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グラスホッパー

今日も、バタフライ。正確には三週間くらいずっとバタフライなんだけど。

ヤマトさんとのサウナ室仲間も相変わらず。


 ある日、ヤマトさんがわたしの手首を見て言った。

「トモさん、その手首どうしたんですか?」

「あっ…これは…」

 手のひらの甲のなかでも、親指とか手首にかけて、青あざが広がっている。この前、職場の人にも親にも驚かれた。

「バタフライで手を回すとき、勢い余って 手首同士がぶつかっちゃっうんです。何かまだ馴れてなくて」

 触れば痛いけど、見た目ほど痛まないんだけど、ね。

「頑張ってますね」

 ヤマトさんは、くふふと笑った。


 仕事でもないことに、こんなに夢中になるって、久しぶりかもしれない。

 青あざなんて作っちゃってさ、普通ビックリされるけど、こうやって 少しでも何か覚えようって前向きになれる今が、なんか、わたし気分いいと思ってた。



 そして最近、ヤマトさんが笑うと嬉しくなる。私の話を分かってくれてるって安心感があるから。


 このプールね?

 ヤマトさんと私の次に泳げない同年代のスイマーって、実はほとんどいないみたい。

 だから、わたしたちは、みんなに追いつくために、いつも必死。


 ヤマトさんは特に、筋肉はあるけど、完全に水泳初心者だから。この前なんか、ごんちゃんが「泳げば失格間違いなしの平泳ぎ」って断言してたっけ。


 ヤマトさん、落ち込んでたな…

 サウナでストレッチしながら、ずっとイメージトレーニングしてた。


 そんなヤマトさんが笑うと

「あ、ありがとうございます」

 なんか、嬉しくなる。


 あ、そうだ。

「最近、ようやく!ごんちゃんが言いたかったことが分かってきたんです」

 いつも通り、サウナ室で話していた時だった。


「ごんちゃんの泳ぎ方、難しいですけど…でも なんとなく分かってきたんです。」

「てゆうと?」

 ヤマトさんは、わたしの話を聞きながらストレッチを続けている。


「わたし、今まで 動いてないと、沈んじゃいそうで怖かったんです。でも、プルブイつけて浮けてる状態で何度も練習してると、『人間って力を抜けば浮けるんだ』分かるんですよね」


 ヤマトさんが、そうですねと答えた。

「自分も『力を抜く』のが、怖かったです。そのまま沈んじゃうんじゃないかって。…今も怖いですけど。」


 でもね、力を抜いて浮いている時、さっきまで推進力がわずかに惰性で残ってたりすると、ちゃんとそのまま進んでいるときがあるの。最近分かってきたんだけど。


 ごんちゃんのバタフライは、ここを上手くつかってたみたい。浮くか沈むかのギリギリを見極めながら、省エネで泳いでた。

 もちろん、ただ浮いてるだけじゃくて、元からしなやかに動ける身体と絶妙なタイミングで成立してるフォームがあるからなんだけど…


「水に委ねるって、私たちからみたら『挑戦』ですもんね」

 わたしは、笑った。


 カンナちゃん達にとって、水は友達なんだと思う。

 浮くのも潜るのも、水に任せてる。

 それだけ、水を信じてる。


 そこが分かって乗り越えられたらなんだか。

「なんか水泳がこの頃楽しくなってきました。」

 ごんちゃんがいて、ヤマトさんがいて。カンナちゃんがいて。

 一人だったら、そんなこと思えなかった。みんながいたから、楽しいと思えてきた。


 つくづく思う。

 ありがたいな、幸せなことだな、って。



 今日は、完全自主練の日にしているの。

「よしっ!」

 気持ちを新たに、ジャポン!と水の中に入った。


 最近、ごんちゃんがいても、自主練してる日が増えてきた。…それはきっと、覚えるべき目的が分かってきたからだと思う。


 ごんちゃんだもん、何か違ってたら、絶対教えてくれる。

 ごんちゃんは、ごんちゃんなりに「もがいて、何か掴んで、それを会得するまで 見守ろう」って決めてくれてるんだと思う


…きっとそう…


 そこからほんの少し経つと、少しずつ失速し始めて、身体が水面に浮き始めた…


 よし、始めるぞっ!!

 腕を肩幅まで開いて、手首を曲げて水の塊に手を引っ掛けて…

 『えいっ』

 力を入れた気持ちで身体を起こす。

 『ぷはっ!』

 前を向いた途端、目の前には遙か遠い25メートル先の壁があって、そしてすぐに心が折れ掛けた…遠い…



 こんなことを、1ヶ月やってるけど、一応は、少しなりに『バタフライ』がわかってきた。


 手を前に戻すときが肝心。

 腕全体を勢いよく前に飛ばして…その遠心力で全身の筋肉がバネを伸ばすように先を目指す感覚なの。

 遠く、先に。背伸びしてでも身体を前に伸ばす。


 ふいに身体が、水中をすーっと滑る感じがした。あっ…気持ちいいかも…

 ほんの最近、25メートル中1回感じるかどうかの快感。でも、これがきっと ごんちゃんのバタフライの肝なんだと思ってる


 でも、気持ちに浸っちゃダメ。ここで油断すると、潜りすぎちゃう。浮くのが大変になるから、すぐに掻き始めて体を起こさなきゃなんない。


 トン

 いつからか、自然にキックを打っている自分がいた。そして、そのキックをバネに身体が自然と楽に起きあがった。


 あれ?

 わたし、いつからこのタイミングでキック打ってたっけ?


 本屋で『バタフライの泳ぎ方』を読んだ時は、『第一キック』とか『第二キック』とか、書いてあったけど、全く理解できなかったから…

 もう、放置してたんだけど。


 でも、確かに今、自分はキック、打って身体を起こして…スーッと勝手に動いてくれてた。


 これが、わたしの…バタフライ?


 もしかしたら、ごんちゃんみたいな、滑らかさは無いと思う。でも、わたしだって 確実に 進んでいた。


 ねえヤマトさん

 わたし、危なっかしいけど泳げるようになったよ。

 身体が自分の感覚を優先して泳いでくれるバタフライ、掴んだよ


 ごんちゃんの…バタフライは、水面を舞う蝶かもしれない。

 でも、わたしのバタフライは、バタフライというより、飛蝗ばったかもしれない。昆虫ぐらすほっぱーの様に、空気を求めて水中から無駄にぴょんぴょんしてるだけかもしれない。


 でも。

 わたしが掴んだ、わたしだけの泳げないバタフライには変わりない。


 掴んだよ。

 わたしのスタイル

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