まさかのエントリーミス
配られたプログラムを見ていたときだった
ヤマトさんが爆弾発言を言い出した。
「トモさん、エントリーが100メートルバタフライになってますよ?」
…え?
まさに、アタマが真っ白になった。
「トモちゃん、バタフライの50メートルに、名前、ないですねー」
タローくんも、プログラムを見ながら答えてる。
うそ、そうなの?
ホント? マジでないの?
「パンフレット、見てみなよ」
カンナちゃんもまた、指を指す。
片倉、片倉、片倉、片倉…自分の名前を探してもなくて、…あ!あった!! やっと見つけた名前は
「うそ…」
100メートルバタフライになっていた
「まあ、エントリーミスでしょう。…申し込み変更は口頭だったっけ?」
カンナちゃんが聞いてきた。
「たしか… プールサイドで…」
そのときインストラクターさんに伝えたはずなんだけど。
「記録に残ってなきゃ、言った言わないの埒が空かない事になるだろうね。」
えーっ!そんなあ…
「最悪、出るか棄権するかのどっちかだろうねえ?」
そこまでの話になっちゃうの?わたし一人が間違えてる訳じゃないのにぃ。
「…泳いじゃえばいいじゃないすか?」
タローくんがこちらを見ながら、飄々と言った。
「そ、そんな簡単に言わないで下さいよー」
「どうなんすか?泳げそうなんすか?」
タローくんは、こんどは ごんちゃんを見た。ごんちゃん、お願い!!変なこと言わないで!
「んー、泳げると思うけどね~ コツがあるからね、そこさえ守れば、出来ると思うよ」
キャーッ!!
「トモちゃん、泳いじゃえば?」
ごんちゃんは、サックリ言ったけど、貴女のオッケーは、周りにとって「お墨付き」扱いになっちゃうンデスヨ。お願いだから、余計なこと言わないでー
ウルウルしながら、ごんちゃんをみていたら、カンナちゃんは、横からつっこんできた。
「あんたねえ? ヤマトさん、200メートルクロール出るのよ?たかがエントリーミスで、棄権するとか許さないからね」
そしてニヤリと笑った。
…分かりました… もう逃げられないのね。
「泳がせてイタダキマス…」
…こんなはずじゃなかったのに…
本大会、波乱の幕開けになったと思ったけど…これはまだ序章だった…
エントリーミスをそのまま出場することになって、一番私を追い詰めたのはごんちゃんだったけど、一番心配してくれたのまた、ごんちゃんだった。
いやでもね、頼むから
「そんな構えなくても大丈夫だと思うけどね」
それ、何度も繰り返えさないで。逆にわたしの不安を煽っているんですけど…
ごんちゃんが、「これが一番大事」と話し始めた。
「前半、ギリギリまで抑えて。で、後半、タッチしてから5メートルライン見えて数回泳ぎ始めた時に、いきなり疲れがくるから、そこからが勝負。そのために、必ず体力は、温存してね」
その、力をこめた言い方が「死にたくなかったら、守りなさい」と言ってるみたいで… わたしは早くも身構えてしまった。
「50メートルを超えたら、その先からは 絶対に!リズムを、絶対に!崩さないで。リズムが崩れると、フォームが崩れて、疲れが早く溜まるの。
落とし穴は、呼吸するときよ?必ず目を瞑って。顔を上げて前を見たとき、タッチパネルが、予想より遠いとそこで気持ちが萎えるわ。ここでガクッとリズムが崩れる。」
…ごんちゃん、それ、体験談ですか…?
カンナちゃんが隣で「ごんちゃんの迷言、なんだっけ?『絶望したくなかったら、下を向け』だっけ?」ケラケラわらってる。
「みんな通る道よ。」
カンナちゃんが笑った。タローくんも、ごんちゃんも、「大丈夫だから」笑ってる。
…頑張れるかもしれない。
もしかしたら、少し頑張るだけで、実は 出来るのかもしれない。
「がんばります」
仲間に入れてくれて、応援してくれた皆のために、答えた。
がっかりさせたくない、喜んで欲しい、ほめて欲しい。
よし、頑張ろうっ!!