12 戦闘態勢を整えます
嵐のようにやってきて、嵐のようにかき回していったお嬢様。
彼女の態度がよっぽど気に食わなかったのか、頭からツノが出てきそうな勢いでユモトがまくしたて始めた。
あ、ツノは元から生えてたっけ。
「しかしあのイマリとかいう小娘は本当に生意気ね!いったい自分のことを何様だと思ってるのかしら?」
まぁ、何様って聞かれたら“お嬢様”って答えるしかないわなぁ。
火に油となるのが目に見えてるから言わないけど。
「良し決めたっ! アイツをぎゃふんと言わせるまで、里には帰らないっ! ほら、アンタもしっかりやんなさいよ!」
「だから、なんでテメェが上から目線なんだよ!」
ったく、一応ここを仕切るのは俺の役回りだぞ。
って、アイツをギャフンと言わせるまで帰らないって!? それは少々趣旨違いじゃないか?
小言の一つでも言ってやろうと俺は口を開きかけるが、それよりも先に姉と妹がそれぞれにため息交じりにぼやきはじめた。
「あらら、ユモトちゃんに火がついちゃったわねぇ」
「こうなるともう止められないのです。とばっちりを受けないようにミササはおとなしくしているのです。くわばらくわばらなのです」
一人憤っているユモトを、二人とも微妙な表情で見つめている。
よほど過去に何かあったのかもしれない。怖くて聞けないな、これは……。
まぁ、それはともかくだ。確かにユモトの言う通り、頑張らなきゃいけないのは間違いない。
お嬢をギャフンと言わせるかどうかはさておき、実質的には月夜グループを敵に回したようなもんだからな。
ユモトが怒りを周りに当たり散らしてくれたおかげでかえって冷静に慣れた俺は、ゴホンと一つ咳払いしてから改めて全員に話しかける。
「まぁ、ちょっとハードルが20階ぐらい上がった気がしなくはないけど、どっちにしろやらなきゃいけないことは一緒だな。五人力を合わせて、これから気合いを入れてやっていこう」
「ん? ちょっとまって、五人か?」
俺の相当にカッコいい台詞(自分比)に、クラマが口を挟んでくる。
ん?なんか間違ったこといったか?
「どうした? 俺、アワラさん、ユモト、ミササちゃん、それにシマっち。うん、五人で間違ってないよね?」
「ちょっと待て。ナチュラルにこの光り輝くスーパースター様を外してねぇか?」
「何がスーパースターだ。 お前が輝いているのはそのハゲ頭だけじゃねえか!」
「ハゲじゃねぇ! ファッションスキンヘッドっていえよ!」
「うん、どーでもいい。 てか、クラマは自分の実家の方があるだろ? そりゃ力を貸してくれりゃ助かるが、俺の方にかまけてる時間なんて無いんじゃねえ?」
「まぁ、確かに。でも、人手的なところは無理かもしれんが、知恵ぐらいなら貸せるぜ?」
「それもそうか。じゃあ、俺が悪かった。 改めて、六人力合わせて頑張るぞ!」
「わかりましたわ」「アイツ、ぜってーぶっ殺す」「がんばるのですっ」「えっと、えい、えい、おー?」「志摩、それはちょい早いぞ」
うん、見事なまでにみんなバラバラだね!
