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誘い

「こんばんは。ちょっとお時間、いただけるかしら?」


 スキンヘッドの女は、濃紫のルージュをぬった唇を弓形に変え、敵意がないことをしめした。


 弾造は胡座をかいたまま見上げ、ロングコートのポケットから手を出すことのない女の瞳をじっと覗きこんでいた。


 女の眼は本物だった。


 虹彩は百万の青雷、一億光年先の宇宙へと誘うスターボウ。


 中心の瞳孔は吸い込まれそうな日食の黒。


 カメラレンズのような多重リングも、自社製品を示すブロダクトナンバーはおろか企業ロゴも刻まれていなかった。


 ひとつだけ判然としていることがある。


 それは気まぐれに同業者へ挨拶をしにきたのではないということだ。


 唇とは対照的に感情が抜け落ちた石の瞳は計算を繰り返している。


 視点移動のトレースのほか、顔のパーツの配置や鼻孔の開き具合で対象者の情動エモーションをモニターするソフトウェアを利用するでもなく、言語化およびコピー不可の特殊計算機を並列で走らせている。


 それは持ち前の洞察力と経験に裏打ちされた女の勘。


 その腹づもりは読めないが、なにか良からぬことを考えている。


 そんな眼だった。



 ――だが条件はこちらに分がある。


 機械の眼から情動エモーションを読むことは不可能。


 それこそエスパーでもない限りは。



「良いも悪いも、後ろにひかえるお兄さん方が黙っちゃいないんじゃないか?」


 弾造は口元だけは笑顔をつくり、女の背後へ意味ありげに視線を移した。


 遠巻きながらも二人の『スティックス』が、一様にぴりぴりとした空気をまとい立っていた。



 騎士風のメットを被りスカイブルーのマントを羽織る男は、立てた長剣に両手を乗せて静かにたたずんでいた。


 そのメット故に表情を読むことは出来ないものの、微動だにしない石像のような姿がむしろ緊張していることを印象づけた。


 しかし怖気づいて硬直しているわけではない。



 もう一人は黒人の青年だ。


 ヘルメットもフェイスガードもつけず、色の濃い幅広のサングラスかけていた。


 顔は細面ながらも精悍、褐色の肌は若さ故につややか。


 頭の側面は短く刈り込み、頭頂からは縮れた三本のポニーテールが垂れていた。


 軽装プロテクターだけの彼の左腰には大小の刀をさしてあり、半身にして隠しているものの鯉口を切っていつでも抜ける用意をしていた。


 こちらはマントの男と違い、そわそわと落ち着きがなくなかった。



 その更に後ろには男と女が一人づつ立っていた。


 女の方は武器らしいものを何一つ身につけていなかったが、男の方は銃で武装して後方を警戒していた。



「ごめんなさい。でもあんなのを見せつけられたら誰でも興奮するんじゃなくて? 特に『棒』は」


 女がいたずらっぽく片眉を上げると、黒人の青年はすこし上唇を舐めた。


 しかしマントの男は微動だにしなかった。


「さあな。俺は平和主義なんだ、お連れさんと一緒にしないでくれ。そもそも要件はなんだい? 下のコトについての礼ならいらねえよ、こっちで勝手にやったことだ」


 弾造はそれとなく女の背後を見やった。


 『棒』の男たちはそれぞれ別の方向を向いているが、騎士兜の、サングラスの奥では弾造を絶えず見張っていることだけは分かった。


「あらそう。せっかく菓子折りの代わりになるものも用意したのに」


[菓子折り!?]


 これまで黙っていたさちが、突如声を上げた。


 くりくりとしたまん丸の眼を輝かせていた。


 が、他の者にはその声はおろか姿も認識することはできなかった。


 弾造の渋い顔に首をかしげる女は、固さのない自然な笑顔で言った。


「ちょっとした『粋な仕事』をする気はないかしら?」


「ない」


[即答!?]


 さちは弾造の頭の上から身を乗り出すと、落ちそうになりながらも、額をその小さな手のひらでペチペチと叩いた。


 眉根を寄せるその顔に、女は態度を改めた。


「率直に言うわ、仕事内容は共闘。ボーナス・経費精算・負傷時の補償は一切なし。その代わり道中の戦利品はすべてあなたの物。拘束時間は早ければ60ミニッツ以内。いかが?」


