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衝突

 共闘を断られたスキンヘッドの女は食い下がることなくあっさりと背を向け、後ろに控える『棒』たちの間を通り過ぎると、騎士風の男は無言のままその後を追った。


 弾造はなんの感慨もなくそれを見送っていたが、めそめそと泣くさちが一体どんなワガママを言うのかと過去を振り返れば、先が思いやられるのであった。


「ちょっと待った」


 『棒』のひとりである黒人青年の呼び止めが、さちの泣き顔にパッと晴れ間を差した。


 さちにとっては仇討ち云々などどうでもよく、菓子折り――それだけが現在の興味・行動理由の源泉だった。


 しかし背を向けて去る女と入れ替わりに弾造の前に現れた、『棒』の黒人青年にとってはそうではなかった。


 鏡面仕上げのサングラスの奥の眼を見ることはかなわないが、凛々しく厚い唇の歪み具合から不満だけは読み取ることができる。


「こちとらあんたの腕を見込んでこうやって頼んでる。破格の条件まで出してるんだ、断るにしたって理由を話すのがスジってもんだろう。違うか?」


 青年は鼻息荒く言い放ち、胡座をかいたままの弾造を見下ろした。


[ああぁ~、駄目だよ三下くん。それじゃあウチのへそ曲がりは首を縦にふらないよぅ]


 喜ぶのも束の間、さちは弾造の頭の上でヘナヘナと座り込んでしまった。


 当の弾造はなにも答えず、口を真一文字にしたまま面倒臭そうに青年を見やった。


「行くぞ。戦う相手が違う」


 騎士風の男が傍らに歩み寄り、退くよう青年を促した。


「おい、あんたの腰のモンは飾りか? いったい何が気に食わねぇんだ?」


「……やめなさい」


 スキンヘッドの女の言葉に、青年は踏みだそうとする一歩を思いとどまった。


 長く息を吐き溜飲を下げようとしたところへ鼻を鳴らす弾造を認めるやいなや、抑えていた激情が瞬間再燃し、すっと腰を落とす動作へと連鎖した。


 弾造の太い眉が角度を増し、その下でギラリと目が光った。


 が、スカイブルーマントの男が一歩前に進み出たのを認めると、弾造は眼光を緩めた。


「失礼」


 男の長剣が、刀の柄に伸びる青年の腕を制していた。


「なあに、こういうクラシックなやり取りも悪くない」


 弾造は意地の悪い笑みを見せた。


 騎士風の男は軽く頭を下げると、なかば強引に青年を180度回転させ、その後ろを歩いて行った。


[あ~あ、行っちゃった。せっかく菓子折り用意してくれてたのに]


[ツ、ツマラナイ……アナ、アナダラケ……カエリウチ]


「勘弁してくれ。こっちが穴だらけのなます切りにされちまうよ」


 弾造はのっそりと太い腕を膝に立て、掌の上に平たい顎を置いた。


 男の高い背丈と鮮やかなマントに遮られ、青年の姿も憤りに赤くする顔も拝むことなく揺れるスカイブルーを静かに見送った。





[ねえ、本当に行っちゃったよ。追いかけないの?]


「なぜ?」


 弾造は顎をついたまま上目遣いで頭の上のさちに応えた。


[あの人達、タカシの仲間なんでしょ。タカシをいれて6人でも1人死んじゃうくらいの相手なんだからさ、目的は同じなんだし、手伝ってあげるべきじゃない?]


「どうだろうな……」


[あ、もしかして涙を飲んでゆずっちゃうパターン?]


「違う」


[じゃあ、ヒーローは遅れてくるっていうパターン? あんな手柄横取りするようなセコいのやっちゃ駄目だよ]


「それも違うな」


[あとは――]


「シッ! さち、静かに」


 弾造は瞬間身構え、どの方向へでも移動できるよう前かがみになり、僅かに腰を浮かせた。


[ちょっと人を犬みたいに扱わないで! ん? 私ってヒト?]


[ヒヒヒ……]


 弾造は吸気音を耳にしていた、あの女のものだ――。



「ひとつだけ教えて。貴方の音以外なにも拾えない。パートナーは実際どこにいるのー?」



 遠くからスキンヘッドの女の声が響いた。


 弾造と女達とのやり取りの最中、後ろにいた男女二人は必死に周囲をスキャンをして電子機器類では決して捕まえることのできない、小さきオカルト存在を必死に探していたのだろう。


 しかし条件が整わない限り、姿はおろか声さえも捉えることはできない。


 さちとひぃは――それは脳なのか精神のかは不明だが――ダイレクトに語りかけることができる。


 そうはいっても実際に声に出してみなければコミュニケーションは不可能、それゆえ他人に認識できない存在と会話する弾造は、端からみれば壁と会話する特殊技能をもつ者と同等、ちょっと危うい存在としかみえない。


 しかも面倒なことに、適度にコミュニケーションをとらなければ二人はへそを曲げ、いざという時に『力』を貸してくれず困ったことになってしまう。


 だから可能な限り他人と関わりあうことを避けたい弾造は、


「企業秘密だ!」


 姿を隠しているであろう妖魔を呼び寄せることなど気にも留めない、しっかりした声でそれに応えつつも、はっきりと拒否の意を込めた。


 素直に引き下がるとはおもえず悪態のひとつでも返ってくるかとおもいきや、女の声がした方から飛翔体が近づいてくるのを感知した。


[グ、グラ、グラナーター]


 ひぃは嬉しそうに言った。


[なにそれ?]


