9 うるさい令嬢が現れました
シマッちという強い味方が加わったことで、ようやくおぼろげながらも宿を運営する姿が見えてきた。
俺は具体的なフォーメーションを考えながら、シマッチに働ける時間を確認する。
「中学校が終ってから来るとなると、それなりの時間にしか来れないよなぁ。何時頃なら入れそう?」
「今は部活もしていないんで、一回帰ってから夕方の四時か五時くらいなら来れるかと思うんですけど……」
まだどこかオドオドしながら応えるシマっち。
いいんだよ。君はそのままでいいんだ。間違っても凶暴娘なんて見習ったらダメなんだからね
「ん?なんか言った?」
「いや、何も。じゃあ、シマッちには盛り付けや配膳、あと、客室の注文伺いを中心にお願いしようかな。まだ中学生だし九時には終わった方がいいね。 あと、テストの時はちゃんと言ってね。まだまだ勉強優先しないとね」
「あ、ありがとうございますっ。頑張りますっ」
いやいや、お礼を言うのはこっちだって。
シマっちの力が借りられなければ、宿を回すのだって難しいんだから……。
どうやってお礼を言おうか考えていると、先にシマっちが声をかけてきた。
「そうそう、ユウマさんこそ学校の方はどうなさってるんです?」
「あら、ユウマさんはまだ学生さんでしたのかしら?」
シマッちの質問に、アワラが重ねてきた。
あまり触れられたくなかったポイントだったが、仕方が無い。
少々メンドクサイが、今のうちに説明をしておこう。
「あー、自分はこの街にある単位制総合高校に一応通ってるんです。一応二年生ってことになってるんですが、卒業までに必要な単位はだいたい取っちゃっているんで割と自由なんですよねー」
というのも、うちの高校は“インターンシップ認定制度”があるためだ。
これは、どこかで働いてレポートを提出すればその時間が授業を受けていたのと同じように認められるというもの。
何でも、当時の校長が国に掛け合って実験校のポジションを勝ち取ったという稀有な制度らしいのだ。
しかし、この制度は俺を含めたこの街で生まれ育った者にはとっても有り難い物だ。
この街では、うちみたいに旅館やっていたり、クラマのところみたいに料理屋をやっていたりと商売をやっている家が非常に多い。
そんな子供たちは、自分の家で仕事をしてレポートを出せば単位が認められるのだ。
おかげで、二年生も半ばを過ぎると学校に通う必要がなくなるほど。
それで高卒の資格をもらえるんだから、良く考えたらめっちゃ緩い制度だよな……。
「へー、そんな学校があるのねぇ。タンイとかはよくわからないけど、学校に行かなくてもいいだなんて夢みたいな話じゃない」
「とはいっても、本当は週に一回か二回ぐらいは顔を出さないといけないことになってるから、ゼロってわけじゃぁないんだけどな」
まぁ、これまでは何とか上手くごまかしてきたんだけどな。
正直、家の手伝いが手一杯で学校なんか行ってるヒマ無かったからなぁ。
「まぁ、俺の学校の話はおいといて、もう少し準備を進めていこうか。とはいっても、後は営業関係の確認ぐらいかな? とりあえず、帳場の方にみんなで移動お願いね」
「わかりましたわ」「はーい」「りょうかいなのですっ」「あ、は、はいっ」
俺の指示に、三姉妹と妹分がそれぞれに声を上げる。
うん、意外とこういうのも良いかもしれん。
徐々にフォーメーションもできてきたし、こうしてみるとなかなか良いポジションなのかもしれないな。
「ほら、鼻の下を伸ばしてないで、とっとと案内しなさいっ!」
「うっせぇ! 鼻の下なんか伸ばしてねぇよ! 誰がお前相手なんかに!」
「はいはい、二人とも仲良くするのは後にして、お仕事のことを先に済ませますわよ?」
突っかかってきたユモトをからかっていたら、アワラさんにたしなめられてしまった。
というか、これが仲良くしているように見えたのか? 謎だ。
アワラさんから見えないところでユモトを睨み付けると、向こうもイーッと歯をむき出しにして威嚇してきた。
ホント、可愛く無い奴だな! あー、めんどい!