「……おいしすぎる」


「ひとつだけ条件があるわ」


「一応聞いとおこう」


「ターゲットへのとどめは貴方以外の者のみ」


「人を雇わなけりゃならない相手に手加減しろとは、確かに粋なはからいだな」


「ターゲットはひとつ上の階にいるわ――私達の仲間を殺したモンスターを斃す手伝いを依頼したい」


 声が震えるわけでもなく、女の表情は平静そのものであったった。


 しかし漆黒の瞳孔を中心に、激情が蒼いプロミネンスとなって燃え盛っていた。


「断る……『仇討ち』なら当人同士でやるもんだ」


 その言葉キーワードに驚きが一瞬かすめるも、女はすぐに弾造の背景を読み取ると、穏やかに微笑みさらに言葉を続けた。


「仇討ちには――助っ人が認められているんでなくて?」


「縁者だけでやれって言ってるのさ」


[それ弾造が言う? さっきから矛盾してばっかじゃん]


 ええい、うるさいやつだ。


「……なんにしてもだ、俺は請け負った仕事の途中で、それをほっぽり出すわけにはいかない。奇遇なことに上の階に用があるが、お先にどうぞと言えるほど生活に余裕のある身でもないんでね」


「貴方運がいいわね。協力すればお互いハッピーでしかもプラスアルファまで手に入る。貴方はこれほどの条件を断る間抜けさんなのかしら? もしかしたら同じものを追いかけてるかもしれないのに?」


「あんたの勘違いだよ。お互い別なものを見ている……違うかい?」


 微笑みを絶やさなかった女のブロンドの眉がピクリと動き、心なしか目が据わっており、声はトーンダウンした。


「理由を聞いても良いかしら?」


「別に大したもんじゃないさ。俺は一人でやるのが好きなんだ、それだけだ」


[すみませんねー。ハードボイルドとボッチの区別がつかない駄目な子なんです。団体行動が苦手な寂しがり屋を許してやって下さい]


 弾造の頭の上で、さちはペコリと頭を下げた。


「そう、なら仕方ないわね……」


 女はポケットに手を入れたまま肩をすくめると、踵を返し無防備に背を向けた。


[あ、ちょっと待って、諦めるの早すぎ。もなか……菓子折りが遠のく……。弾造、やろうよ! 『義を見てせざるは勇なきなり』っていうじゃない、ね? だから早く、早く請け賜って!]


 さちは去り行く女の背中に片手を伸ばし、もなか……と呟きながら空を掻くと、ついにはがっくりと頭を垂れた。


[ヒヒヒ……サモシイサモシイ……]


 ひぃがクスクスと笑う中、さちは足をばたつかせ、弾造の頭をポカポカと叩いていた。



 まったくどいつもこいつも……。



 弾造は、溜息の前に吸入量増加のモーションを加えた。



 面倒なことになった。


 予想され得る事態ではあったが、まさか本当に鉢合わせるとは。


 しかもターゲットが同じというだけで共同戦線の申し出までしてきた。


 依頼者が複数に声をかけて即席のチームをつくることもあるが、たいていはブローカーの口利きや指揮者に縁のある者が選ばれる。


 うなるほど金を持っていれば、自前でリストを作成し大金を積んで選り好みできるが、それでも『ふさわしい場所』で条件を提示し契約を交わすに至る。

 

 素性の知れぬ者を現地登用なんてまずあり得ない。


 よほどの理由がない限りは。


 そして勘ぐるどころか、裏があるとしか思えないほどの好条件。


 ――あの気前の良さは、口止め料的な何かか?


 わからん。


 ここセントラルタワーを出入りする奴なんざ、廃品回収業の個人事業主だ。


 免許なんてイカしたものもなく、当然違法だ。 

 

 だからヤバくなればさっさと逃げるし、隙あらば平気で裏切り『追い剥ぎ家業』に早変わりだ。



 だがタカシが彼女らのチームだったことは真実のはずだ。


 そして動きとしては母親とは別、自発的な行動――彼らの仁義で動いている。


 とは言っても利用できるものは利用するのが人ってもんで、こちらを利用したいのは容易に想像できるが、報酬を払ってまで引き込みたい理由がわからん。


 75階のバケモンへの当て馬が妥当だが……あからさまに目に見える落とし穴に飛び込めというのは、なんだかなぁ。


 いや、火の輪に飛び込む獅子か?


 上手くできたら拍手喝采――にしてもあの坊主女には小粋なシルクハットに輝くジャケット、ミニスカなりハイレグ姿をご披露いただければ、ちょいと気分が揺れたかもしれなかったが。



 ……タカシの母親と坊主女で一石二鳥になるのは、魅力的ではあったな。 

 


[ウ……ウサギガ……ピョン]


「言わなくてもわかってるよ」


[そう? 『舟和の芋ようかん』でもいいよね?]


 何の話をしてるんだよ……。

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