5 ユニフォームに着替えます
あれから、他の誰もが手をつけられなかった特製の玉子焼きは、アワラさん自身が一人で美味しくいただいていた。
そうだね。残さずに食べることは大事だね!
……人間の範疇の料理ならだけど。
まぁ、気を取り直していこう。
調理チームの体制を決め終えた俺は、三姉妹を連れていったん戻ると、次の試験について説明する。
「次は部屋の片づけの手際を見せてもらおうかな。営繕と仲居の仕事につながるし、温泉宿の中では一番大事って言ってもいいかもしれない。今から案内する部屋は、お客さんが帰った程度に予め散らかしてあるから、そこを三人がかりで片付けて。っと、その前に……ちょっとこれに着替えてもらいたいんだけど……」
俺はそう言いながら用意しておいた風呂敷包みを三姉妹に渡した。
「ん?これって? 着物みたいだけど……なんで分かれてるの?」
包みを解いたユモトから、疑問符のたくさんついた声が上がる。
その横で中身を確認していたアワラは、どうやら正体がわかったようだ。
「あら、二部式着物何て珍しいですわね。これがこの宿の制服ってことでいいのかしら?」
俺はコクリと首を縦に振る。
「ええ、さすがに今の時代、着物を自分で着られる人なんて少ないですからね。とはいえ、温泉宿と言えば和服を着た仲居さんじゃないと格好がつかないところもあるので、うちはだいぶ前からこういうタイプの着物をユニフォームにしてたらしいっす。とはいえ、帯の形を作るのだけは慣れがいるみたいですけどね」
「そうなのですね。確かにこれなら簡単に着られそうですわ。あと、私は着付けを習っていましたので、帯も何とかなると思いますわ」
へー、お姉様はやっぱり頼りになるなぁ。……料理以外は。
そんなやりとりをしていると、ミササが声をかけてきた。
「あれぇ?私のだけなんか違う形っぽいのです。かわいいけど、おそろいじゃないのです」
「あー、ミササちゃんのはさすがにサイズが無くてね。とりあえずそれでお願いしてもいいかな?」
そう、小学生ぐらいの背丈であるミササに合うユニフォームは流石に用意できず、代わりに小さな作務衣を包んでおいたのだ。
この作務衣、実はうちに泊まるお子様用のものだったりする。少々柄が可愛いのはそのためだ。
「むぅ、仕方が無いのです。もっとびゅーてぃふるなれでぃになるまでの我慢なのです」
ふぅ、何とか納得してくれたようだ。
俺はほっと息をつきつつ、再び三姉妹に声をかける。
「じゃあ、俺も自分の部屋で着替えてくるから、着替え終わったらあっちの角の部屋の前で集合ということで」
「今から着替えるからって、前のお風呂場みたいに覗きに来たら承知しないからねっ!」
「うっさい! 誰が覗くか! てか、アレは事故だ!事故!」
あー、頭痛い。 こいつ、意外と根に持つタイプか……。
―――――
自分の部屋に戻り冬の仕事着である藍色の作務衣に袖を通した俺は一足先に角の客室の前で待機していた。
ちなみに、冬用に拵えた長袖の作務衣は吸湿発熱タイプの生地が使われており、見た目に反してかなり温かい。
世の中どんどん便利になってくるな。うんうん。
それはさておき、しばらく廊下で待っていると、着物や作務衣に着替え終わった三姉妹がそろってやってきた。
ユモトが、自慢げな表情で声をかけてくる。
「どう?良く似合ってるでしょ?」
「まぁ、馬子にも衣装ってやつだな。というか、それって自慢になるか? いっちゃあなんだが、結構地味だぜ?」
なにせうちのユニフォームはシンプルな無地の着物だ。
せめて矢絣の文様でもついていれば多少は見栄えもするのだろうが。
「い、いいのよっ! こういうのは気分のものなんだから! ところで、この部屋を片付ければいいわけ?」
「ああ、客が帰った後という想定で、いい感じに散らかしてある。 やり方はあえて教えないが、どこに何をしまえばいいかは聞いてくれれば指示する。じゃ、三人で頑張って」
「「「はーーい」」」
きれいに声を揃えて返事をした三姉妹は、そろって部屋の中へと入っていく。
この部屋は『雑なお客さんが雑に片づけた後』というシチュエーションで用意している。
中途半端なことばかりで、帰ってメンドクサイというパターンだ。
数組の布団が部屋の隅に寄せられているまではいいが、畳み方が実に中途半端で掛布団などはクシャクシャにまとめただけという様相だ。
テーブルの上には湯飲みや急須、灰皿が適当に置かれている他、、ペットボトルや食べ残しもそのまま放置状態だ。
