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波乱の第二波

「長部さんって誰だよ~」

「せめて、水着とゴーグルとか情報欲しいよね~」

 ごんちゃんとカンナちゃんは、「あと一人」を今も探していた。


 一緒のリレーメンバー長部さんが、約束の時間になっても更衣室に現れなくて、二人で探しに来たみたい。いま、二人は、ウォーミングアップ用のプールをプールサイドから歩きながら探していた。たまたま二人に会った私も、「長部さん探し」のお手伝い中。


 ごんちゃんがイライラした声で呟いた。

「30代のときは、マスターズやってたらしいよ。…何ぼなんでも「召集漏れ」がどんだけヤバいかは分かってるでしょ…」

 カンナちゃんが「まあまあ」宥める始めた。


「まあさあ?

 ウチらみたいな『面倒を見る』会員がいるから、ウチのジムは、和気あいあいと仲がいい訳じゃない?」

 確かに、それはいえる。


「カンナちゃん」

 相変わらずイライラしたままのごんちゃんが、またカンナちゃんを呼んだ。

「なに?」

「観覧席を1時間前に出たって言ったよね?」

「それ15分前も言ってたよ」

 カンナちゃんがうんざりした顔で返す。

「レース前に、1時間もアップする?普通」

あ、言われてみれば。

「…そうだね…」

「まさかの採暖室でストレッチ中?時計ないから、忘れてるとか。もしくは、更衣室で水着着替えてるパターン?」

「ありえるなぁ」

 ごんちゃんが「手分けして探すかあ」とぼんやり言ったときだった。

「ねぇ、目の前の人、飛び込んだまま 浮かんでこなくね?」

 呆然とプールを眺めていたごんちゃんが、おもむろに指を指した。そこには…


プールに入ったまま うつ伏せになって動かない女の人がいる。


「ま、まさか!?」

 カンナちゃんが「ちょっと持ってて!」すぐにTシャツを脱いで、プールサイドから飛び込んだ。そして、ごんちゃんもまた「ちょっと誰か~!!」叫んだ。

 騒然とした空気の中、ごんちゃんはプールサイドを走り出した。


「あたし、係員呼んでくる!トモちゃんは、カンナちゃん手伝って!」


 えっ、あたしそんな力無いし、元々泳げなかった人だし…


 オロオロするあたしに、不意にヤマトさんが「何かあった?」声を掛けてくれた。

「ヤマトさぁん」

 あのね、聞いて、と言いかけたとき、ごんちゃんの怒り狂った怒号が、審判のホイッスルに負けない大きさで会場に響き渡った。

「チョット!ボサッとしてないで、ちゃんと見てなさいよ!!」

 ひぃ!ごめんなさいっ!! 首をすくめたあたしに、ヤマトさんが尋ねる。

「誰か溺れた、の?」

 そうなの、あっち見て。

 指を指した先には、レスキューの浮き輪に引っ張られるカンナちゃんと、カンナちゃんに抱き抱えられて、引きずられるように運ばれる女の人がいた。

 

 ごんちゃんが、「ヤマトさーん!!」何かを持って走って戻ってきた。

「ヤマトさん!! パース!!」

 そして、なにか小さくて白い物を投げてきた。ヤマトさんがキャッチしたそれは、小さなプラスチックの小包。

「心肺蘇生、できるでしょ!今すぐやって!!」

 ためらうヤマトさんに、ごんちゃんがまた怒鳴った

「アンタ!それでも自衛官? アンタの給料税金なのよ!」


 …え?


 ヤマトさんの顔色が変わった。

「了解いたしました。」

 …ホントに、自衛隊の人なの?

