変態はほめ言葉
このジムは、プールサイドにサウナが一つ。
屋外にジャグジーが併設されている。サウナでストレッチしてから、泳ぎ始める人と
屋外ジャグジーで体を解してから泳ぎ始める人に別れるみたいなんだけど…
何回も顔を出すうちに、だんだん使い方とか雰囲気が分かってきた。
私たち同年代のほとんどが、屋外ジャグジーで身体を温めてからの人が多くて、一種の社交場みたいになっている風みたい。
今夜も「こんばんわ」わたしが、屋外ジャグジーへのガラス戸を開けたときだった。
「あっ」「お疲れさまー」
皆が手を振ってくれた。
カンナちゃんのお陰で、一気に知り合いが増えた。もう、顔と名前の一致が追いつかないくらい。すでに名前を聞いてないけど、向こうは気さくに挨拶してくれる人も数人いる。
今夜も、カンナちゃんとタローさんとヤマトさんがいる。そして ジャグジーには、一人だけ全く会ったことがない女の人がいた。
「ごんちゃん、いるよ」
カンナちゃんが、女の人を指をさす。
ごんちゃん、と呼ばれているらしい女の人は、ロングヘアを無造作に束ねた若めの子で。
訳が分からない感じて「え?わたし?」間の抜けた声を出していた。
すると、カンナちゃんは笑って「アンタのことよ」と答えていた。
このジムの特徴なのかな、ここの人たちは、殆どがフルネームを名乗らない。
この前なんか「王子です」って名乗られた。…確かに王子様って感じの爽やかで品のある男の人だったけど…
皆が皆、フツウに「王子!」って呼ぶから、わたしも「王子さん」って呼ぶようになっていた。
…何度か聞いたけど、本名ではないらしい…このジムでは、本名はどうでもいいのかな…
「どうも、『ごんちゃん』です」
ごんちゃん、もまた 同じだった。名字とかで名乗らないんだ…
カンナちゃんが話し続けた。
「アンタの変態練習見て、話してみたかったんだって」
か、カンナちゃん、いきなり「変態」はないでしょう…チョット引いたわたしを、ごんちゃんは、平然と「そうなのー?」と返す。
このお二人っていつもこんな感じなの?
隣にいた女の子「アイちゃん」に聞いてみた。
アイちゃんが「あー」と口ごもりながら話し始めた
「スイマーにとって『変態』って、ほめ言葉みたいな一種っていうの?
フツーは、逃げ出したくなるキツいマゾメニューで喜ぶから、『変態さん』って言うのよね。」
そう、なの?
ヤマトさんが納得したように頷いていた。
へえ…
ヤマトさんがアブナい系統から話題を変えるように話しかけた。
「今度の対抗戦は、何を泳がれるんですか?」
対抗戦? 対抗戦ってなに?
キョトンとしたわたしを、さておき、ごんちゃんは
「エントリーは、多分、200m個人メドレーと200mバタフライ、かも」
と、答えた。それ、何かの大会で泳ぐって事?アイちゃんが
「…アタマおかしいから。2バタとか、お金貰っても泳がないよ…」と首を振った。
す、すごーい。バタフライを50メートル泳いだ後 まだ150メートル泳ぐなんて。それを一日で2回も!
「ひえええ」
驚くわたしを、ごんちゃん、カンナちゃんが笑う。
「そんなね、飛び込んだら終わるから。競泳の大会は。」
「せっかくお金払って泳ぐんだから、25m種目じゃお金もったいないよ?」
ふふっと、ごんちゃんは笑う。ごんちゃんって、もしかして変わってる人?
でも、とっても人なつっこい…不思議な人。
「あ、そーだ!トモちゃん、だっけ? 対抗戦、何、でんの?」
もう、わたしを呼ぶ名前が、トモちゃんになってる。馴れ馴れしいけど、嫌みがない。
会話に飲まれたわたしは、取り敢えず
「あの、対抗戦って何ですか?」と聞いてみた。
すると、
「今から4ヶ月後なんだけど、ウチのジムの全系列店が集まって店舗対抗戦があるの。結構盛り上がって面白いよ。
知らないならでた方が良いって!」
ごんちゃんが力説した。ヤマトさんをみると、「自分も出ますよ」って。
え。でも…水泳大会なんて、出たことないし。飛び込み自体出来ないし。
「大丈夫ですよ!みんな最初は泳げなかったし。」
タローくんが力強くいう。
「ヤマトさんなんか、泳げないのに出るしね」
ごんちゃんがニヤニヤと笑って言うと、ヤマトさん自身とアイちゃん、タローさんがそれぞれ笑った。
「まあ、こっちで面倒見ますよ…」
カンナちゃんが最後に頬杖を尽きながら笑った。
仲、いいなあ。一緒になって笑ってたら、いきなりごんちゃんから話し掛けられた。
「よし、決めた!トモちゃんは、アタシ面倒見るから 種目決めようね。」
いや、出るとか言ってないし!
「大丈夫!絶対楽しいって。こんなイベントも世の中あるんだー、的な社会科見学的に出ればいいって!」
ごんちゃんが明るくわたしの背中を叩く
いやいやいや… 飛び込みとか、競泳とか出来ないですから。
助けを求めようと、ヤマトさんを見た。
「トモさん、諦めた方がいいっすよ。これからここのジムは、大会ムード一色になるみたいですから」
ヤマトさんは、一瞬笑うとカンナちゃんをみて「宜しくお願いいたします」と頭を下げた
なんなのー このスポーツクラブ~
でも、なんか。
わたしは、ほんのり嬉しくて、幸せだと思った。
みんないつも明るくて、優しくて、溌剌としてて。
このジム入って良かったかも
まして、あのバタフライのごんちゃんに教われるなんて。有り難いよね




