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another story カンナの恋  

 カンナは、彼らのやりとりを好ましく思っていた。「可愛いとこ、あるじゃない…」と。


 このプールの同年代たちの間でも、一人、少しだけ年上だった彼女は、仲間たちの会話を時折、幼い・青いと思うことがしばしばあった。元々、冷めた性格なのも勿論あったが。


 それでも最近は、「それもいいかもしれない」と思うよう事が増えてきた。



 最も幼い・青いと彼女が評しながら、何故か一番馬の合う友人が向こうから歩いてくる。

「カンナちゃんお疲れ~ もーおしまい?」

 今だって、ゴーグルを指先でクルクル振り回しながら歩いてる…この前、プールの長老目掛けて飛んでいってしまい、注意されたばっかりじゃない…

 あ、いけない!その先は!

「ごんちゃんストップ!」

 止めなければいけない訳があった。友人が進もうとしている先には、初々しいカップルの卵がいて、何かを温め合っている。

「えーなになにー?」

 何かと子供っぽい友人に、変なタイミングで見つかっては…

「今、立ち入り禁止」

 咄嗟に止めた。

「何か壊れたの?」

 友人は、足は止めたものの、カンナの顔をじっとみた。

「お宅の弟子がちょっとお取り込み中」

 まあ、ウチの弟子もだけど

「ナニソレ?」

 見てきた方が早いかもしれない。さすがに、ぶち壊すようなことはしないだろう…その辺は大人だと思っている。

 友人を見送ったあと、友人はすぐに引き返してきた。

「あー、取り込んでた。」

 それはもう、ニヤニヤと意地の悪い笑顔で。


「どうしたの、なにが起きたの?」

 興味津々の友人の顔を見ながら、「前から起きてたわよ」と返す。

 この友人は若干鈍い…

 この手の興味は人並みにあるのだろうけど、彼女の関心事といえば、仕事と水泳と。これ以上の興味のない事は一切がどうでも良くなる…愛すべき熱血馬鹿の典型。

 この前だって、三度の飯より水泳が好きと言い切っていた。


 カンナは、友人をもう一度「水泳バカ」そう評価した。


 ちなみに、『カンナちゃん、何で人のは気が付くのに自分のは鈍いのー?』と思われているのは、露とも知らず。


「しょーがない、帰るかあ」

 練習中毒な友人が練習を諦め、引き返そうとしたのを、若干不憫に思い、誘った。

「ジャグジー行かない?」

「お、良いねえ」


 回り道にはなるが、屋外ジャグジーなら取り込んでる二人に見つかりづらい角度で 時間を潰すことができる。

 そして思った

 

 水に咲こうとしてる花、ってとこかしら?

 枯らしちゃダメよ?ヤマトさん


 カンナは、友人を連れて屋外ジャグジーへ歩き始めた。練習ができなくなったことは…気にならなかった。

 こういう日も、あってもいいと思っているから。こういうことが起きてこそ…少しずつ自分が変わっている事がわかるから。


「こういうの見ると、春、きてもいいなぁって思うよね」

 カンナは呟いた。このプールで泳ぎ始めたときは、練習できればただそれだけでいいと思っていたはずだったのに。

「春はねー 実は、いつだって来てるんデスヨ。冬の終わりは、自分で決めるものだと思いマス」

 友人がクククと笑った…なんのことかしら


「ま、泥沼にならなければ言いわ。若いっていいわね」

 カンナは、もう一度笑った。





「カンナちゃんはねー 男の評価が『泳げるか』で決まるよねー」

 時折、この友人は残酷なまで冷静にモノを言う。「それを言っては身も蓋もない」と周囲を吹雪に見合わせるが、カンナは、彼女の素直な感性は気に入っていた。


「泳いでる男が、最後の5メートル見えてくると、2本の線が勝手に見えるんでしょ?」

…2本の線… あぁ。名の通った国際大会の競技中継でよく出るアレね。

 テレビ中継では、優勝がほぼ決まった選手が、ラスト12.5メートルを切ったあたりになると、「世界記録」と「大会記録」突破ペースを示す2本の線が仮想で表示される。


 なんの2本線よ?


