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それは虚飾の城、飾り立てられた灰の塔が立ち並び、門番には私一人が立つ。王女も私、従者も私。
私が家に帰ると、まず従者が王女に尋ねる。「本日のご機嫌はいかが?」「変わりなくってよ」
王女が門番に尋ねる。「本日変わったことはありましたか?」「特に御座いません」
美しくも魂のなき人形たちはこちらを向いて、にこやかに微笑んでくれている。
「御機嫌よう」
と、私も微笑を返し、頭をなでてやる。少し埃がついた。
私はこの生活で満足している。周囲と比べたりしなければ、それで、いい。
しかし、生きていく限り、何かしようとする限り比較はされるもので、最近は痛さ暗さが増してきたように思う。それを加速させているのが、私が自分に価値を見出していないことによるものだろう。
そんな時にあらわれたのが、自らを悪魔だと称するマーモセットであった。
肌寒くなってきたころにもかかわらず、私が城の廃熱に頼り、下着で部屋のペットボトルの椅子に座りこむ。
そんな人前におだしできない姿の私は、名前しか知らない声優さんの訃報を聞いて、それとともに悲しむ人々の声に共感を感じて一緒に泣いていた。
そんな中で、部屋の空中に黒き翼をもち白き衣をまとった人のような悪魔マーモセットはあらわれた。
「こんばんわお嬢さん、あなたは人の悲しみを感じ取ることの出来る優しいお方だ、そんなあなたにとてもいい契約が御座います」
その声は突然降りかかってきた。
部屋にあらわれた闖入者に驚き立ち上がろうとする私だが、しっかりとした座り方をしてないから転げてしまう。
それを見てマーモセットはおやおやと笑っている。
「何よ、笑うなんて失礼じゃない」
「おやこれは失敬。愛嬌のあるお方だと思いまして」
私のやり場のない照れと理解の出来ない存在に対する理不尽に対する言葉に、マーモセットはただ微笑んでいる。
とりあえず私は私の部屋の中で自由な動きのできるベッドの上に腰掛けてマーモセットと対話する姿勢に入る。
「それで、いい契約ってなんでしょうか」
単刀直入にたずねてみる。悪魔には多くを語らせないのがセオリーだ。
「あなたは自分の命を不要、と考えていらっしゃる。ならそれをシェアできるようにして差し上げようかと」
「シェア?」
「そう、最近は携帯電話のパケットをわけたりできますよね? そのように簡単お手軽に、あなたは命を他人に授けることが出来るようになる」
「私が一方的に損するだけじゃない」
私はマーモセットに苦言を呈する。どう考えてもいい契約でもない。
「そうでしょうか? 大金持ちに対してその能力を使う変わりに万金を得たりできますよ?」
確かにその通りだ、1年だけでも億単位でくれる人物はいたりするだろう。
「そうね、愛する人を救ったり、救世主といわれる存在を助けたりとかもできるっちゃできるのか……」
其の発想を口にするとマーモセットは呆れ顔でこちらを見やる。
「いちいち考え方がヒロイックですね。アニメの見すぎじゃないですか? だから自分に価値がないとか考えたりするんですよ。まぁ使い道に関してはそういうのもありだとは思いますが」
「で、代償は?」
「ないですよ、別に」
マーモセットはけろんとした顔で言う。あれ、こういうときには大体死後の命とかが定番ではないのかな。
「あら、うまい話ね」
「でしょう、アフターケアも完璧、あなたは自然にいなくなったことになる」
「あら、素敵」
私は即座にマーモセットと契約した。
「で、誰に分けるんです? 家族とかどうです?」
「……論外、それにわけて何かいいことあるの、お金が増えるわけでもない、世の中が良くなるわけでもない」
すぐさまわけなくてもいいけど、どういう人に分けるか、ということを問いかけてくるマーモセットに対して、私は返事を返していく。
「もっとたくさんの人と自然を救えて、価値がある人に対して分けるわよ、私の残りの寿命を全部ね」
「わーお、エコなエゴですね、でもそれを早くきめないと、残りの人生は有限ですよ? 人間は基本愚かですよ?」
うーん、たしかにそうだ、現在の地球上で何かすごいことをしてる人がいても私が知りえるのだろうか。
「若さが維持されるなら超人を作り出すのもいいかもね、それにリーダーシップを取ってもらったり発明してもらったり……」
逆転の発想で、私が超人を生み出すのはどうだろうか。
「不気味がられて排斥されるのがオチじゃないですかね」
マーモセットはそう返してくる。そうかな……そうだろうなぁ。
「ちまちま、気に入った人に分けていくのもありだと思いますけどね」
「ああ、それもありね、少しずつギフトしていくのもこれまで少しでも良くしてくれた皆にありがとって残せるし」
どうせ消えゆくならそういう消え方がいい。どうせ誰も悲しまないで消えれるなら。
……1年後
バイトの引継ぎの人員の召集も済ませたし……気になるアニメの続編はまぁ満足するだけ見たからいいか、キリがないし。
「マーモセット、きめたよ」
「残りおよそ50年分の人生、全部割り振るんですね?」
「うん、お願い」
私はもうここにいたくない。自分が自分であることで苦しみたくない。
しかし、一向に私のからだが消え去る気配はない。
なんで、なんでよ。
「……残念です。あなたが悪魔の誘惑に騙されたことが」
「うん?」
「私は天使マンセマット、神に指示されあなたを試すように仰せつかっておりました。安易に命をわけ、死に逃げることがなければ、あなたはもっと多くの人を生かす事が出来たでしょうに」
「へ……?」
言っていることの意味がいまいち理解できない。神に指示され試す……? 私を?
だがその意味を理解しきる前に私の意識は遠のいていった。
虚しき灰の城、私はただ呆然と立ち尽くす、マーモセットはもう其処にはいない。
特殊な能力といっていたのもどうやら嘘だったらしい。
そして、唯一のチャンスをふいにしたのは私だったらしい。
あはは。
私らしくて。
あははっはは。
私らしすぎて。
ただ、笑い続けた。
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