ステップアップ チャレンジ
あの日、不意にコツを掴んでからというもの、25メートルは、余裕で泳げるようになった。
ついこの間までは、20メートル付近で肩が上がらなくて苦しくてたまらなかったのにね、コツを掴んだら、往復で泳いでも大丈夫になっていた
どうしよっかな、私…もうちょっと頑張ちゃおうかな。一つね、考えていたことがあるんだ。
ある日のサウナ室で、思い切って、ヤマトさんに相談してみた。
「25メートルバタフライに出るつもりだったけど、50メートルバタフライに変えちゃおうかなぁ」
「50m?」
ヤマトさんが、目を見開いた。
「超?ゆっくりだったら、50メートル、泳ぎ切れると思うの。」
あ、やっぱり驚いてる。その顔が見たくて言ってるようなもんだもん、ふふ。
さすがに、もうちょっと練習しないと、大会の進行とかに迷惑かけちゃうから、マズイと思うけど。
「トモさん、やるなあ。そのうち50メートルも『物足りない』とかって100mとかに種目変更したりしちゃうんじゃないですか?」
ヤマトさんは、いたずらっぽく笑う。
「そんなぁ? 50mでいっぱいいっぱいですよ。その先は、流石のごんちゃんも止めると思います」
わたしは、ヤマトさんをみて笑い返した。
ヤマトさんって、不思議な人。話してると、いつの間にかわたし、自然体で話せてる。
ヤマトさんが、誰に対しても、自然体だからかなあ。馴れ馴れしい雰囲気もなければ、近寄り難い雰囲気もない。
…人を緊張させない…とっても不思議な人。
何の仕事してる人なのかな。
今時珍しい坊主頭なんだよね…でも、それがまたスゴく似合ってる。
ヤマトさん、スタイルが良すぎるんだもん…ますます頭が小さく見えて、運動部で良くあるような「規則で決められてる髪型」とは違って見える。
これがもし、自分の意志で坊主頭にしているとしたら…私服とかも凄いオシャレなんだろうなあ…
「エントリータイム、いくつで出すんですか?」
あ、考えてなかった。
「45秒、とかかなあ…どれぐらいで泳げるかな…」
「40秒、狙って下さい」
「そんなあ」
「ごんさん、子供の頃に初めて泳いだときが、39秒って言ってました。33秒まではあっという間に伸びるって。」
「33秒かあ…フォームとか場数とか、安定したらそれぐらいまで一気に行くのかなあ?」
バタフライは、わたしにとって、ようやく分かりかけた感覚の世界。もしこれが、細かく掴めるようになったら…それぐらい出せちゃうのかな
40秒で泳ぐ水中って、どんな感覚なんだろ?どんなふうに、皮膚を水が滑っていくんだろ?
「40秒、切りたいな。なんか、それ聞いたら切ってみたくなってきた。」
「勢いあるって違いますね」
ヤマトさんは、ハハハと笑う
「頑張っても良いかも、って思ってるから」
頑張ったら、出来るかもって…希望が見えたから、やっても良いなって今思ってる。
「ごんちゃんに、相談してみるね、驚くかなあ」
「驚くと思いますよ?」
そうだね、きっと喜んでくれそう。
じゃあ、早速!
「わたし、エントリーの変更行ってきます」
ヤマトさんに手を振り、サウナ室からた。
意気揚々って、こういうこと言うのかな、すっごく気分晴れやか! なんか、新しいことに挑戦できるって、ウキウキする!新しい自分に会える気がしてきた!
あ。この際、水着も競泳用に買い換えようかな?ゴーグルとかも、みんなが持ってるような本格的なものにしちゃおう!
すっかりスイマーのタマゴになってしまったわたしを、キラキラと光る水面が照らしてくれて…それはまるで、わたしを祝福しているみたいだった。
わたしは、たまたまインストラクターさんを1人見付けて早速話しかけた。
よしっ!頑張ろうっ!