第六話 対岸の釣りビト
その日、男は見知らぬ女に起こされた。
誰も起こしてくれなかったら、そのまま眠り続けていただろう。
この寒空のもと、釣り糸を垂れながら彼はもの想いにふける。
「ね〜え〜、釣りなんかより愉しいことしましょうよぉ」
腕にもたれるように寄り添う女…この女に起こされたのだ。
それから今日一日ずっと付きまとわれている。いい加減ウザイ、と彼は思った。
「愉しいこと?」
「そりゃあ、この蓆とあたしの身体を使うことよ」
女は小袖姿に蓆をわきに抱えた、典型的な夜鷹という売春婦の恰好だ。
(夜鷹がなんで昼間っからいるんだよ。夜に働くから夜鷹じゃねえのか?)
男はあきれてものが言えない。第一、釣りの最中は静かにして欲しい。
「静かにしてくれないか、獲物が逃げちまう」
「狙うならこっちの獲物にしときなよぉ」
男は間近の女の顔を見下ろした。顔はまぁまぁだが、お尻からフサフサした尻尾が見えている。
「悪いが、俺の趣味じゃない」
途端に女からは殺気をともなった禍々しい妖気が立ち昇った。
(おっと、怒らせちまったか)
男は立ち上がり様、腰の剣を抜き一閃する。たちまち女の首が胴から離れ、あたりには血の海が広がった。
「ここは釣りには適してないらしい…」
男は空っぽの桶を横目にため息をつく。釣果なしのボウズである。
なにやら対岸までもが騒がしい。菅笠をついと持ち上げてから目を見張った。
「…人間…女?」
「助けて―――っ」
今日はやたらと女に縁がある日だ。急がなければ女の命はないだろう。
男は釣竿を手に取ると、ニヤリと口角をあげた。