8 オニの手だけでは足りません
「っと、ずいぶん話が脱線しちまったな。クラマ、この三人の仲居仕事、とりあえず合格ってことでいいんか?」
すっかりと逸れてしまった話を戻し、俺は先ほどのチェック結果をクラマに尋ねる。
俺の言葉に幼なじみは首をコクコクと縦に振って肯定を示す。
「何にも問題ないさ。美人で淑やかなアワラお姉さんに、元気いっぱいのユモトちん、かわいいミササちゃんって揃えば、お客さんも喜んでくれるって」
「じゃあ、仲居の仕事は三人で手分けできそうだな。といっても、ミササちゃんは調理中心になるだろうから実質二人ってことになるかな」
「んー? ミササちゃんが調理に回るのか……。そうすると、拙くねーか? フロント空っぽにするわけにもいかねーんだろ?」
痛いところをついてきた親友の言葉に、俺は思わずぐむむと唸ってしまう。
「全く持って。実は昨日からそこを悩んでるんだ。お客さんを迎える時だけ、俺が調理場からフロントに回ってやるしかないかなぁって思ってはいるんだけど……」
「うーん、二組ぐらいなら何とかなるかもしれんけど、満室狙ってくなら絶対無理が来るぜ?」
「とはいっても、コストのことを考えると今の段階で外から人を雇う訳にもいかないしなぁ。せめてあと一人いれば、フロントを帳場担当のアワラさんに任せて、ユモトと二人で仲居仕事を任せられるようになるんだけどね……」
「ねぇ、そんなに仲居仕事って大変なの?」
俺たちの話に首を挟んできたユモト。その表情はどことなく不安そうだ。
俺は、首を横に振りながら言葉を返す。
「いや、一つずつの仕事は丁寧にさえやってくれれば問題ないんだ。ただ、うちみたいな宿の場合、お客さんを出迎えて、お部屋に通して、お茶とお着き菓子を出してって一連のことを済ませるまでは一組のお客様につきっきりにになるから、お客様が重なると一人じゃとても回すのが難しくなるんだよね」
「確かに、お客様がお越しになる時間ってだいたい一緒位になりますもんね」
横で聞いていたアワラさんがうんうんと頷く。
さて、どうしたものか……と腕を組んで思案し始めたところに、クラマが声をかけてきた。
「だったら、志摩をこっちに来させようか? 学校終った後、夕方からなら手伝えると思うぜ」
「ん? 誰か手伝いに来てもらえるの?」
クラマの言葉に真っ先に食いついたのはユモトだった。
疑問符のついた言葉に、俺が捕捉を入れる。
「ああ、シマっちはクラマの妹のことね。でも、いいのか? お前んちの店こそ手伝いいるんじゃねえのか?」
クラマの実家がやってる料理屋は、腕の立つ料理人のオヤジさんが切り盛りするなかなかの繁盛店だ。
あと、最近じゃ口の立つクラマの接客も割と評判を呼んでいるらしい。
まぁ、俺の口からは褒めないけどな!
「それがな、オヤジが最近一人ホールのスタッフを雇ったから、うちの方は人手が足りてるんよ。それに、あいつもそろそろ外に出ることを覚えさせた方がいいしな」
あー、そうか。志摩っちは箱入り娘だもんなぁ。
まぁ、そういう話なら俺として断る理由はどこにもない。
むしろ、シマっちなら小さい頃からの妹分みたいなもんだし、気心も知れてるから助かるな
「そしたら、マジで頼んじまってもいいか? そんなにたくさんは出せないけど、ちゃんとバイト代は払うからさ」
俺の言葉をクラマが手で制する。
「宿がもう一度軌道に乗るまでは懐がきついんだろ?うちとしても修行の一環でのお願いになるし、出世払いということでかまわんさ」
いや、それはマズイ。
押しかけ女将候補の三姉妹はともかく、さすがにシマっちまでタダ働きさせたとあっては申し訳なさすぎる。
その言葉を押し返そうとする俺だったが、クラマの眼がマジなものになっていることに気づいた。
あ、この眼はダメだ。もう俺の説得何て聞きやしないやつだ。
「……わかったよ。じゃあ、最初の3ヶ月だけ助けてもらうわ。そっから先もお願いするならちゃんと払うものは払わせてくれな」
「ま、いいさ。先のことはその時に相談するとして、早速志摩を呼んでくるわ。まぁ、アイツのことだからお前が頼めばいつまでもタダで尽くしそうだけどなぁ~」
クラマは、ニヤニヤと笑いながらそう言うと部屋を後にした。
えーと、最後の意味深な言葉、めっちゃ気になるんですけど!
