第四拾八話 天壱、始動
「しっかりしろ…大丈夫か? どこか痛くないか?」
「うっ…うっ…うえぇぇっ」
繭から助け出された結子は、天壱の胸で泣いた。
相変わらず天壱からは甘い香りがする。誰が袖の香りが染み付いているのだ。結子も制服のポケットに誰が袖を入れているが、まだここまでは香ってくれない。
小猿もまた一緒になって泣いていた。どんなに泣いても涙が枯れることはなかった。
主と宝玉を失った三つの腕輪は、床に転がったまま。静かに銀色の輝きを放っている。
(結子は…繭の中から全部見ていたのか…)
天壱は腕の中で泣きじゃくる身体をぎゅっ、と抱きしめた。
仲間を失ったことは家族を失ったことと同じだ。悲しいことに違いないが、今は結子を抱きしめられることに感謝したい。
結子は天壱が破邪の剣を背負っていることに気づいた。視線をあわせるも、彼は剣を渡そうとしなかった。
「剣を渡して…」
「ダメだ」
「みんなの仇を取りたいの!」
「たとえ制御できるようになったとしても、俺は…」
(────お前だけは失いたくはない)
なかなか渡そうとしない天壱の額に、えいっ、と頭突きをくらわせた。
「いてぇ!! なにしやがるッ」
「男のくせに往生際がわるいぜ、天ちゃん」
「結子…?」
「強気なところがお主の取り得じゃろうが」
「…」
「ほら、さっさと行きますよ」
結子の宝玉は淡い光を放ったままだ。呆けた顔の男を笑顔で覗きこんでやる。
「どう、似てるでしょ? 皆がいたらこう言ったと思うの」
天壱はまいったな、という顔をした。
慰めるどころか、こっちが励まされている。おまけに剣をよこせと催促されてしまった。
「暁の巫女へ」
天壱は片膝をつき、剣を恭しくかかげて渡した。
「暁の巫女よ……いや、アムリタと呼ぼうか」
結子が剣を手にした刹那、祭壇の上から声がした。
室の空気が重く澱んだ。
「妖王の………朱羅様とやらのお出ましだ」
なんという重圧感。
開かれた襖から何かが這い出してくると、禍々(まがまが)しい妖気が肌を取り巻いた。
嫉妬、憎悪、執着、嘆き、悲しみ、恨み、痛み、怒り……人間のすべての負の感情に取り込まれそうになる。
「なんか……空気が気持ち悪い……」
腕の中の夜叉丸が心配そうにしている。
「うっきぃ…」
「まずは俺がやる。止めは…お前が刺せ」
天壱は渦巻く妖気を物ともせず、最上段目指して跳躍した。
この時、天壱は決意していた。
(どんな手を使ってでも妖王を倒す!! 今生の結子が二度と襲われないように───。六國から妖鬼を滅し、平和を取り戻すために)
香頭羅を倒したことで、繭はすべて破れていた。
結子同様、閉じ込められていた少女たちが、次々と主殿の外へ逃げ出していく。
「巫女め…よくも繭を…!」
暗黒の世界から姿を現したのは、一人の女のようだった。
長く黒い髪を持ち、赤く輝く瞳は全部で四つもある。尖った爪に白く透き通った肌。黒い衣装を身につけ、首からかけているのは頭蓋骨のネックレスだ。
この世のモノとは思えないほどの壮絶な美貌。てっきり男だと思い込んでいた二人は驚きを隠せない。
「我を男だと思うたか、女だと思うたか…人間の愚かな眼ではわかるまい」
「天壱――っ、女だからって手加減しちゃだめだからね!」
本人は声援のつもりなのだろうが、天壱にしてみれば「女好き」と言われているような気がしてならなかった。
「ったく…どっちでもかまわねぇよ、バケモノは倒すだけだ」
天壱は刀を二本かまえ、高らかに宣言した。
「火気召喚!」
「来るか、小僧!」
白蓮、左近、万里と、仲間は捨て身の戦法をとり、散って逝った。
天壱の──最後の戦いが始まった。
残すところあとわずかとなってまいりました。作者にもようやく終わりが見えてきましたです。ハイ。
あまりだらだらと書いても仕方なし……かといって単調だと小説としてどうよっ!? となりますからね。連載小説というものはどのくらの長さがよいのでしょうか。ひたすら勉強でありマス。