「ロシア語で『手榴弾』を――」


 言い終える前にさちは特殊部隊隊員も真っ青な具合で、弾造の広い背中の急勾配を滑り降りて着地すると、頭を抱えて床に伏せた。


「あらよっと」


 弾造は軽く腕を伸ばして拳大の飛翔体を掌に収めると、後ろに手を回してそれをさちの鼻先に持っていき、


[ひゃあっ!]


 小さな身体から放たれる素っ頓狂な叫び声を楽しんだ。


[ヒヒヒ……]


[ば、爆発するぅ!]


 腰を抜かしたさちは床を泳いだ。


「爆発は来週に持ち越しだとさ」


 弾造はニヤニヤと笑いながら、それを宙に放ってはキャッチしてを繰り返していた。


[ど、どゆこと?]


 生まれたての子鹿のように小刻みに震えながら、さちは涙目でたずねた。


[イッツァ……ツァジョーク]


[このやろう! このやろう!]


[ヒヒ……ヒヒヒヒ……]


 さちはヒップホルスターに収められているハンドキャノンであるひぃを、何度も何度も蹴飛ばしていた。


「『ロシアより愛をこめて』ってやつだな。さてと中身は――お、饅頭か?」


[菓子折り?!]


「さあな。開けてみな」


 さちは胡座をかく弾造の外周をちょこまかと走り、きらびやかな装束の袖をはためかせ床に置いてあるそれに飛びつくと、包まれている布を乱暴に剥ぎとった。


[壺なんか食えるか!]


 しかしすぐさま手にしていた布を床に叩きつけた。


[ハッ! 人間大事なのは中身っていうし――って、ええぃ空か! 見た目同様つまらないやつめ!]


「さて、お遊戯会はこれにて終いだ」


 さちが叩き割ろうとしている陶器の蓋を取り上げると、弾造は本体の壺も手の届かない高みへと持ち上げた。


[ちょっと、それ返して。粉々にしないと気が済まない]


[ニ、ニコニコゲ……ゲンキンバ……イ]


「ひぃの方が頭良いな。これは例のコレクションだ。茶壺か茶入れかは分からないが、然るべきところに持っていけば――どうなるかは解るよな?」


[もなか!]


「最中だろうが、バッタの佃煮だろうがいくらでも買えるぞ。こいつは良い値がつくぞ」


 ばんざーい、ばんざーい、とさちは小躍りするも、


[ねえ……]


 神妙な面持ちで弾造の袴をひっぱった。


「んー?」


 弾造は顎をさすりながら、小さな壺に描かれた藍色の渓谷と枯松に見入っていた。


[あの人達と一緒に行こうよ。やることは同じなんだし、ごほーびはこっちのものだって言ってたじゃん。それに――それ高いんでしょ?]


「下で手助けしたときの礼だろ。勝手にむこうが寄越したんだ。返事を聞かずの一方的なら――こっちも勝手にさせてもらうさ」


[お仕事なくなっちゃうよ]


「さち、お前が言ったんじゃないか。先にあいつらをぶつけて――って。違うか?」


[そうだけど……そうじゃなくて!]


 小さな拳が弾造の膝を叩きつけられてはじめて、機械の目は絵付けの入った壺からさちの方へと向けられた。


「心配しないでもちゃんと行くさ」


[ほんと!?]


「本当さ。ただし今はその時じゃない。もうしばらくゆっくりしてから行こうや」


[だからーあの人達死んじゃうかもしれないから言ってるの! もういい、もう頼まない]


 さちは弾造の膝を思いっきり蹴飛ばすも反動で後ろへと転がってしまうが、すぐに立ち上がりてくてくと歩きだした。


「おい、どこへ行くんだ?」


 弾造はおおざっぱに壺を布で包みながら、小さなその背に手を伸ばした。


[私の勝手でしょ! ちょっと助太刀にいってきます。帰ってきませんのでゴハンの用意はいりません。なにさ図体でかいばっかりの小僧っ子のくせに……]


[ヒヒヒ……マ、マヌケ……]


[なにをぅ!?]


 さちはクルリと振り返りファイティングポーズを取るも、弾造は親猫が子猫の首の皮をくわえるようにして着物装束の襟をつまみ、その小さな身体はいとも簡単に持ち上げられ無力化されてしまった。


 空中でジタバタと騒ぐのを無視し、弾造はさちを肩にのせた。


「こら、飛び降りようとするな。ひぃの言うとおり――マヌケが来たぞ」


 弾造の眉間に皺が刻まれ、口元は歪ながらも笑顔を形作った。


 さちはその剣呑さにはたと気付き、抑えこもうとする太い指の間からあわてて頭をひっこぬき剣山のような弾造の頭のよじ登ると、目をすがめて横たわる家電製品の群の先の先、人工の宵闇にちらちらと瞬く光をじっと見つめた。


[もしかしてあれってヒト?]


[ゴウ、ゴーツクバリ]


「さあ、ボンクラどものお出ましだ」


[誰? っていうかどーすんの?]


 弾造は立ち上がり壺を腰のポーチに収めると、指や腕を動かして身の内を走る金属繊維の収縮の滑らかさを確認し、


「どうするってそりゃあ……人様の寝首をかこうとする不届き者にちょいと説教たれてやるだけさ」


 ニンマリと不敵な笑みを見せた。


 その傷だらけのシリコンスキンの笑顔に剣呑さは微塵もなく、悪ふざけを思いついたようであるものの、親しき者だけが知るやわらかさがあった。

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