こんなんでやっていけるのかな……。とほほ……。
―――――
何はともあれ、若者六人チームによる“草下”再生プロジェクトチームが本格的にスタートした。
役割分担はだいたい見えてきたので、今度はいよいよ具体的な営業準備だ。
俺は帳場に全員を集め、営業再開までに準備しなければならないことをホワイトボードにリストアップする。
「備品のチェックに不足品の購入、あといろんな施設がちゃんと動くかどうかも点検しなきゃいけないな。それと具体的な営業内容も決めなきゃいけない。料理のメニューも考えなきゃいけないし、関係各所への手続きも必要だな。旅行代理店回りもやった方がいいだろうし、この機会にホームページもリニューアルしたいよな。もちろん、みんなが仕事を覚えるってのも大事なことだね」
「うへぇ、めちゃくちゃ大変じゃないの……」
ずらっと並んだリストの項目を見て、早速音を上げるユモト。
まぁ、俺でも大変だと思う。が、やらなきゃいけないのには変わらないし、やってもらわないと困るのだ。
ということで、俺はわざとユモトの耳に聞こえるようにぼそっと小声でつぶやく。
「でも、あのお嬢ならこれくらい平気でやるだろうなぁ」
「わかった、私はどこからやればいい?」
うわ、すんげぇ簡単だ。
しばらくこの作戦でいけそうだな……。
とりあえず、ユモトが前向きになっているうちにやることをやってしまおう。
俺はパソコンを立ち上げ、一つのファイルを開く。
「とりあえずは備品と在庫のチェックからかな。もし不備があったら早めに手配しなきゃいけないし、これからやてしまおう。昔作った備品在庫管理用のチェックシートがあるから、これを使っていくぞ」
慣れた手つきでマウスを操作し、チェックシートを印刷する。
ウィーンウィーンというモーターの駆動音が響き、少しずつチェックシートが印刷される。
……うーん、安いのでいいからレーザープリンターぐらい欲しいなぁ。
印刷終了を待つ間にぼーっとそんなことを考えていると、ユモトが声をかけてきた。
「へー、あんたパソコン使えるんだ」
「ん? まぁ一応な。というか、これくらいは使えるうちに入らんだろ? 普通に誰でもできねぇか?」
「うっ、そ、そうね。当然出来るわよね! ちょっとアンタを試しただけよ」
何を言ってるんだコイツは。
やたらに焦る不自然な様子に首をかしげていると、アワラさんがその理由を説明してくれた。
「そうねぇ、ユモトはもうちょっとパソコンのことを覚えた方がいいわよ?」
「ばっ! ちょ、お姉ちゃん! わた、わたしだってやればできるんだから!」
「ミササは知ってるのです。ユモトねーたまもちゃんとパソコンを使えるのです。時々、いんたーねっとのげーむをやってるのです」
「ちょっ! ミササまでっ!?」
あー、そういうことね。
俺は思わず生暖かい目で見てしまう。
「だ、だからっ! 本気を出せば私だって! そ、そういうシマちゃんはどうなのよっ!」
分が悪くなったとみるや、矛先を変えようとするユモト。
うーん、シマっちに妙な対抗心でも生やしているのかな?
というかさ、その展開は前も地雷だったよな?
どうやって拗ねないように事実を告げようか悩んでいると、この界隈では妹ラブで名高い頭が明るいタイプの兄が乗り出してきた。
「うちの志摩を舐めてもらっちゃ困るね! なんとなんと、うちの優秀な妹はパソコン検定1級持ってるんだよねー。ちなみに漢字検定は準一級で、簿記検定も既に2級のを持ってたりするんだな」
「あらまぁ、シマちゃんすごいわねぇ」
アワラさんが驚きの声を上げる。
以前に秘書をやっていたっていってたから、こうした検定については詳しいのかもしれないな。
「そんな……全然大したことなくて……。恥ずかしいですっ」
そして、急に持ち上げられた当の本人は、あわあわと慌てふためきながら顔を真っ赤に染めていた。
いや、十分大したことはあると思うぞ?
さて、それよりもユモトの反応だ。 ツノが伸びてたりしないだろうな……。
俺は恐る恐ると視線を送ってみる。
するとそこには黙ったまま固まったままのユモトの姿があった。
「……す、す、すごいじゃない!! シマちゃん、あんた天才少女じゃない!!」
あれ?なんだこれ? もっと激おこぷんぷん丸(死語)みたくなるかと思ったのに……
しかしユモトは、シマッチの肩を笑顔で掴むと、純粋に驚きが隠せないとばかりにブンブンと揺さぶった。
大丈夫かなぁと見守っていると、目を回しながらもシマっちは何とか声を絞り出す。
「そ、そんなことないですぅ……」
「そんなことあるって! シマちゃんはすごい子だって! もっと自信を持って、堂々としてればいいのよ!」
あ、それは同意できるな。
こと記憶とかに関することであれば、シマっちのスペックは尋常じゃないぐらい高いと思う。
小さい頃にも一度読み聞かせただけの童話をすらすらと話し始めたりしてたし、めちゃくちゃびっくりしたもんなぁ。
まぁ、シマっちがそういったところを前に出さないのは、だいたいあの過保護な兄のせいなんだろうけどな。
「ほら、お兄ちゃんがいつも言ってるとおりだろ?志摩は出来る子なんだって」
「だって、だって……」
シマっちの言葉がつっかえつっかえになり、目に涙が浮かび始めた。
あ、やばい。そろそろ限界っぽい。
「おーい、そのへんにして……あー、間に合わなかった」
俺の言葉は一瞬遅かったらしい。
二人の勢いに気圧されてしまったシマっちは、とうとうひっくひっくと泣き出してしまうのであった。