もちろんゴミはきちんと纏められていることはなく、あちらこちらに散らばっている。
「うっわぁ……、めんどくさいわねぇ」
「そうか? 多少誇張している部分はあるけどこんなのは割とザラだぜ? 酷い時なんか、布団はそのまま放置、床には酒がこぼれまくってるってのもあるしな」
「ホントにー!? 床に酒ってそんなの掃除させればいいじゃん!」
「俺もそう思う時はあるけど、実際無理だぞー。まぁ、あんまりひどい時には次から予約入れさせないという形で対応するしかないんだけどな」
「そうですわねぇ。お客様相手の商売ですから、そういうところはどうしても我慢しなければならないでしょうし……」
感情のままに流されるユモトに、きちんとこちらの意図を掴んでくれるアワラ。
その差は一目瞭然だね。
お互いに言い合いながら部屋の中を見回している俺たちに、ミササが声をかけてきた。
「とにかく、テキパキとお片付けしないと終わらないのです!」
「それもそうね。じゃ、手分けしていっちょやりますか」
「ええ、そうね。頑張りましょうね」
そういうと、三姉妹は部屋の片づけに取り掛かっていった。
部屋の隅から観察していると、三人の動き方が良く分かる。
意外にも、一番テキパキと動いてるのはユモトだった。
袖が邪魔にならないようたすきを掛けた彼女は、布団をパッパと畳み直すと、部屋の隅へとダンダンダンと積み上げる。
そして、俺にしまう場所を確認すると、まとめて押入れの中へと運び入れた。
ええっと、確か用意してた布団は四組だったよな?
それを纏めて一回で押入れの中にいれるとか、どういう筋力してるんだ?
……まぁ、ユモトなら出来てもおかしくないか。
一方のアワさんラは、テーブルの上に散らかっていたコップや湯飲みを片付けていた。
一つ一つの作業は丁寧でそつがない。この辺りはお姉様のイメージ通りだ。
ただ、ユモトのスピードあふれる動き方に比べるとどうしてもおっとり感は否めないのも正直なところだ。
ミササちゃんも掃き掃除や拭き掃除を中心に一生懸命頑張っている。
一生懸命頑張っている姿はとてもけなげに映るのだが、如何せん体格の関係で出来ることが限られてしまっている。
もしかしたら高くジャンプして窓ふきとかするんじゃないかともこっそり思っていたが、さすがにそういう能力は無いようだ。残念。
その後も、三姉妹はユモトを中心に手際よく作業を進め、あっという間に部屋の片づけを終えた。
時間も俺が想定していたよりもずいぶん短い。
布団片付けを一発で終わらせていたのもかなり効いているようだ。
ユモトが自慢げに声をかけてくる。
「どう? こんなもんじゃない?」
「ああ。思っていたより手際が良かったぐらいだ。」
「ふふん。私、片付けだけは得意なのよね!」
「それって自慢に……まぁいいか。そうしたら、営繕や部屋づくりはユモト中心でやってもらうことにしよう。風呂掃除も頼めるか?」
「あんたが覗きに来なきゃね。って女風呂だけよね?男風呂までやれとかそんなセクハラなこといわないよね?」
「さすがにそういうわけにもいかんだろう。男湯は俺がやるしかないだろうな。といっても、夕方と朝では男湯と女湯を入れ替えるから、その辺は臨機応変に対応ってことになりそうかな」
「わかったわ。じゃあ、ちゃんと私の指示に従ってテキパキと風呂掃除をするのよ!」
なんでお前が自慢げに言うんだ! と突っ込もうとした俺だったが、ふとあるものが目に入って言葉が止まってしまう。
そう、俺の視線はユモトのとある一点に集中してしまったのだ。
「ん?何よ?」
「い、いや……なんでも……ないのだが……」
俺の視線の先を辿り、自分の胸元を見つめるユモト。
先ほどまでテキパキと動きすぎていたせいか、それともたすきの掛け方が悪かったのか、その胸元は大きくはだけ、かなり大胆な格好となっていた。
ユモトの顔がみるみるうちに染まる。
そして、涙目を見せながら俺に詰め寄ってきた。
「……見たわよね?」
いや、そりゃ見るだろう。てーか、これって俺が悪いのか?
俺が反論しようとしたその瞬間、ユモトがふっと視界から消えた。
次の瞬間、ユモトの鋭い足払いでいとも簡単に転ばされる。
あ、この展開、最近体験したぞ? 確か昨日ぶりだな。
「くぁwせdrftgyふじこ!!!!」
ユモトの踏みつけが見事に命中し俺は、声にならない悲鳴を上げながら悶絶するしかなかったのである。