―――――
しばらくしてから返ってきたクラマの背中には、おかっぱ頭の目がくりくりっとした女の子が隠れるようにして立っていた。
そのおどおどした様子、間違いなく志摩っちだ。
「シマっち、悪いね。急に無理なこと頼んじゃって」
「い、いえっ……。私でユウマさんのお役にたてるなら……」
「まぁまぁ、とりあえずこちらのレディたちにに挨拶しようか?」
ずいずいっと押し出されるように前に出された志摩っちが、兄に促されるまま三姉妹へ挨拶する。
「は、はじめましてっ。城崎志摩って言いますっ。この度は、お世話になりますっ」
「はじめまして。今度こちらでお世話になることになりましたアワラと申しますわ」
「私はユモト、よろしくね」
「ミササなのです! 志摩おねーちゃん、いっぱい教えてくださいなのです!」
「志摩にはこっちに来るまでに大体の話は伝えてある。じゃ、俺は仕込の手伝いがあるからあとは頼むな」
クラマはそう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
隠れられそうなところを失ったシマっちは、きょろきょろと辺りを見渡してから俺の背中に隠れるようにしてもぐりこむ。
俺は、いつもの様子をみせるシマっちの頭をポンポンと撫でながら、改めて三姉妹に紹介をした
「さっきも話した通りシマっちはクラマの妹で、俺にとっても妹分みたいなもんかな。見ての通り、ちょっとオドオドしているところはあるけれども、根はしっかりした良い子だよ」
「そ、そんなっ、恥ずかしいですっ」
頬を染めて再び俺の背中に引っ込んでしまうシマっち。
その様子が不満だったのか、むぅと頬を膨らましながらユモトが声をかけてきた。
「ねぇ、こんなオドオドした子に仲居の仕事とか勤まるの?」
まぁ、言わんとすることは分かる。でも、それが問題ないんだな。
「大丈夫だって。これでも、料理屋の娘だからな。仕事モードになるとスイッチが入るみたいだし、実際、接客に関しては俺を含めてこの中で随一だと思うぜ?」
「そ、そんな……私なんてまだまだで……」
シマっちは小声を上げながら顔をさらに引っ込めてしまう。
うーん、持ち上げすぎたかな?
一方、ユモトは納得がいかないようだ。
「うーん、どうにも信じられないわねぇ。ホントにホントに大丈夫なの?」
「だから、大丈夫だって言ってるじゃん。ったく……。まぁ、一回見てもらった方が早いか。シマっち、ちょっと悪いけど例のやつたのむわ」
「あ、は、はいっ」
「ん?例の奴って?」
「まぁいいからいいから。えっと、そしたら三人はちょっとこれを見てもらえるかな?」
そう言って俺は三姉妹に一枚のラミネートシートを差し出した。
ユモトが受け取ったシートを、アワラとミササの二人が覗き込む。
最初に言葉を発したのはアワラだった。
「これは、飲み物のメニューかしら」
「そうですそうです。これは、うちの宿のお部屋に出している飲み物メニュー。で、今からお客さんの気分で一人ずつシマっちに頼んでもらっていいかな? どんなにめんどくさい注文でも構わないよ」
若干挑発しつつ俺は声をかける。
その言葉にユモトが食いついてきた。単純だな。まったく。
「本当に面倒なのでもいいのね? じゃあ、私はコーラをお願い。グラスと氷、あとレモンスライスも別添えで欲しいわ」
「そうしたら私は燗酒を頂けますかしら? ひと肌ぐらいのぬるめの燗でお願いしますわ」
「ミササはおれんじじゅーすがいいのですっ!」
三人から矢継ぎ早にかけられる注文を、シマっちがコクコクと頷きながら聞いていく。
メモをしている様子もないが、彼女の場合はこれで全然心配ないのがすごいところだ。
シマッちが三人からの注文を復唱しようとしたところで、再びユモトが割り込んできた。
「あ、やっぱりコーラはやめてクリームソーダに変えてもらえる?もしチェリーが入っているならそれは無しにしてね」
コイツ、注文変えとかホントに面倒なことしやがった……。
