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獣の烙印  作者: 日野枝 弥
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第九話 廃寺にて

 廃寺は林に囲まれた高地にあった。

 石段は崩れかけ、寺の表札らしきものは汚れていて読み取れず斜めに傾いている。

 庭内は雑草がのびて荒れ放題。どんよりとした雰囲気は廃寺と呼ばれるのに相応しい様相をしていた。

 中に入ってみると、一部抜けそうな床にところどころ破けた障子。

 生活の匂いは全くないが、古ぼけた食器類は使えないことはない。身体を休めるぐらいなら問題はなさそうだ。


 万里が懐からお札のような紙切れを一枚取り出して囲炉裏へと放り投げる。

火性礼賛(かしょうらいさん)

 瞬く間に木片に火がついた。

(今、何したんですかっ!?)

 結子が目を点にしているのにかまわず、話し始める。

「さて、どこから話しましょうか」

「まずは、妖王と姫殿とのかかわりを説明せねばいかんじゃろ」

「つまりは、六國の話をしろと?」

 その時、結子の腹のムシがきゅるるぅ〜、となった。暁に来てから、なにも口にしていなかったのだから仕方がない。

「ではおいおい、食事をしながら話しましょうか」

 万里は穏やかに微笑むと、荷物の中から《干し飯》と呼ばれる携帯食を、湯にまぜて食べさせてくれた。そして、水を汲むために《吸い筒》という竹製の水筒をもって表へ出ようと扉を開ける。すると、足下には川魚が十匹も置いてあった。

「これはまた…」

「そういえば…先程から宝玉の気配がしていたわい」

「この雪の中…。まるで《かさじぞう》ですね」

「…ひょっとして天壱?」

 結子も慌てて外をみるが、彼の姿はもちろん足跡すらなかった。

 どうして一緒に行動してくれないのかと、結子は首をかしげる。


 天壱からの差し入れを焼き魚にしていただくことにしたわけだが、

「ねぇ、万里」

「なんでしょう」

「山伏って修行中のお坊さんのことだよね? お魚食べてもいいの?」

「私は僧侶ではありませんよ。これは単なる変装ですから」

「やっぱりコスプレ!?」

 結子が素っ頓狂な声をあげたので、二人は顔を見合わせて笑った。

「こすぷれとは何か存じませんが、我々は暁の領主に仕える武士で、忍の任を担っていましたから変装は常なのです。以前は虚無僧の格好をしていたのですが、どうにも評判が悪くて…。薬売りに紅売り、蝦蟇の油売りと…今は山伏に落ち着きました」

「…忍も大変だね」

「妖鬼とまともに戦えたのは、鉄砲や刀を使う武士と忍だけじゃったからな。中でも天壱、左近、万里、わしの四人は結衣姫さまの身辺警固を幼き頃より命じられ、《守護四家(しゅごよんけ)》と呼ばれておった」

 白蓮はなにも映すことのない瞼の下、遠い昔を懐かしむように、何かを思い描いている。


「話を戻しましょうか。妖王との戦いの話は聞きましたよね? 所詮は人間と妖。窮地に陥った人間たちの最後の砦がここ暁の国だったのです。霊力宿りし清き巫女であった結衣姫さまただ一人が、結界を張って妖鬼たちの侵入を防いでおりました」

「たった一人で…? それからどうなったの?」

 結子はゴクリと唾を飲み込んだ。

「結衣姫さまのお蔭で、暁はかろうじて妖王の侵入を阻止していました。妖王が結衣姫さま自身を要求してきた時、民は、人身御供として差し出すべきだと主張しました。結衣姫さま自身も承諾されていましたし、あの頃は他に手立てがなかった。一人を犠牲にすることで多くの者が生き延びようとしました。皆、妖王の目的が暁という国土を狙っているのだと思っていましたので、真の目的には気づくことはなかった」

「真の目的…?」

「ひとつ申しておくが、この国では《孔雀明王》を崇める風習があるのじゃ。他国もまたそれぞれに神として祭るものがあった。その為、どの国も霊力の強い娘を清き巫女として据え置き、祭事をさせておったのじゃ。侵略され国がなくなった今では、意味のないことだが…」


 白蓮は見事に骨だけ残された魚を囲炉裏へと投げ入れた。

 盲目なのにどうやったらあんなにキレイに食べられるのだろうかと、結子は感心してしまう。

「攫われた巫女がどうなったのか…。それはずっと謎とされていました。ところが、ひとりの巫女が妖王のもとから逃げ出してきたのです。彼女の話で、妖王はただ侵略するには留まらず、霊力宿りし清き巫女ばかりを攫い集めていたことがわかりました。妖王の目的は食することでもなく、妻として娶るわけでもなく…生きたまま利用すること」

