11 宣戦布告が発せられたようです
「あら、私に聞かれてマズイことでもあるのかしら?」
「もごもごもごもごもごー!」
何か言いたげ口をもごもごさせているユモトだが、ここで余分なことを離させるわけにはいかない。
俺はなんとか口を押えながらごまかしにかかる。
「いや、これはちょっとしたお試しだって。まぁ、うちみたいな弱小はいろいろ試さんといかんってことさ」
「そうでしたか、いや、無駄な努力に終わるとは思いますけどねぇ」
「まぁ、そうならんように頑……いでーっ!!!!」
ユモトの奴が手を噛んできやがった!
俺は驚きと痛みのダブルパンチで、思わずユモトの口元から手を離してしまう
「なによーっ! さっきから決めつけてばっかりじゃないの! アンタがどれだけすごい宿の人かどうかはしらないけど、何事もやってみなきゃわかんないじゃない!」
あー、良かった。既にユモトの中の話題は頭のアレから上手く逸れてくれていたようだ。
って、またそんなふうにけしかけたら……
「それがわかるのですわ。だって、この宿に続く道の入り口に我が『青月楼』があるのですわよ。ただでさえ、こんな山奥の辺鄙なお宿ですもの。上手く行かなくて当然ってことですわ」
「あら、随分なものいいですわね。妹の言う通り、まだこれからやってみなくては分かりませんことよ?」
おっとアワラさんまで視線が冷たくなってる。
てーか、アワラさん……怒らせたらかなり怖いぞ。気をつけよ。
「だから、私の顔を見て名前も出てこないような旅館経営のど素人さんには荷が重いってことをお話させて頂いているのですわ。このお話だけでもコンサル料を頂きたいところですが、今日のところはユウマさんのよしみでサービスとさせていただきですわ。ということで、痛い目を見る前に、こちらからは早めに手を引かれた方がよろしいですわよ。何でしたら、私どもでイロをつけて買ってあげてもいいですわ。そうすれば、貴方たちも儲かって私たちがこの宿を立派に再生させてあげられる、一石二鳥のウィンウィンになれますわ」
む、その言葉は聞き捨てならないな。
ついに俺までも怒りをにじませた声でイマリに噛みつく。
「何が立派に再生だ。お前のところはうちの源泉権が目当てなだけじゃねーか!」
「まぁ、こんな古びたボロ宿なんぞに価値はございませんことよ。そうですねぇ。それでも土地はもったいないですから、取り壊して青月楼の“離れ”でも建てるのもよろしそうですわ?」
「簡単に家を壊されてたまるか! これでもこの温泉郷では最古の伝統を持つ宿の一つなんだぞ!」
「でも、その伝統に胡坐をかいていたのはどこのどなたかしら? 経営、苦しかったのですわよね?」
「ぐっ……」
痛いところを付かれ、俺は声を詰まらせる。
そんな俺に、イマリがアゴをしゃくりあげながら、どうだと言わんばかりの笑顔を見せつけてくる。
くっそ、コイツのこの人を馬鹿にしたような態度が頭に来るんだよなぁ……
そこにユモトが再び口を挟んできた。
「黙って聞いていれば随分な物言いよね。 イマリさんだったかしら? アナタも偉そうに言ってるけど、貴方こそどうせ親の七光りのお飾りみたいなも」「ちょーーーーーっとまーーーーった!」
アッカーーン!! それはアッカーン!
イマリに対して絶対言ってはいけないNGワードが出てきて、俺は慌ててユモトの声を遮る。
頼む、間に合ってくれ……。
しかし、俺の祈りは空しく虚空へかき消されてしまったようだ
「何て言いまして? 何て言いましたのかしら? オヤノナナヒカリ? えっ? ほんとにそんなことおっしゃって……私の耳、間違って……? ハッ? マチガッテハナイ? ……テメェ、舐めたこと抜かしとったらケツの穴から手ー突っ込んで奥歯をガタガタ言わせんぞぐぉらぁ!!!!!」
あっちゃー、やっぱりこうなるよなー。
余りの剣幕に、三姉妹はおろか、黒服軍団ですらポカーンと口を開けてしまっている。
シマッチなんかは俺の背中で気絶しそうになっていた。
しかし、こうなるとお嬢を止める術は無いな……。
俺は額に手を押し当てて、振る振ると首をフルしかなかった。
「テメェらいい加減なこと抜かしトンじゃねぇぞ! 『青月楼』はこの私が立ち上げから今に至るまでずっと育て上げてきたんじゃい! 月夜グループの中でも最も格式の高い、いわばフラッグシップとなる旅館になるまでどれだけ苦労をしたと思っとるねん!!!
よーし分かった。そこまで言うならしゃーない。これは宣戦布告やな。」
「え? おま、ちょっとまて!」
俺はブチ切れたイマリを必死に宥める。
しかし、どうやら賽は既に投げっぱなしジャーマンスープレックスになってしまっていたようだ。
「この宿の営業を再開するつもりやったら、うちらの全力で叩き潰したる!泣いて謝っても許したらへんからな!!」
「ちょ! だからそれは困るんだって! イマリまで俺ん家をこれ以上壊すつもりか!」
イマリに向かって声を荒げる俺。 もうこれ以上めちゃくちゃにされてたまるか!
珍しく感情をあらわにした俺の剣幕に驚いたのか、イマリが少し冷静さを取り戻しながら答えてきた。
「まぁ、ユ、ユウマさん、あなただけでしたら、先ほどの比例を土下座してお詫びするのなら、許して差し上げてもよろしかったりすることもなかったりするんですけどね……」
なんだろう?最後の方はごにょごにょ話してたから良く分からなかったぞ……?
俺が首をかしげていると、いつの間にか横にいたミササちゃんがイマリに向かって声を上げた。
「えーと、そーすると、おじょーさまは、ユウマにーたまをこのお家毎欲しいってことなの?」
ミササはそう言い放つと、キラキラとした眼でイマリを見つめる。
しかし、そのあまりにも純粋さに溢れた発言に、場が一気に冷え込み、時が止まった。
イマリの顔が徐々に染まり、やがて茹で蛸のように真っ赤になる。
「そ、そんなことないですわっ!そ、下僕、下僕ですわ!! 一生下僕にして差し上げるんですからっ!まぁ、見ていなさい、あとから後悔しても知りませんことよっ!では、おさらばですわっ!ごきげんよう」
イマリはそう言い残すと、黒服の男たちを引き連れてとっとと立ち去っていった。
黒塗りの高級車のドアがバタンとなり、きゅるるるーとタイヤを鳴らしながら立ち去っていく。
嵐が過ぎ去ったあとのような何とも言えない空気に包まれた宿の玄関で、ユモトがポツリとつぶやいた。
「……ねぇ、もしかして、私、悪いことしちゃった?」
「うーん、まぁ仕方ないんじゃないか? どっちにしろ、営業再開したらいずれこうなるとは思ってたからさ。でも、まぁ、うん……どうするんだ、これ?」
極力スルーしようと思ったものの、さすがに無視することもできず頭を抱える俺であった。