 友人が笑って言う。

「『恋人合格ライン』と『結婚合格ライン』」

 なにそれ

「そんなことないわよ」

「嘘だァ〜 カンナちゃん、自分より遅い男とは付き合いたくないでしょ?」

 まぁ…それは…そうだけど。

「そもそも、水泳に理解ない男は却下ってことは、自然とスイマー限定になるでしょ?」

「別に…スイマーじゃなくてもいいわよ」

「えー?スイマーじゃない男に、一から水泳の説明する手間あってもいいの?」

「それは…」

 痛いところをツカレタ。自分でもわかってるのよね、このままだったら、恋愛はおろか、結婚だってできない。


 …適齢期過ぎたし、男自体に興味ないから別にいいけど。


「これからも泳ぎ続けたい。その生活を保証して欲しい。なーんて思ってたら、自動的にスイマーでしょ〜 その場合は、自分より速い男になるんだろーけど」

 友人は、高らかに笑った。


 屋外ジャグジーには、誰もいなかった。女二人だけの気楽な会話と笑い声に、湯けむりがもうもうと上がっていく。


「『恋人合格ライン』が、半フリ長水30秒で、『結婚合格ライン』が、1フリ短水で1分切り。そんなとこかしらん??」

 友人は、無邪気に言ってのけるが…妥当な線を言い当てるもんだから。

「そんなマトモな社会人スイマー、既に売れてるか、水泳以外出来ない男でしょ。」

 つい、冷たい口調になってしまった。


 この前だって… 昔の先輩が結婚した。同窓会で、ちょっとイイなって思った先輩だったけど、結婚決まったって言われて…サクっと終了。


「え〜?30秒切りだったら、タロー君がそろそろ切るんでない?」

 え?タローが?

「タロー君、ターンと飛び込みさえ上手になれば、1分切りもできると思うんだけどなぁ」

 タローは却下。


 だってアイツ…軽いんだもん… 一頃、アイちゃんに気に入られてデレデレしてたし、トモちゃんが入ってきた時も、超気になってたし。ヤマトさん居なかったら、絶対…


「あ、即答却下じゃない」

 友人が意外そうな顔をした。

「却下よ。当たり前じゃない」

「ふーん、合う気がするんだけどなあ」

 友人は、おかしいなぁと首をひねった。そしてボソッと一言。

「一瞬、考えたでしょ? 「タローは却下」ってすぐに言わなかった」

「却下は当たり前すぎて、口にも出なかったわ」

「へえ〜 タロー君酷評だね」

 友人は、面白がって笑う。


 実は、友人はカンナに悟られぬよう、密かに苦笑いも隠しながら笑っていた。


  あーあ。タロー君、先が長いね。と。


 この男が、カンナと仲良くなりたくて練習し続けたのを知っていた。元々は、バスケがやりたくてこのジムに入ったのに、今では 水泳仲間とバスケ仲間の両方の友達の間を行ったり来たりしているが… そんな経緯があるのだ。


「そっかー 制限タイム切れても、出場停止もあるんだ?」

 友人の一言にカンナは苦笑いした。

「スポーツマンシップに則っていただかないと」

 

 あんな、女の子の間をフラフラする奴、私 好きじゃない。

 …好きじゃ…ない…



 カンナは、湯けむりを見上げた。

「今日、お湯が…熱いね」

 もうもうと立ち上がる湯気は、いつもよりは高く登っていく。

「そーねー」

 友人が返事をした


 でも、どんなに高く上がっても、湯けむりは いつか大気に溶けてしまう。淡く儚く。


 わたしの…本音と一緒ね。

 カンナは小さくそんなことを思った

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