「生きたまま利用する…?」

「九百九十九人の攫われた巫女たちは、すべて今日まで生かされています。妖王の真の目的───それは不死の良薬アムリタをつくること」

「不死の良薬(アムリタ)…? 妖って、てっきり不死身なのかと思ったけど…」

「森羅万象──すべてのモノに永遠などというものはありません。形あるものは、やがてその姿を失う。ヒトの命もまた然り。妖といえども、例外ではないのです」

 万里は囲炉裏へと、薪がわりの木片をくべながら続けた。

「逃げ出してきた巫女は、再び捕えられてしまいましたが…。妖王の寿命はおよそ千年、彼らは巫女千人の生き血によって秘薬をつくろうとしているのです」

「もうわかるじゃろ?  奴らに狙われる理由──結衣姫さまの転生したお方は結衣姫さまの魂を宿す方でもある。その霊力ははかりしれぬし、妖王の寿命は残り一年…」

「バケモノの延命治療薬なんて、絶対にイヤよっ!!」

「だから、わしらが守ると言っておる。本当は日本で平和に過ごさせたい…それが天壱をはじめとするわしらの願いだったのじゃが、妖鬼がまさか神鏡から姫殿をさらうとは思わなかったわい」

「今年は最後の一年ですし、姫様は千人目の生け贄。ですから、私は命にかけてお守りすると申したのです」

「でも…日本へ戻ったほうが安全じゃない?」

「いいえ、妖鬼と私達が戦えば…姫様の世界も退廃してしまうでしょう。妖王が延命した場合、最悪、日本という世界にも影響が出るかもしれません。それに、六國には妖王を倒すための唯一の武器《破邪(はじゃ)の剣》があるのです。他国には見つからなかったので、おそらくは()の国に。天壱などは百年も前から探し求めています。転生したあなたをお救いすることだけを考えて、ただひたすらに…」


 結子は天壱のことを思った。解放された彼の力は確かに強力で、妖鬼を滅してしまった。

 あの力を結子の世界で使われたらたまったものではない。

 それにしても、百年も前から探し求めていたとは、どういうことなのか──。


「わしらは妖王を倒し、姫殿をお救い致す──今、わかっていることは、妖王は鏡都(きょうと)に城を構えておるということだけじゃ」


 食事を終えると白蓮は徐に撥を使い、琵琶をかき鳴らした。

 柔らかくて優しい…けれどもどこか切なく感じさせる旋律に瞼が自然とおりてゆく。

「ごめんね…なんだかすごく…眠い…よ」

 そのまま板の間に横になった。とにかく眠りたい──と、結子は深い眠りについた。


「そういえば、この曲『恋飛夢巡』は姫様にとって子守唄のようなものでしたね」

 万里は瞳を細め、白蓮もまた口元に笑みを浮かべた。

「うむ…『睡蓮姫』などもよくせがまれた」

 結子が寝たことを確認し、万里がそっと表へと向かう。ひたすら琵琶は奏でられている。

「天壱、いるのでしょう? 姫様はもう寝ましたよ」

 すると、万里の頭上から男が一人、ヒラリと舞い降りてきた。

「このまま黙ってついてくるつもりですか。姫様のそばに居たくはないの?」

「…近くにいなくても守れる」

「ようやく再会できたというのに…もっと素直になればよいものを。私達と姫様の間に身分など関係ないでしょう?」

 琵琶をとめ、撥をもったまま白蓮が近づいてきた。

「前から訊きたかったのじゃが…天壱、お主は何とひきかえに力を得た?」

 天壱はなにも答えず、視線を横たわる少女へと向けた。

「新しい情報を手に入れた。海にも神殿があるらしい。暁のありとあらゆる社殿や祠を探しても、見つからなかったわけだ。俺は一先ず先に、江渡(えど)へ向かい調べてみる」

「海に神殿のぅ。では、江渡屋敷にて落ち合うか」

「ちょっと待って。破邪の剣も大事ですが、姫様をお守りすることも大切ですよ」

「お前たちでも十分、守れるだろう? どこかのウツケと違って、宝玉を手にしたようだしな」

「お待ちなさい、何を怯えているのです? 再び、姫様を失うことを恐れているの」

 外へ出ようとした天壱は、板壁を見てふと立ち止まった。

「怯えてなどいない。俺は二度と結子を失ったりはしない」

 天壱はそれだけ言うと、雪闇へと姿を消した。


「本当に、何をひきかえにしたのでしょう…姫様を避けているとしか思えませんし」

 心配した万里は憂いをおびた表情で尋ねるが、

「むぅ〜。あやつ、ワシの菅笠を持っていきよったぁっ!!」

 憤慨する白蓮を見て、万里は笑んだ。

「フッ…。やりますね天壱」


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