でも、それくらいは想定内さ。
俺がユモトに視線を送ると、彼女はコクリト頷いて注文の復唱を始めた。
「ご注文承りました! そちらのお客様には燗酒をひと肌の温燗で、あとこちらにはクリームソーダのチェリー抜き、ミササちゃんといったかしら? お嬢様にはオレンジジュースですね。燗酒は御猪口いくつご用意いたしましょうか?」
「そうねぇ、じゃあ二ついただけるかしら?」
「かしこまりました。おちょこは二つですね……っと、こ、こんな感じでよろしいですか?」
先程までの様子とは打って変わり、明るい様子で注文を確認するシマッち。
仕事モードがスイッチオフになった瞬間にオドオドするのが、また可愛いんだよね。
俺は、シマっちの頭をぽんぽんと撫でながら、ユモトに声をかける。
「はい、ありがとう。 どう?彼女の凄さわかった?」
「……んー、いまいちよくわかんなかったけど、注文が覚えられるってこと?」
「そ。シマッちは一度聞けばどんなに複雑な注文でも一発で間違いなく暗記できるんだ。こればっかりは俺にもまねできない技だね」
「そ、そんな……。小さい頃から家のお手伝いしていただけで、大したことでは……」
「いやいや、十分すごいって」
俺がシマッちを褒めていると、なぜだかユモトがますます頬を膨らましていた。
「なによそれくらい! そんなの私だってできるわよ! じゃあ、こんどはアンタが注文出してみなさいよ!私も一緒に覚えて見せるわ」
ん?何が気に入らないんだ?
あー、そうか。これがどれだけすごいか分かってないのか。
ならば思い知らせてやろう。
「よーしわかった。じゃあ今度はグループ旅行の幹事的な感じで俺から注文出してみるわ。ユモトはメモをとってもいいから、頑張って注文をとってくれ。 シマッちももう一回お願いね」
「は、はいっ!」「分かったからとっととやりなさいよ!」
あー、何をムキになってることやら……。
まぁいいや、一度やってみたら凄さがわかることだろう。
「そしたらいくぞ。……うぉっほん。 えーっと、ドリンクの注文お願いします。ビールが6本に日本酒が3本、これは冷で2つと熱燗が1本ね。おちょこは4つ。あと烏龍茶がホットとアイスそれぞれ1つずつ、それに焼酎をボトルで一本、水割りセットもグラス3つでお願いします。あ、ちょっとまって。やっぱりビールは4本でいいみたい」
「ちょ、ちょっと待ってよ!早口すぎて書ききれない!」
メモを取って注文覚えようとしていたユモトが悲鳴を上げた。
ほらね、だから言ったじゃん。
「そう?でも、団体客の幹事さんなんてこんな感じなんだよね。幹事さん自身も酔っぱらってたりするしね、ところで、シマッちはどうだった?」
俺が水を向けると、シマッチはにこっと可愛らしく微笑んで、注文を繰り返した。
「ビールが4本で、日本酒が冷を2つと熱燗1つの3つ。烏龍茶が暖かいのと冷たいので1つずつの合計2つ、焼酎はボトルで、水割りセットもご用意ですね。あと、おちょこが4つとグラスが3つで間違いございませんか?」
「はい、よくできました。どう?メモも全く取らずにこの調子だよ?」
俺は勝ち誇った表情でユモトに現実を突きつける。
だからうちの妹分はすごいんだって。普段はオドオドして小動物みたいだけどね。
「……なんでアンタが勝ち誇るのよ。すごいのはアンタじゃなくてシマちゃんでしょ? シマちゃん!これからも負けないからねっ!」
いやー、勝ち負けを競われても困るのだが……。
と思っていたら、案の定アワラさんがユモトを嗜めた。
「これから一緒に頑張るのですから、そんな言い方はいけませんよ。 ガサツな妹だけど、いろいろ教えてあげてくださいね」
「ミササもよろしくなのですっ! いっしょにがんばるのです!」
「こ、こちらこそ、お邪魔にならないように頑張りますので、よろしくお願いします」
二人からの言葉に、まだ若干オドオドしながらも頭をさげるシマっちだった。
※次回は2/21(日)夜の更新予定です




