人魚姫に掛けられた魔法
「朋子~ 朋子ってばー!!」
母親が私を呼ぶ声が家中にした。
「はあい…」
怠いなあ…
昨日は、結局 アカネの堂々巡りな恋バナに付き合い、終電で帰ってきた。そろそろ、実のない恋愛話も飽きてきた。
アカネが悪いとは思いたくないけど… 正直、会う度に疲れたな、って思うことが増えてきた。
貴重な友達だもの、そんなこと思ったら不謹慎かもしれないけど…
尊敬できる友達は、みんな結婚して、中には子供も生まれてる。
そういう子に限って…もう「家が片付かなくて~」遊んでくれないことが多い。
売れ残りは、ミナミとアカネと…わたし。
つまんない、な。
悪酔いしたベッドで寝返りを打った。
母さん、呼んでるけど、気分的にシカト。だって、スーパーの土曜特売行ってきてとかの話だもん。…無理よ、シャワー浴びたりしたいから すぐに出られないし。
起きません、ってば。
もう一度、寝返りを打って ぼんやり光る窓を見た。
こんなアタシを 去年、商社マンと結婚したマミだったらなんて言うかな
「自分で何とかしようって思わないの?」とか、言いそう。
ダメ…だなあ。
マミのダーリンは、マミの職場にいる友人の紹介で、社会人バスケのサークルで知り合ったって言ってた。
「運動、とかしてみよっかなあ…」
自転車で10分のスポーツクラブが無料体験やってるのを思い出してわたしは、ぼんやりまた呟いた
「ヨガとかなら、疲れないよね…」
スマホでジムの名前を打ち込んで、ホームページを見た。見学会兼無料体験の申し込みフォームまで進んで、エンター
「来週、金曜か… 先だなあ」
今日の午後とか、いきなり行けるもんじゃないんだ…つまんない。
「はあ… 」
呟いたまま、髪を掻いた。ミナミが吸ってたタバコの臭いが髪に付いてる… いやだなあ…
「起きるか、いや 面倒くさい」
気持ちも身体も疲れたあたしは、またぼんやり考え事に戻った。
来週の金曜日なら、仕事はどうせ定時で帰れるし、アカネの最新情報に付き合わされる心配も、一旦なくなる。
そう思うと、それはそれでいいかも。
そう思ってまた寝返りをしたとき、変に安心したのかわたしは寝てしまい。起きたときは、もうお昼だった…
だらだらOL片倉朋子
それじゃダメじゃん!
グデグテと毎日を送っているうちに、予約した金曜日は、あっという間に訪れた。
小さな期待をして参加したのに、ヨガは別に… 特に感動するとこはなく、淡々と終わった。
でもね、一つ感激したことがあったの。
館内案内の時ね、プールサイドを案内されたとき、目の前でバタフライを泳ぐ女の人がいたんだけど。
それはもう凄く。凄くキレイなバタフライ。語彙が貧相なわたしには、説明出来ないくらい。
「シャパーン」「シャパーン」
静かな金曜週末の夜に、そのバタフライは、コースを闊歩していた。
いうなれば、まるで 水が運んでくれてるみたいなバタフライ。
水は留まってただそこにあるだけなのに、そのバタフライは、縫うように滑るように、悠々と水に運ばれる様に進んでいた。
白波も、しぶきも立たない…静かでゆっくりと動いている、柔らかい泳ぎ方。
なのに、あっという間に、25メートル泳ぎ切って、そして鮮やかにターンしては、また25メートル泳ぎ切ってしまう。
まるで、人魚姫。どんな力学で泳いでるんだろう…
わたしの常識概念、越えてるくらい軽やかで、しなやかなのに…
「片倉さん?」
係の人に話しかけられて、はいっ!っとした
呼ばれるまで完全に上の空だった。だってそれだけ理屈が説明出来ない…滑るようなバタフライ。どうしたら、あんな泳ぎ方が出来るんだろう。
「わたしも最初に見たとき、驚きました。…気持ちよさそうですよね」
係りの人がうっとり呟いた。
「あの会員さん、入会するまで、バタフライが全く泳げなかったらしいですよ」
え?
「無料レッスンとかたくさん出て、泳げるようになったって聞いてます」
そうなの?
「ウチのプールの自慢は、皆が良くて、初対面でお友達になってく事がスッゴい!多いんですよ。」
あ。
あたし求めてること、ジムなら有るかも。
入った方がいいかも。
なにか、得体の知れない未来と期待を胸に、わたしは、酔いしれたように、その後入会手続きをしたのであった…
きっとこれは、人魚姫にかけられた魔法。その魔法に掛けられてみよう。
わたしを退屈から掘り出してくれる魔法だと信じて、賭けてみよう…




