水中花
シャワシャワシャワシャワ…
「なかなか出来ないなあ」
さっきから、試したいことがあった。それは、この前、カンナちゃんから教わった練習法。
カンナちゃんとジムの湯船で話していた時だった。カンナちゃんが、湯船の中で、手持ち無沙汰に手を動かし始めた。すると水面には、模様が浮かび上がって…花?あ、違う、渦巻き!
わたしは、偶然の出来事に「カンナちゃん、渦巻き出来てる!」叫んでしまった
カンナちゃんは、クスッと笑って手を止めた。「簡単だよ」と。その途端、淡くはかなく…渦巻きが消えていく。
「一応、れっきとした水泳の練習法なんだけど」
良かったらやってみて?と教わったそれは、手で水を掴んで動かす練習なんだそうで。
「さしずめ…そうね、人間の手でも、ボートを動かす柄みたいな動きが出来るってことよ」
へえ~ ちょっと、面白そう。やってみようかな。
次にプールに来たとき、チョットやってみた。
んだけど…一瞬だけ、本当にそれっぽい渦ができたの。でもね、すぐ消えちゃった。
油断してたんだと思う。出来たのが嬉しくて、やった!と思った瞬間に消えちゃった。あーもー集中して手を動かし続けないと出来ないのかなあ?
そう思っても、今度は力むと全く出来ないらしく、「疲れたなあ」と、気持ち肩の力を抜いて、軽く動かしたときにまた渦巻きが出来上がった。
あー。わかんなーい
そこから数回、渦巻きが出来るものの、成功率と持続力は短くて。
あれー?どうやってやるんだろー?
カンナちゃん、サクッと出来てたよね?そんな、力んでる様にも見えなかった。わかんないなー ひたすらに、手を動かしていたときだった。
「なに、やってるんですか?」
高いところから声が降り注いで、振り返ると視界が暗かった。
「や、ヤマトさん!?」
びっくりしたあ。いつの間にか、ヤマトさんがプールサイドに片膝を付いてわたしの隣に座っていた。はあ、全く気が付かなかった…
「さっきまで、上で走ってたんです。」
み、見られた!あの一人でシャワシャワシャワシャワ…とひたすら自分の世界に入り込んでたあの練習を!
「い、いつから!いつまで…ですか?」
「最初から最後までだと思いますよ?」
きゃーっ!!
「ちょっと泳いで、休憩がてら…始めたところからですか?」
「そうなる、かな?」
それだけいうと、ヤマトさんは、ドボンと入ってきた。
「スカーリングですか?」
「スカーリングって何ですか?」
ごめんね、質問に質問に答えるって…違うよね。やっぱり、ヤマトさんが口ごもる
「手の感覚を覚える練習、みたいですよ。こんな感じ…で…」
ヤマトさんが、目の前で手を動かし始めた。
「手のひらに角度をつけて水を押せば、水が動きますよね?水の感覚を覚える練習っていうのと…」
ヤマトさんの手が水中に沈むと、水がわずかに跳ねた。跳ねた水を避けようと、首を背けた先でみたのは。
…間近に立っていたヤマトさんは…大きくてそして、均整の取れた綺麗な腕をしていた。腕だけじゃない。上半身も、胸板も、肩とか首回りとか。テレビに出るようなモデルさんとか俳優さんなんてレベルじゃない。ヤマトさんの体つきは…どこか立体的で、力強さがあった。
いつも気さくに話してくれるけど、確実にこの人は男の人なんだ… 沸き起こった「男」っていう認識に、慌てて視線を戻した。
幸い、ヤマトさんは、その視線には気がつかなかったらしく、
「スカーリングの目的自体は、肩甲骨周辺の使い方を覚える為のこと、みたいですけどね?」と話を続けていた。
聞きました?け、けんこうこつ!肩甲骨ですって! 一瞬にして、ヤマトさんの見事な背中がフラッシュバックする。いつも、サウナ室で見ていた大きな背中。必死にアタマの中から、不埒な事を追い払ってみる
今、アタマの中では、ごんちゃんが「ヤマトさんのクロールって、手の回しが固いよね〜 呼吸のたびに傾いてない?」笑ってた昔の会話が流れてる。あの時、「ストレッチだね、続けてるうちに柔らかくなるから」カンナちゃんも言っていたっけ。
「で、何を習ってたんですか?」
ヤマトさんが、無警戒にわたしを見た。
近いです!近いです!
ドキドキしながら後ろに下がったけど、そこはコースロープで。
「痛っ!」
当たりどころがわるかったのか、金具のところだった。
「大丈夫ですか?」
ははは、大丈夫です 大丈夫、だと思います…
ヤマトさんは、何事もなかったように
「カンナさんの練習、気になるんですけど?」なんて言うから。
わたしは、しどろもどろになりながら、水面をまた撫で始めた。
もちろん、平常心からかけ離れた心で水面をなでたところで、渦巻きが出来るはずがなく。
カンナちゃーん
もう一回教えてー!!
わたしは、心で叫んだのであった。