 戻ってきたごんちゃんの息が切れてる。

「大会本部に、AED有ったら大至急持ってこいって言ってきたわ。救急車もセットで呼んで貰った」

 ヤマトさんに投げ渡された小包は、人工呼吸の時に使う、感染予防の専用マスク?だった。

「自分が指示出します。一緒にやって下さい」

「オッケー」


 運び込まれたのは、50代ぐらいのオバサマスイマーだった。 口をぱかりと空けたたまま動かない。

「掴んですぐに、口を開けさせて、息は吸えるようにした。」

 カンナちゃんが、倒れ込むように 隣にしゃがんだ。

「寝かせてから気道確保、から始めるんだっけ?こーゆーのって?」

 カンナちゃんが、わたしに聞くけど…答えられないあたしよりも先に、ヤマトさんが動いていた。 


「聞こえますかー?」「大丈夫ですかー?」

 ヤマトさんが、肩を叩きながら声を掛ける。

「要救護者、反応なし。呼吸確認、用意!」

 ごんちゃんが、すぐに答えた。

「呼吸確認…無し。胸骨圧迫の必要あり。」

 あ。ごんちゃん…声…震えてる…

「用意!」

 ヤマトさんが喝を飛ばした。ごんちゃんがビクッと震えがる。ヤマトさん、本当に…軍人なんだ… ヤマトさんに怒鳴ったはずのごんちゃんは、何とか持ち直したふうに身体を構え直した。

「胸骨圧迫、用意よし!」

 ヤマトさんがすぐに指示を出す。

「胸骨圧迫、始め!」

 ごんちゃんが、「1、2、3、4、5…」気合いのかけ声とともに、溺れたオバさまの胸を押した。…本当にレスキューの現場がドラマみたいに始まっていた。

 その間、ヤマトさんは、マウスピースと書かれた包みを破って、要救護者の口に被せていた。

 ごんちゃんが、顔を真っ赤にしながら「30!」数え終えて最後に「胸骨圧迫、よし!」叫んだ。そのまま、身体を起こすと、すかさず、

「人工呼吸、用意!」

 休む間もなく次の指示が飛ぶ。

「人工呼吸、用意よし」「始め!」

 

 ヤマトさん、本当に軍人なんだ…

 今のヤマトさんは、ごんちゃんが少しでも返事が弱くなると、檄を飛ばすように指示を出す。ごんちゃんの顔はもう、真っ赤で、息もまた切れてるいた。

 でも、ヤマトさんは態度を崩さない。


 ざわざわと騒がしくなってきて、振り返ると、いつのまにか いろんな人たちが大判のタオルを持って目隠しに立っていてくれていた。

「はい、道を空けて!道を空けて下さい!」

 人ごみの向こうから、声が聞こえる。次第に声は、大きくなって、人波が割れたかと思うと…タンカが現れた。

 係員達が言う。

「救急車が、15分以内に着きます」

 カンナちゃんが、じゃあと返事をした。

「お名前分かんないまま、救急車に乗せるより、この時間内に、各店店舗から来てるインストラクター、かき集めて、身元調べる方がよくない?」

 …カンナちゃん、冷静。


 この後すぐに、溺れたオバサマスイマーは、タンカに乗せられ、乾いた室内でAED処置へと引き継がれた。


 ヤマトさん、ごんちゃん、カンナちゃんは、そのまま事情聴取となり、戻ってきた時の3人の会話と言えば。


「あの人、長部さん、じゃないらしいよ。」

 カンナちゃんがごんちゃんに教えていた。

「マジで?ウチら、召集は?!間に合うの?失格?!」

 なお、ごんちゃんの返事はそこで、ヤマトさんに至っては

「…自分、2フリの召集…忘れてた…」

 呆然としていた

 

 なお、救急隊員の処置により、無事回復し、念のため病院で検査を受ける流れになったと場内アナウンスが流れ、会場からは、惜しみない拍手が溢れていたとき、わたしはというと…


「長部さん、お昼食べ過ぎて気持ち悪いから出ないって!!」

「トモちゃん、リレー出るわよね?」

 カンナちゃんとごんちゃんの仁王立ちに阻まれ「分かりました…」と、返事をしていた…



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