表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

地獄の弌バタ劇場

「ピッピッ! ピッ ピーッ!」

その合図で飛び込み台まで上って、「用意」のアナウンスを待った。


 あー ついに来ちゃったんだ…100バタフライのレースが。

 

 ごんちゃんが言ってたっけ。

「審判のスタートガン鳴ったら、飛び込んで泳ぐしかないんだからさー あとはやるしかないって腹括ると、結構頑張れるもんよ?」

 心配するなって意味だろうけど、それまでの時間が…苦しすぎるんだってば…


はあ。


無音過ぎて、耳が痛いよ…

「用意」

 え? 思ったより早いって…っ!!

そのアナウンスでアタマが真っ白になった。


 スタートガンが鳴り響いた時には、むしろその音に驚いて飛び込んでいた。


 思い返すまでもなく、最初と2回目のターンまでは、何ともなかった。

 でも。ごんちゃんの言うとおり、半分過ぎてからが…


 苦しいよ。苦しすぎるよお。

 さっきから、そんなことばかり思っている気がする。


 今、何メートル地点なんだろ…

 プールの底をみると、青いラインが鮮やかに視界を横切っているから… 12,5のラインかな、だとしたら、壁蹴って、5メートル進んだ後、6~7メートルしか進んでないんだ…


 一気にまた、身体が、重くなった。 

 何度もくどいけど身体が、重いよ。腕が持ち上がらない…進まない。


 ごんちゃん、アタマおかしいよ。この倍以上の距離泳ぐなんて。

 カンナちゃんが「変態」って言ってたけど、本当に変態だね、あたしなんか まだ 62.5メートル地点なのに


 カンナちゃん、力を、力を分けて。

 息が吸えないよ、吐けないよ。


 呼吸に失敗して、思いっきり水を飲んだ。でも、そんなことになっても、誰も助けてくれない、一人だけの世界。


 体の中に残ったわずかな空気で、喉を洗い出した。


「ぷはっ」

 吸ったのか、吐いたのか自分でも分からなかった呼吸だけど、さっきむせた時に吐いたのは、二酸化炭素だったみたい

 必死なわたしの身体は、僅かばかりの呼吸のチャンスを逃さずに、しっかり酸素を吸収した。


 何とか持ち直したかもしれない。

 そう思ったとき、また青いラインが見えた…


 あと5メートルで最終ターンなんだ… 頑張って、わたし。頑張って…


 べちょ、と壁にぶつかって、水面に倒れるように身体を落とした。


 実は、ここからは未知の領域だった。

 当初、50メートルでエントリーしたと思っていたわたしは、ごんちゃんの勧めもあり

「75メートルを連続で泳げるように」練習していた。

 といっても、一日に1本だけ。それも、体力がまだ残ってるその日最初の1本目のみ。


 レースペースで、75メートル以上なんて やったこと無いよ…

 辛すぎる。

 立ちたい。でも、立てないよ。立って止まりたいって思っても、身体が止まらないよ。


 プールの底は、残酷すぎるほど綺麗だった。衛生的にまで澄んでいて…磨き上げられた床には、タイルの切れ目まで見えた。

 光の反射で、自分の姿がうっすら…みえたときだった。


 ふと、もがいて進む姿に続けさせてあげたいと思った。

 自分が可哀想とか、感情移入したんじゃないの、自分で自分を完泳させてあげたいって思ったの。


 カンナちゃんが誘ってくれて、ごんちゃんが教えてくれたバタフライ。

 あたしだけが、頑張ってるんじゃない。


 ヤマトさんは 200メートルクロールだし、

 タローくんだって、平泳ぎ泳げないのに 200メートル個人メドレーだし


 こんなところで、わたしだけ、泳ぎきれなかったは 嫌だ!

 もし、このままヤマトさんに知られるのは、絶対ヤダーっ!!


 

 気がついたら、最後の5メートルだった。

 吐く、絶対吐く。…吐いたらどうしよう。


 あ、でも吐かない。吐けない。吐き出すって、こんなに思い切りと体力が必要なんだ。


 吐かないんだったら、このまま安心して進んじゃお。壁に、壁にぶつかっておけば、取り敢えず…ゴールとして判定されるから…



 正直、記憶はここまでしかない。


 記憶が戻ったのは、電光掲示板を見たとき。

 残念ながら、コースには誰もいなかった。そして、係員からは

「次の選手が飛び込みますんで、タッチ板にふれないように コースロープにつかまってて下さい」

 冷たく指示されて…


 でも、電光掲示板には 確かに表示されていた。

「カタクラ トモコ」の名前とともに、

2,03,15 というタイムが。


 はあはあはあ…

 わたし、完泳したんだ


 頑張ったんだ…


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