第四拾九話 妖王・朱羅
天壱は炎に包まれた二本の刀で、妖めがけて斬りつける。
朱羅は天女のように祭壇から舞い降りて攻撃を避けると、お返しとばかりに、天壱のいる上段へ向かって口から毒気を放った。
毒気は黒い霧のようにあたりに漂い始めた。
「水気召喚っ!!」
室の中にどこからともなく水が湧き出してくる。
結子は夜叉丸に導かれて祭壇の上へと避難した。
プールのように水浸しになった中心には朱羅が佇んでいる。
ざわざわと湧き出した水がやがて渦となり、朱羅を飲み込もうとした。
膝までつかっていた天壱は、そこから脱出すると、結子の隣で様子をうかがった。
ところが、朱羅もびしょ濡れの衣装を翻し、空へと浮遊し脱出してしまった。
「ちっ、身軽なヤツだ」
「この程度で我は死なん」
朱羅は再び、毒気を放って攻撃してきた。
「きゃあっ」
「解ッ!」
天壱は二本の刀を一本の双刀に変化させると、回転させながら毒気を蹴散らした。
敵は空を移動し、離れたところから攻撃してくる。
なかなか反撃の機会が見つからず天壱は焦りはじめた。
(結子を殺すつもりはないようだが……毒気だらけにされちまうとさすがにヤバイ)
天壱の眼前には引きつつある水。
(……やってみるか)
「雷気召喚ッ!」
天壱は水中へと落雷を落とし、濡れた袴で感電しないように身をふせた。
青白い稲光は水面を走り、水気を帯びたところへと感電していく。
朱羅の身体にも空を伝って青い稲妻が襲いかかった。
「ギャアアアァァッッッ」
朱羅は感電し、そのまま水の海へと落下した。
「天壱!」
「うまくいったようだな」
溢れんばかりに湛えられていた水は、みるみるうちに引いていった。
放電の嵐が去った中で、ぽつんと妖鬼が残されている。その衣装は焼け焦げ、美しかった顔は焼けただれていた。
「お…おのれ…貴様は…何者だ」
「俺は天壱。百年前、お前が襲撃した暁の国に仕えていた忍だ。そして、暁の巫女をまもる守護四家のひとり」
「守護四家……そうか、あの時の……クククッ」
「結子、止めを刺すぞ」
「うん」
二人は祭壇からおりて、朱羅の前へとやってきた。
その時、朱羅の身体から邪悪な気が放出された。
目は血走り、額が後退し、頭には二本の角が生え始める。
皮膚が裂け盛り上がった肉体の周囲を、バリアのように毒気が囲う。
あたりには腐臭が漂いだした。
(ひえぇぇっ〜鬼っ!? もしかして鬼ですか!?)
結子は恐怖から後退りした。
朱羅の赤い瞳が見開かれた瞬間、赤い閃光が放たれた。
「危ねぇっ」
天壱が結子を突きとばす。
「天壱! 血がっ…」
「ハッハハハハ……!!」
天壱の左肩を、その閃光は貫通していた。
「この…っ!」
怒りに震えた結子は鞘から刀を抜いて立ち向かった。
「うっ…結子、よせ!」
必死で振り回した破邪の剣は、朱羅の腕に小さな傷をつけただけだった。
続けて突進しても、軽く地を蹴って簡単によけられた。
肩で息をしながらも結子は剣をかまえる。
その様子を見ていた天壱は、荒い呼吸を整えながら考えた。
(たとえ破邪の剣であっても……傷をつくる程度じゃ意味がない)
「結子、なにがあっても……驚くなよ」