召集待ちデート
ただイタズラにレースを待つのも…緊張しちゃうから。ぶらぶらと会場を散歩していたときだった。
「トモさん?」
近くのコンビニの袋を持って戻ってきたヤマトさんとすれ違った。
「お昼、買ってきました」
ヤマトさんが袋を見せてくれる。わたしもつられて、
「緊張しちゃうから、散歩してました。」
そう話すと、ヤマトさんは「そうっすね」と笑った。
散歩…したかったけど、ヤマトさんと歩けるなら、二人で観覧席に戻っても…いいかな。
そう思って話し始めた時だった。
ふいに、ヤマトさんから話し始めた。
「トモさんが、50メートルのバタフライに変えるって決まったとき、自分も負けらんないって思って 200にしたんです」
え?そうなの?
「王子さんに煽られたのもあるんですけどね。」
ヤマトさんは、内緒ですよ、と添えた。
隣に立つヤマトさんは、改めてみると 背が高くて、手足が長くて。
もし、恋愛する気になったら…女の子から断られることなんて、まずないんだろうな…
いつも思ってた。姿勢が綺麗だって。
カンナちゃんは「どっかの寺のお坊さんじゃないの?」とか言ってたけど、立ち姿がいつも凛としてるんだよね…
謎が多い人、ヤマトさん。
でも、好き。
「わたし…ヤマトさんが200メートルのクロール出るから、わたしもエントリーミスのまま、頑張ろうって思ったんです」
せめて、言わせて。
ライバルって言ったら大げさだけど、なんか戦友ていうか…そんな気持ちでいるの。
ホントは違うんだよ。けど、フラれたらショック大きすぎるから…今は、そう思うことにしてるの。
ヤマトさんといたい。ヤマトさんと話したい。ヤマトさんの色んな事しりたい。
好きだけど、片思いのまま戦友でいても…そのほうが… きっと傷付かないと…おもうし…
ヤマトさんと、さりげなく目をそらした。
そこを知ってか知らずか。ヤマトさんは話題を変えた。
「知ってます?カンナさんたち、200メートル個人メドレーで勝負するって。
タローさんと、カンナさんと、ごんさんの3人で一番負けた人が、二人分の打ち上げ代を支払うそうですよ?」
話題が当たり障りない内容へ変わったから、内心ほっとしながら、ヤマトさんと並んで歩く。
あれえ?あの三人、そんなこと考えてたんだ??あれ、そんなこといって…
「タローくん、女の子と勝負するの?ハンデとかあるんですか?」
タローくん、なんか それでいいの??疑問に思ったけど、それはヤマトさんも同じだったみたいで。
「平泳ぎが本当に泳げないんだそうです。」
わたしは思わず笑った。
「そこがハンデなんだ?」
ヤマトさんが答える。
「でも、カンナさんがいうには、個人メドレーだけは、ごんさんの方が速いって。」
へえ、あのカンナちゃんが、そんなこと思うんだ?
「その差は、バタフライ?」
ヤマトさんは、一旦返事をしなかった。
ふいに階段状になったアルプススタンドを指差した。
「一番上まで上ってみませんか?」とわたしを誘う。
「自分も行ってみたかったんです」
誘うヤマトさんは、少しだけ照れたのうに笑ってて…なんか、内緒のデートみたい…ひっそり、ときめいてる私がいた。
さっき、せっかく「戦友」って思うことにしたのに…ぐらついちゃうじゃない…
でも、カンナちゃんが言うとおり「実家が寺のお坊さん」なら、恋とか恋とか恋とか…関心低いのかな、そうなのかな…
ヤマトさんが、ゆっくり一段づつ上りながら話す。
「単独でおよぐなら、カンナさんの方が全種目速いんだそうです。でも『個人メドレーだけはね』って聞きました」
「個人メドレーになると、違うんだ?」
「自分は、詳しいこと…分からないんですが、『センス』が関係するらしいですよ」
センスって運動神経だけだと思ってたよ。
「自分は、カンナさんの話、分かる気はします。…トモさん、急に速くなった。才能開花したって感じで。」
ヤマトさん…もう。ほめられると、本気にしちゃうよ
「何も出ないよ?」
ちょっとだけ、可愛く言ってみた。いいよね、気分が可愛くなってるんだもん。ちょっとは… 似合う言い方かな、どうだろ。
ヤマトさんが、一瞬黙った。…ひい、ちゃった、かな…今度は私が誤魔化すように話題を変えた。
「ヤマトさん、そろそろ一番上だね」
ヤマトさん… わたし、やっぱり ただの戦友で、片思いのまま大人しくしてれば良かったかな…しゅーんと下を俯きそうな時だった。
「せっかくだから、カンナさんたちのレース、見ていきませんか?そろそろのはずです」
えっ それって、二人っきりで?隣同士で?
