御新規 変態認定
今日も練習、練習!
いつも通り、更衣室を抜けて、プールサイド併設のサウナ室へ行くときだった。
「トモさん!」
ヤマトさんに、後ろから声を掛けられた。
あ。何か嬉しそうな顔!良い知らせかな?
「自分もエントリー変更しました」
あれ、そうなの?
「200メートルクロール」
ええーっ!!
「すごーい」
驚いちゃって、でも、ヤマトさんは全然余裕って笑ってて。わたしはますます驚いた。
だってだって!
「それって、50メートルのダッシュを4本連続で泳ぎ続けるってことですよね?!
やろうって思うこと自体に尊敬しちゃいますっ!」
するとヤマトさんは言った。
「カンナさんが、今から練習すれば間に合うって」
「すごーい!間に合うって…それ、むしろ間に合わせるって事ですよね!?ヤマトさん、頑張ってるね」
始めての競泳大会なのに、ヤマトさん、チャレンジしちゃうんだ。凄いなあ、レースの距離伸ばすこと自体スゴいけど、200メートルって、100メートルの倍だよね??
200メートル種目に出ようってこと自体がスゴいよぉ
「200メートルかあ、聞いてるだけでも凄いって思っちゃいます…」
…わたし、泳げたとしても、大会ではやりたくないかもしれない…死んじゃうよ~
「ヤマトさん、いい…レース出来ると良いですね!!」
はい、と返事したヤマトさんが、はにかんだ様に笑った時だった。
「お疲れ〜」
アイちゃんが入ってきた。そして、ヤマトさんを見るなり切り出した。
「王子から聞いたよ。2フリ出るんだって?」
2フリ…200メートルフリースタイルの略、だっけな?200メートルクロールって意味だよね。
「はい」
ヤマトさんは、キッパリ返事した。
「攻めるねぇ」
アイちゃんが面白がるように笑った
「やってみようかと」
ヤマトさんもまた、受けて立つように堂々と返した。
「頑張ってね」
アイちゃんが、何かを言いかけた様に見えたんだけど…ヤマトさんはそれを遮って
「じゃあ自分、エントリー変更行ってくるんで」
サウナ室から出て行った。
「ホントに2フリやるんだ…」
アイちゃんが呟く。
「チャレンジャーだなあ…」
その声がキエるかどうかのタイミングで、今度は、タローさんとユカちゃん、王子、などなど続々とメンバーが集まってきた。
みんなとの挨拶をしながら、アイちゃんに聞いてみた。
「アイちゃんは、何出るの?」
返事は、「ごんちゃんと相談かなぁ?」
そうなの?
「私もごんちゃんも、平泳ぎが得意でさ〜 二人で同じ種目に出ると、得点にならないから重ならないよう考えることになってるんだけど…」
そっか。対抗戦だもんね、みんなで相談して出てるんだ…
「1ブレ出てもいいのかなぁ。聞いてみよっと」
アイちゃんが出ていった後、入れ違いのように、今度はカンナちゃんとごんちゃんが一緒に入ってきた。
「本人が志願してきた。」
「マジで? 2フリの怖さをまだ知らないと見たな」
「まぁ、適当にピラミッドでも組んであげるつもり。」
何かを話しながらだったけど、私と目が合うと「お疲れ〜」と二人とも手を振って挨拶してくれた。
「本人が志願してきた」って言ってたけど、ヤマトさんのことかな… 違ってたら自意識過剰みたいで恥ずかしいしなぁ…
どうしよう、そう思ってた時だった。あ、そうだ。まず先に…ここから聞いてみよう
「ピラミッドってなんですか?」
ごんちゃんが「ん〜?」と振り向いた。そしてカンナちゃんの顔を見ながら教えてくれた。
「持久力系のトレーニングでね…後半にペースを落とさないための管理トレーニングなんだけど…吐くほどつらいよ」
は、は、吐くほど辛いの?カンナちゃんが「今からやれば間に合う」っていった練習、そんなに辛いの?!
