7 幼なじみは酷い奴です
「なるほど、そういうことね。相変わらずおまえん家は楽しいなぁ」
昨日からの一連の顛末を改めて説明すると、クラマからは飄々とした答えが返ってきた。
そうだった、コイツはこういうやつだったっけ。
「ったく、ちょっとはこっちの身にもなれよ。実家を売られたんだぞ?」
「でも、その代わりにこんな素敵なレディたちとお近づきになれたんじゃないか。将来の女将候補たちだっけ? 三姉妹と一つ屋根の下で暮らすとか男のロマンじゃん!」
「オニだけどな?」
「別にオニだろうが人間だろうが、そんなことは些細なことさ。いいじゃん、本物のオニヨメが女将の温泉。めっちゃ話題になりそうじゃん!」
「とはいってもなぁ……。大騒ぎになっても困るんじゃないのか?」
俺が三姉妹に視線を送ると、アワラさんが淑やかに首を縦に振った。
「こちらで普通に暮らして接する程度のお付き合いの方々であれば、私どもがオニ族であるということを知られても問題になることはございません。でも、あまり広く知られてしまうというのはいろいろと支障が生じてしまうかもしれません。これまでも、ヒトの世界で暮らすときにはひっそりと溶け込むようにしてまいりましたので、その範囲内でとどめたいのは正直なところですわ」
「うーん、そうすると温泉宿の仕事ってそもそも大変だよな。どうやってもいろんなお客さんとは接するわけだし、今の時代、ネットで拡散されたら防ぎようがないぜ?」
アワラの言葉に、今更ながら根本的な課題に突き当たったことを感じる俺。
やっぱり昨日からの怒涛の展開で、どこか感覚がマヒしてしまっていたらしい。
しかし、思案顔を見せる俺をよそに、クラマが意外なことを言いだした。
「いいじゃん。それなら、オニヨメを売りにするのはやめて美人ぞろいの宿で売れば十分だって。ツノなんて頭に頭巾かバンダナでも被ればいくらでも隠せるでしょ?」
「それはそうだけどさぁ。でも、実際バレたらどうすんのよ?」
「角さえ見えなきゃ全く持って普通の素敵なレディたちだ。何かの拍子にツノが多少見えたって、ちょっと変わったアクセサリーというくらいで、まさかホンモノとは思われないって」
「ちょっとまて、さっきお前はアッサリ見抜いたじゃないか」
「よーく思い出してみた。俺も最初は『アクセサリー』といったぜ?からかい半分でちょっとカマをかけてみたら、お前が慌てふためくから、何かあるなってピーンと来ただけのことさ」
「え?マジで?」
そういう話だと、俺から積極的にばらしに行ったような者じゃないか。アホか俺は。
俺はそーっと三姉妹の様子を覗く。
「言われてみればそうね。なんだ、アンタのせいじゃないの!」
ほらね、やっぱりユモトが噛みついてきた。
しかし、どこまでもその通りだから反論できない。
俺が言葉を詰まらせていると、クラマがフォローに入ってくれた。
「まぁまぁ、お嬢さん。 コイツとは小さい頃からの付き合いなので、ちょっとしたことでもすぐに分かるんですよ。それに、一昨日の晩には事情を察する程度には掴んでたってこともありますしね」
「ちょっと待て? 今なんて言った?」
「いやな。一昨日の晩、お前のとこのオヤジさんがうちの店で呑んでてな。珍しく個室で誰かと話してるなーと思ったら、帰り際にそのお客さんを俺に紹介して来るのよ。強面のオッサンで、頭には立派なツノっぽいものがついてる。不思議そうに俺が効いてると、本物のオニっていうじゃなん。いやー、アレはたまげたね」
「それって、うちのおとーたまのこと?」
首をかしげながら尋ねるミササに、クラマがうんうんと頷く。
「たぶん、ね。リューオウさんって言ってたかな。 あ、合ってる? で、お前のオヤジさんから、この宿をうちの息子とリューオウさんところのお嬢ちゃんたちに任せるから、フォローよろしくって頼まれてたんだよね」
「ってめぇ! そう言うことは先に言え! っつーか、なんでその場で俺に知らせねえんだよ!」
「いや、サプライズするから向こうから連絡するまで黙っとけって言われてなぁ。さすがに俺も親友を裏切るのは心苦しかったけど、最高級の焼酎を気前よくポンポン開けられたら黙ってるしかないわなぁ」
クラマは楽しそうにニヤニヤしながら話しかけてくる。
こいつ、買収された上に完全に楽しんでやがるじゃねえか!!!
「なるほど、だから私たちのツノを見てもそんなに驚かなかったし、この変態の説明を聞いてすぐに納得できたってわけね。何かおかしいと思ってたのよねぇ」
クラマの話を静かに聞いていたユモトが声を上げた。
その言葉に、クラマは静かに頭を下げる。
「いやいや、少々不作法で失礼しました。お嬢様方も、改めてよろしくお願いいたします。で、ユウマ。俺も頼まれた以上は出来る範囲でフォローに入るから、まぁ何なりと言ってくれな」
あー、頭が痛い。親友に後ろから刺されるのってこんな気分なのかな。
「……まぁ、分かった。とっとと帰れといいたいところだが、これから宿をやってく中では力を借りなきゃならんことも多いと思うしな。今回やりやがった分、身体できっちり返してもらうぜ!」
「そんな……はじめてだから、優しくしてね?」
突如なよっとした仕草をみせ、しなを作るクラマ。
やめろ気持ち悪い。俺は健全男子だ!
その時、俺の耳が“ごくっ”とという喉が鳴る音を捉えた。
当然俺自身のものでもないし、クラマが鳴らした様子もない。
音がする方を振り向くと、そこには自分たち二人を食い入るように見つめるアワラさんの姿があった。
「……素敵ですわ。あ、私に遠慮せずに続けてくださいませ」
えーっと、お姉様はそっちもイケる口なんですか……。
お姉様に対する素敵ポイントが急速に低下していくのを、ただ黙ってみているしかない俺だった。
※次回は2/18(木)の更新予定です




