第四拾七話 龍昇る
白蓮と左近を失っても、天壱は戦い続けていた。
悲しんでいる刻限はないのだ。結子を助けることが二人の遺志なのだから。
(結子────おまえは必ず助けだす!)
万里もまた七色の光を放つ繭へと近づいていた。
「…姫様」
一番高いところにその繭はあった。中を覗くと青い液に沈み込むように結子がいた。
両手で繭の壁にしがみつくように……どこか虚ろな瞳は開かれたまま、涙を流していた。
「怖かったでしょう。もう少しの辛抱ですからね」
力や護符を使うことも考えたが、中の人間にどう影響があるのかがわからない。その為、万里は短刀を使って繭を破ろうとした、のだが……。
(どういうことです……? ビクともしないなんて……もしや結界!?)
結局、力も護符も使うことになったが、繭は破れなかった。
考えられることは二つある。
妖の力によって作られた結界である場合、その力の持ち主を倒せばよいのだ。
天壱と戦っている香頭羅か……もしくは姿を現さない妖王自身のどちらかだろう。
万里はある決意をする──今も見開いた結子の瞳から、涙が止まる気配はないのだ。
天壱は、一向に結子を救出できないでいることに痺れをきらしていた。
「おい、どうした!」
「姫様をお救いするには、その妖を倒さねばなりません」
万里は錫杖と別に独鈷を手にしていた。
二人が戦っている間、香頭羅を囲い込むように独鈷を石畳へと投げ打ち走った。
「…フン、何をたくらんでいる」
天壱が万里の意図を察し妖鬼を追い込もうとするが、香頭羅は独鈷から逃れるように、中心から離れてしまう。戦いながら天壱は舌打ちした。
仕方がないとばかりに、万里は懐から護符をとりだした。
天壱が肩を切り裂かれて広間の隅へと転がった。
それを確認した万里が、護符を投じながら妖鬼へと近づいていった。
「貴様も死に急ぐか!」
「姫様は返していただきます!」
妖鬼の懐深くに飛び込んだ万里は、錫杖を使って輪状の刀を押さえつけることに成功する。だが、もう一方の刀が背後へと迫っていた。
「万里──っ!」
天壱の叫びもむなしく、弧を描いて戻ってきた輪状の刀が、万里の背中へと深く突き刺さる。
たちまち白い装束に、赤い鮮血が滲み出した。
「妖王に逆らう馬鹿なヤツら。……うっ、き、貴様なんのつもりだっ!」
輪状の刀が背中に刺さったままの万里は、香頭羅に正面から抱きついて離れようとしなかった。駆けつけた天壱が近づこうとするのを、彼は目で制した。
(もうやめて…やめて…やめて…やめて…)
目の前で再びおころうとしている悲劇に、結子は怯えていた。
繭の中では叫ぶことすら出来なかった。動くことすら出来ないのだ。
(私は…なんの為にここにいるの!? 巫女なんて…なんの役にもたたないじゃない!)
「天壱…あとは頼みましたよ。姫様が繭から出れば、妖王が黙ってはいないでしょう」
「万里…おまえ…」
万里の強い意志に、天壱は苦しげな表情をしたまま、諦めて二人から離れた。
香頭羅は嫌な予感がするのか、そこから逃れようと暴れだした。
「はなせっ、畜生!!」
「──雷気召喚ッ!!」
ドンッ!! という衝撃音と共に雷撃が独鈷へと落ちた。
稲妻はそのまま独鈷同士を繋ぎ、そこに五芒星が描かれる。
「穢れなき雷よ、悪しきものを黄泉へと導け!!」
「ウオォォォォォッ!!」
香頭羅が最期の足掻きとばかりに本性である百虫へと姿を変えた。
「姫様……もう怖くないですよ」
万里がはかなげに微笑むと、黄色の宝玉が砕け散った。
万里と妖鬼は鮮やかな雷光の中、姿を消した。
(───万里ッ!!)
結子の心が悲鳴をあげた。
宝玉を失った腕輪がまたひとつ。
結子はぼんやりとした視界の中、天へと昇る……龍を見た。
万里まで失ってしまいました。残された守護四家は―――天壱ただひとり。
失意の結子に、主を失った夜叉丸ちゃん。彼らの運命やいかにっ!いかに〜っ! しつこいって(苦笑)