ポカーン… 何も言えない私をよそに、ごんちゃんが会話に戻った
「ヤマトさんって今 半フリ何秒だせそう?」
「下から36とかじゃない?今、1分回すのに、普通に53とか2とか切って帰ってくるから」
カンナちゃんの返事に、その場の男性陣が一斉に驚いた。
「速くなったねぇ!」「もう?」「マジすか!?」
…私も、なんでみんなが驚いたのか…やりとりの意味は、何となくわかるけど…もし判読が本当だったら、ヤマトさん…すごい速くなってる…なんか… 遠くなっちゃったかもしれない…
ごんちゃんが、私を覗き込んでいう
「一緒にやる?」
い、いや結構デス… 吐くほど辛いっていうメニューを、程遠く速くなってしまったヤマトさんと一緒になんて…死んじゃう
そうこうしてるうちに、ヤマトさんが戻ってきた…200メートルクロールに挑戦する猛者が。
「ヤマトさん」
カンナちゃんが一番最初に話しかけた。
「はい」
「2フリの練習メニュー、ちょっと一緒にやろうか?」
…ピラミッドっていう練習…やるんだ…吐くほど辛いって練習…
「面白そうだから付いていこ。」
ごんちゃんが、ニヤニヤ笑って立ち上がった。
「トモちゃん」
ごんちゃんが振り向きざまに話しかけてきた。
「ヤマトさん、頑張ってるよ… ウチらも、頑張ろうね」
う、うん…
視界の先では、プールサイドで三人…カンナちゃん中心に話していたかと思うと、すぐにアップが始まって、そのままカンナちゃん、ヤマトさん、ごんちゃんの順で泳ぎ始めてた。
どんなメニューなんだろ…
サウナ室では、皆が無言で泳ぐ三人を見守っている。
「ごんちゃん、後ろから、ガンガンにヤマトさん煽ってるね」
アイちゃんがふと呟いた。
「いや…」
王子がそこを制す。
「ごんちゃん、ターンするたびにするとき、ペースクロック見ながら回ってるから…ペースを気にしてあげてるんだね…」
タローくんが呟いた。
「下りに入ったみたいっすね…結構、ピッチ落ちてないッスよ」
その言い方は、「ヤマトさん、キッツいだろうな」心配する言い方で。
「見てるだけでお腹いっぱい…」
ユカちゃんは苦笑いした。
しばらくして、三人は泳ぎ終えた。カンナちゃんとごんちゃんが、ちょっとだけ軽く泳いだら、そのままサウナ室まで帰ってきた。
「ヤマトさんは?」
アイちゃんが、「お疲れさま~」一番最初に声を掛けると、二人は
「もう1本やるって」「変態だ。変態が増えた」
力無く笑った。
「そんなキツイんですか?」
思わず声が出た。
「キツくないと練習じゃないから」
カンナちゃんは、スパっと言い放つと、
「まぁ、今苦労しておかないと、レースが辛くなるからね」
ごんちゃんが納得したように頷いた
帰ってきた二人に、周りが端に寄り合ったりで、席が空く。
「別に、毎回やらなくてもいいのよ。どこらへんから、どんな風に辛くなるのか…掴むのが大事だから。」
カンナちゃんは、それだけ言うと 空けられたら席に腰掛けた。
「ヤマトさん、体力もあるけど、根性あんね。キックが落ちないんだもん。気合いで泳いでる感じしたよ」
カンナちゃんと向かい合うように、ごんちゃんが床に座る。
「アンタがねっちり煽るからでしょ」
カンナちゃんが笑う
「バレた?」
ごんちゃんも笑う
「だとしても、思ったよりペース管理が上手いね。マラソンとかの経験者かな?」
ごんちゃんが、また泳ぎ始めたヤマトさんを見守りながら続けた。
「ホント、変態だなー 結構ペース速いはずなのに あれをもう1本やろうとか思う根性がすごい。」
ごんちゃんは、「あー疲れたー」と天井を仰いだ。
そして一言。
「なんか、アタシも煽られたなあ〜
トモちゃん、ウチらも、そろそろダッシュ練習やろっか?」
いきなり名前を呼ばれて、驚いちゃったから
「は、はい」
勢いよく返事した。
「あれ見せられたら、やるしかないね。」
ごんちゃんがわたしを見る…キャーッ どんやメニューなの… 一瞬身構えた。
「怪我させないで。レース前に」
カンナちゃんがすかさず間に入ってくれて、チョット ホッとしたけど…
「アンタは、本気で練習すると 大会直前に怪我するじゃん。…もしくは、大会明けにダウンするとか。」
カンナちゃんは、恐ろしい暴露をするもんだから… ガタガタガタガタ…
ごんちゃ~ん、なに考えてるんですか…
「さすがに手加減しますって。こっちはか弱い女子二人ですから」
ごんちゃんがわらって答えた。すると、
「か弱い、ねぇ」
タローくんがぼそっと呟いていて、すぐにユカちゃんにひっぱたかれていた。
カンナちゃんが笑う。アイちゃんも笑って、つられて王子も笑って…
変態認定が下りたヤマトさんが戻ってくるまで、みんな 和やかに笑っていた
ごんちゃんに習った練習は2種類。
「レースはあくまで50メートルだけど、75mを一気に泳げる練習をしよう。
50mだけもつ体力よりも、75メートル耐久出来る身体の方が気持ちが大きく持てる」
それと、もう一つは
「ダッシュのフォームを覚えようか?」
でもこのとき、ごんちゃんは
「あんまりダッシュ練は、させたくないんだけどね…」
と、奥歯に何か詰まったろうな話し方をしていた…なんだろ、気になる。
ごんちゃんが「ダッシュ練させたくない」と言った意味は…レース目前に分かった。
ほんの軽い腰痛と…足首を痛めてしまった