その、期待しても…いいの? あの、あのですね、誤解しそうなんですけど。
嬉しいけど、勘違いだったら恥ずかしいから…ずっと俯いてしまった。
二人で並んで座る観覧席、
「高いっすね」
豆粒ほどに人が見えて、誰が誰だか分からない。
「そろそろのハズなんすけどね…」
カンナちゃんとごんちゃんの200メートル個人メドレーは、同じ組でのレースらしい…んだけど。
「プログラム、ないと分からないですね」
どちらともなくそんな結論になってしまう。
「多分、この組だと思うんすけど…」
飛び込み台に並ぶ選手を見ながらヤマトさんが呟く。
「3コースと2コース、カンナさんたちっぽい気がするんです」
…言われてみれば…そんな気が
遠くから見るカンナちゃんって、いかにも「速そうな人」って体格。ガッチリしてて、背中も逆三角形。一方、ごんちゃんは、ほっそり…どこにでもいる普通の女の子の体型。
カンナちゃん、「個人メドレーだけは」なんて言ってるのが信じられないな、体格だけみると、絶対有利に見えるのに
そんなことを思っていたら、隣からぶわあっと熱い熱源を感じた…
「やっぱそうっぽい、すね」
みるまでもなく、ヤマトさんの体温だった。抱きしめられてるわけでもないのに、ジワジワと感じるヤマトさんの体温は、レースそっちのけで、わたしの意識を引っ張り続ける。
ヤマトさんが筋肉質だからだ。基礎代謝が高いから この距離でも熱く感じるんだ…
ヤマトさんが自分から近くなるなんて無い無い。勘違いしちゃダメ、浮かれちゃダメ…自分に強く言い聞かせた。
会場に主審の笛が鳴り響いた。やけに耳についてくる。
「始まりますね」
ヤマトさんが、身体を乗り出して見ている。右隣から感じるヤマトさんの体温が遠くなった。
そうよ、あたしの勘違いよ。
あの熱量が遠ざかって、外気がまた分かると、さっきの余韻が冴えて冴えて蘇る。また、ドキドキした。
…もし、ぎゅっと…されたら…それだけで、あたし…変になっちゃいそう…
普段、ヤマトさんの水着姿を見てるだけに、余計なハダカまで想像して、胸が勝手にチリチリしている。
「用意」
場内が静まり返った。スタートを待つはずなのに、わたしは 自分の鼓動に手一杯で。
ダメだなあ
大事な友達二人のレースなはずなのに、集中できない。
ヤマトさんは、食い入るようにプールを見ていた…わたしは、そんなヤマトさんをみている。
今の体勢から見えるヤマトさんは、綺麗なボウズ頭の後頭部と、太く引き締まった腕。
思ったんだ。いまどき、敢えてボウズ頭なんて珍しいけど、似合ってると思ってた。
自分でわざわざボウス頭にするなんて、きっと普段からオシャレなひとなんだろうなって思って。
で、やっぱり今日の集合場所に現れた私服姿には、ドキッっとした。
メガネかけて、真っ白なコットンシャツとジーンズ姿。ラフなのに、どこか清楚で、ヤマトさんらしかった。
会社員であろう姿を匂わせない…謎だらけの…ヤマトさん。あの時は、アパレル業界の人かIT業界の人かって思ったりしたけど…なんの仕事してるんだろ、普段。
カンナちゃんの言うとおり、お坊さん?
身を乗り出してレースを見てる姿は、不意に子供っぽくなったかと思うと、やっぱり大人の男の人の顔に戻る。
不思議な人、ヤマトさん。
でも、その不思議な人に、他でもなく好きになってる私… もう、認めるしかない…小さな事にドキドキして、ソワソワしてる。
ら
結果は、ごんちゃんの大圧勝だった。
バタフライまではほぼ同時、背泳ぎになった瞬間、カンナちゃんがスピードを上げて抜いたけど、平泳ぎになったら、ごんちゃんが抜き返した。最後のクロールでカンナちゃんが猛スパートを掛けて、追いかけ始めたけど、その頃にはごんちゃんは、ゴール間際で。
「…これが、個人メドレー…」
レースが終わると、ヤマトさんが、静かに呟いた。
「自分は…」
何か言葉を選ぶような腕組みだった。
「カンナさんが、クロールの頃には力尽きてたとは思えませんでした。むしろ、ごんさんが最後の最後まで体力を温存させてたというか…泳ぎ慣れてるって感じでした。」
そして、目を閉じてまた考えてる。
確かに、カンナちゃんの最後のクロールは、猛反撃って感じで凄く速かった。でも、ごんちゃんもごんちゃんで、無事、逃げ切った。それも、有る程度余裕のある泳ぎ方で。
水泳って、奥が深い…ただ速くてもダメなんだ…
「トモさん」
ヤマトさんが腕を解いた。
「自分たちも、いつか200メートル個人メドレーまで泳げるかもしれませんね」
ふふって笑ってて私をみてる。
「そんな、無理ですよ」
わたしは答えた
「今とは言っていません。…いつかです。一緒にやります?」
そ、それって。
…今日何回目かのドキンが起きた。一緒にって…
勿論、水泳の練習を、って意味だろうけど、今のわたしには、何かに誘われるだけでも若干刺激が強くて。
「はい。」
つられるように答えてしまった。
あーバカっ!200メートル個人メドレーなんて、絶対無理!バタフライ50メートル泳いだ後に150メートルも泳ぐなんて、死んじゃう!
けど、ヤマトさんは「トモさんにバタフライ習うところからだなあ」なんて笑ってて。
「そんなこと、ないですよ~」って言ったのに、
「自分、まだ 背泳ぎとか、仰向けに浮けないんです」
なんて、言うんだもん。
「じゃあ、ビシビシやっちゃおうかな?」
とか、思わずおどけちゃった。
ヤマトさん、わたしの事…どう思ってるんだろう。
人畜無害の水泳友達?女子とも思われてない?
隣で分かりやすいくらいの熱い体温を感じながら、わたしは心の中がどこかでくすぶり続けていた。