―――――
俺たちが玄関口にあるカウンターへと戻って来ると、正面扉からドンドンドンと激しく叩かれる音が聞こえてきた。
何だろうと思って隙間から覗き込むと、先ほど帰ったばかりのクラマが血相を変えて戻ってきているではないか。
俺はすぐに扉を開けて、クラマを中へと招き入れる。
「おう? そんなに慌ててどうした? ってか、帰ったんじゃないのか?」
「そんなことより! アイツが来るぞ! 早く隠れろ!!」
「ん? アイツって……?」
「アイツだよアイツ! お嬢だって!」
「ん? お嬢って誰のこと?」
クラマの口から飛び出た名前に疑問を返すユモト。
しかし、その返事をする前に、きゅー、ぶおんぶおんぶおーんというけたたましい音が外から聞こえてきた。
あ、ヤバい、もう来てやがるな。
そう思った次の瞬間、再びドンドンと扉が叩かれ、そしてこちらが返事をする間もなくガラガラっと扉が開かれた。
玄関から入ってきたのはサングラスをつけた黒服の男。体格が良く、イカにもいかつい感じだ。
「すいません、クサカソウマさんは御在宅でしょうか?」
大人の落ち着きを感じさせる男性の低音ボイスが玄関先に響く。
居留守を使い損ねが俺は、舌打ちをしながらその黒服の男に言葉を返す。
「えーっと、新聞の押し売りなら帰ってもらうところなのですが……」
「残念ながら、新聞でもネット回線でもケーブルテレビでもありません。貴方がクサカソウマですね? お嬢様はお話があるということで、こちらまで足を運ばせて頂きました。では、少々お待ちを」
黒服の男はそう一言告げると、いったん外に出て大きく扉を開けた。
俺たちが覗き込んでいると、玄関前には黒塗りのいかにも高級そうな車が横付けされている。
先ほどの男と同じ格好をした黒服の男性の手によってその高級車(推定)の後部座席の扉が開かれると、その中から可憐な百合を思わせるような清楚な少女が降りてきた。
少女は、静々と歩を進め、玄関を潜って室内に入ってくる。
そして、俺の姿を見つけるや否や、高笑いをしながら声をかけてきた。
「おーっほっほっほ、クサカソウマくん、お久しぶりですこと。お邪魔してもよろしくて?」
「あー、お嬢。お久。悪いけど今ちょっと取り込んでるから、邪魔するなら帰ってー」
「分かりましたわ。ではごきげんよう……って、くぉら!なに人を突き返してんじゃわれぇ!」
突然表情をゆがめて声を荒げる少女。
その切り替わりの凄さに驚いた三姉妹は、大きく目を見開いた。
シマっちなんかは驚きすぎて、俺たちの陰に回り込んでしまうほどであった。
うん、コイツのこと知らないとこういう反応になるよねー。
俺は、みんなを庇うようにしながら前に立ち、一瞬前まで清楚な雰囲気だった少女に声をかける。
「チッ、これくらいじゃ帰らねぇか。 ところで、その足元に化け猫の皮が落ちてるがいいのか?」
俺の指摘に、少女がはっと周りを見渡す。
そこでようなく自分とユウマ以外にも、クラスメイトであるクラマにその妹、それに知らない女の子たちまでいることに気が付いた。
少女は、慌てて取り繕うように声を発する。
「はっ…・っと、これは失礼いたしましたわ。私、こちらのユウマさんのクラスメイトで、学級委員長をさせて頂いております伊万里と申しますわ。どうぞお見知りおきを。
ところで、ユウマさん? 最近週一回のスクーリングにすら来られていないようですが、何がご都合がございましたでしょうか? こちらの旅館が連日連夜の満室完売で、学校まで来られない程お忙しいということでしたら、委員長としても最大限配慮させて頂こうとは思ってはおりますが、いかがですか?」
「相変わらずイヤミな奴め。商売のことでお前に心配される筋合いはねーよ。学校には落ち着いたらちゃんと行くから、とりあえず先生にテキトーにごまかしておいてくれ」
「そう言う訳には参りませんわ。週に1度のスクーリングは最低限の義務ですのよ? それを正当な理由なくたびたび休んでいるとなれば、委員長としては当然見過ごせない事案となりますわ」
「だから、家の手伝いが忙しいっていつも言ってんだろ? そのうちちゃんと顔を出すから、心配すんなって。ほら、お客さんもいるんだから、用事が終わったらとっとと帰った帰った」
俺は話を切り上げてイマリを追い出しにかかる。
しかし、イマリはニヤリと口角を持ち上げて、話を続けた。
「あら、私の聞いているお話とは違うようですわね。こちらのお宿、身売りに出ているんじゃありませんこと? まぁ、あくまでも噂話でしたから、どうやら聞き違いだったようですわね」
フフンと鼻を鳴らしながら自慢げに話すイマリに、俺は苦虫をかみつぶしたような表情で睨み返す。
「まぁ、もし身売りに出るとしてもこんなボロ宿では買い手などいらっしゃらないと思いますけどね。まぁ、そうなったときには、同窓のよしみというのもありますので、私どもの方で多少の色をつけて引き取らせて頂くぐらいはしてあげてもよろしいのですわよ?」
あー、コイツ、中途半端に情報知ってるっポイな。
てーか、もうめんどくせえな。話しちまうか。
俺は、一瞬クラマに視線を送り、うんと頷いてから事情をバラした。
「あー、悪い悪い、その話、割と本当なんだわ。ってか、ぶっちゃけもう売れた。というか、売られた……ってところかな」
「へぇ、売れた……売れたですってっ!?」
思わぬ答えが返ってきて、慌てふためくイマリ。
ふっ、どうだ、驚いたか! ……って、言ってる場合じゃないけどな。
さてこの後どこまで話そうか……、俺は話しながらも頭の中をフル回転させ始めていた。




