく。 じゃ、これがチェックリストね。手分けと段取りは任せるわ」
俺はそう伝えながら、さっき印刷しておいたチェック用の容姿をクラマに手渡す。
予定よりずいぶん遅れているが、ここから手分けして進めれば挽回できなくはない。
クラマなら慣れているだろうし、テキパキと進めてくれるだろう。
俺がそんなことを考えていると、なんか納得しない表情を見せながら、ユモトが声をかけてきた。
「そういえば、アンタとお姉ちゃんは一緒にやらないの?」
「ん? ああ、アワラさんには今のうちにパソコンやシステムの使い方を教えて置こうと思ってね」
帳場を任せるアワラさんには、うちのパソコンやシステムに馴れてもらう必要がある。 単にこれを今のうちにやってもらおうと思っていたのだが……、なんでユモトがジト目で睨み付けてきてるんだ?
「……んー、なんか怪しいなぁ……。そんなこと言って、みんなを追い出してお姉ちゃんとイチャイチャする気なんじゃないのー?」
「ばーろー! これも準備の一環だってーの!」
ユモトの言葉に、つい大声が出てしまった。
俺はそんなやましい心を持った変態じゃないっつーのっ!
まぁ、とはいえ、静かな帳場でマンツーマンで説明をする形にはなるわけだ。
そこはほら、自然な流れでお姉さんとの距離が縮まって、そんでちょっとハプニングで手が触れた時なんかにあっ……って展開になるんだったら、それはそれでごにょごにょごにょ。
「ふふふ、ありがたく受け止めておきますわ」
おや?心が読まれた?
アワラさんからかけられた思いがけない言葉に、驚きの表情で振り向く俺。
すると、足元の方からも可愛らしい声が飛んできた。
「声がだだ漏れだったのですっ! でも、ミササも負けないのですっ!」
はっはっは、何を言っているんだこのちびっこは。
そんなへまをするわけが……、ああ、漏れてたのね。
アワラのジト目はともかく、シマッちまでそんなに引いた目で見つめなくてもいいじゃないか……。
まぁ、それはともかくとして、ミササちゃんはなんだかんだと可愛らしいこと言ってくれるなぁ。
そう思いながら、俺は無意識のうちにミササの頭に手を伸ばす。
その刹那、ビシーン!という音とともに俺の手に強い衝撃が走った。
「だから、さっきも言ったでしょっ! 頭を撫でようとしないっ!!」
「ってぇ!! 何すんだよ!!」
「忘れたのっ! 鬼にとってツノは大事だって!」
ユモトが鬼の形相で俺を睨みつけてきていた。まぁ、鬼なんだけど。
って、待てよ。そういえば、確かツノに触るとヤバいんだっけ……。
そのこと思い出した俺は慌てて手をひっこめる。
すると、ミササちゃんが抗議の声を上げてきた。
「チッ、もう少しだったのです。ユモトお姉ちゃんはお邪魔虫なのですっ。でも、お邪魔をしてくるということは、ユモトお姉ちゃんもなんだかんだ言ってユウマお兄ちゃんを狙ってるのですっ?」
「ば、ばか言ってんじゃないわよ! 私は、アンタがこんなヤツの毒牙にかからないように……!」
「あら、別にお父様は私たちの誰かがユウマさんと一緒になることを期待しているわけですし、ミササがそれでいいのなら構わないと思うけど?」
「ちょっとー!お姉ちゃんまで何言ってるのーっ!? こいつはヘンタイよ!ヘ・ン・タ・イ!」
「そんなことないですっ。ユウマさんは素敵なお兄ちゃんですっ」
おっとシマっちまで何を言ってるんだ?
成り行きに入り込めずに見守っていると、ポンと俺の肩を叩く奴がいた。
「二日目にしてこのハーレムっぷり、なかなかやるじゃねぇか。でも、うちの妹にだけは手出しさせんからな」
「あのなクラマ、本気でこの状況うらやましいと思うんか? てーか、お前はいい加減に妹離れしとけ」
「大丈夫さ。志摩は俺に何度も『大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるのー』って言うぐらい俺にぞっこんだからな」
おーい、こっちにガチのやつがいるぞー。
やれやれとため息をつくあきれる俺であった。
—————
再び脱線しそうになったメンバーたちを持ち場につかせ、俺はアワラさんと二人帳場のパソコンを操作していた。
しなやかな指でパチパチとキーボードを叩いていくアワラさん。
うん、やっぱり大人の女性って感じがするね。
「えっと、予約を取り消すときにはこのボタンでいいんですわよね?」
「あ、はいっ。そうです。しかし、理解が早くて助かります」
「いえいえ、昔とったなんちゃらですわ。それよりユウマさんの方こそ素晴らしいですわ。帳場から厨房、部屋の設え、この宿のことをほとんどお一人でやってらっしゃったんでしょ?」
「い、いやぁ、必要に迫られてのことでしたから……」
真っ直ぐに褒められると、少しこそばゆい気持ちになる。
なんだか照れくさくて、ついつい声が裏返りそうだ。
「でもよかったですわ。ユモトもミササも、すっかりユウマさんに懐いていらっしゃるみたいで、安心いたしましたわ」
「へ? ミササちゃんはともかく、ユモトは完全に俺のこと嫌ってません? というか、むしろ命の危機を感じているんですけど……」
思わぬ言葉にキョトンとしてしまう俺。
すると、アワラさんはPC作業用の眼鏡をはずしながら横に座る俺の方へと振り向いた。
ウェーブがかった髪がふわっとたなびき、なんだかいい香りが漂ってくる。
「ユモトがあそこまで感情をぶつけるのは珍しいのですわよ。小さい頃は引っ込み思案でしたし、いまでも周りと壁を作ってばっかり。自分で頑張ればいいと思ってるのか、家族以外に本音を見せることなんてこれっぽっちも無いのですわよ」
「うーん、にわかには信じられないのですが……」
いや、どう考えて自分の感情をむき出しでぶつけられている気がするのですが……。
いぶかしむ俺に、アワラさんはにっこり微笑みかけた。
「たぶん、これから宿が始まって接客とかを見ていていると分かりますわ。私たち三人の中ではあの子が一番さびしがり屋だし、頑張らなきゃという気持ちが強いの。たぶん、しばらくして最初にパンクするのはあの子だから、ユウマさん、上手にフォローしてあげてくださいね」
「あ、は、はい……」
静かに話すアワラさんの口調に押され、俺は曖昧に返事を返してしまう。
うーん、どうにもイメージが付かないけど、そんなものなのかなぁ……。
ぼんやりと考えを巡らせながらお茶を啜る俺。
すると、アワラさんが特大級の爆弾発言をぶつけてきた。
「もしユウマさんが気に入ったら、どうぞユモトをもらってやってくださいね」
その言葉に、呑んでいたお茶を吹きだしそうになった。あぶねぇ。
何とかこらえて呑み下した俺は、げほげほとむせながら反論する。
「そ、そんな……! 俺はアワラさんが一番素敵だと思ってますから!」
「ふふ、ありがとう。でもね、そう言う言葉はまだもう少し先に、本当に大切な人のために取って置くのが良いのですわよ。さて、こちらはこれで終わりかしら? それならみんなのところにお手伝いに行きましょう」
「あ、は、はい……」
アワラさんに促されるように席を立つ俺。
うーん、すっかりペースを握られて、大事なところをはぐらかされた気がする……。
それに、ユモトのことも……うーん。
モヤモヤとしたものを抱えながら、みんなの下へと向かう俺であった。




