第四拾六話 夜叉丸の涙
「なんてこと……!」
かけつけた万里が、悔しげに残された腕輪を握りしめている。彼は繭のひとつから七色の光が漏れ出していることに気づいた。
「姫様……あんなところに……っ」
「邪魔はさせませんわ」
万里に襲いかかろうとした芙蓉を、左近が防いだ。
「年増の相手はこの俺だっ!!」
「子供が…!」
鉄扇と仕込み刀が瞬時に激突し、真紅の火花が散った。
怒った芙蓉は羽を広げて、鱗粉を舞い散らせる。
毒を含んだ粉は、浴びた者の身体を麻痺させるのだ。
(ぜってぇ姫さんを助ける……! 俺たちは百年も待ったんだ)
左近はガクガクと震える身体を気力で支えた。
腕の中では、鱗粉を浴びてしまった夜叉丸が刀から小猿へと姿を戻していた。
「夜叉丸、お前は最後まで生き残って姫さんを導け……ここで、お別れだ」
羽を閉じた妖鬼がゆっくりと近づいてくる。
(このままじゃ、やべえ)
小猿は名残おしげに見上げてくるが、左近は腕から下ろすと心を鬼にして怒鳴った。
「早く行けって!」
「うっきぃ…」
「あらまぁ、仲間割れですの?」
痺れた身体では反撃できないと見たのか、芙蓉が鋭利な刃のついた鉄扇を、ゆっくりと振り上げる。
「左近!」
香頭羅と戦っていた天壱が叫んだ。
左近のもとへ行こうとするが、香頭羅の投じた輪状の刀に邪魔され、足止めされてしまう。
「てめぇ……っ」
天壱と香頭羅が睨みあっている中、夜叉丸が離れたことを確認した左近が、腕の宝玉にむかい意識を集中させた。
「──火気召喚!!」
左近と芙蓉を猛火が円を描いて取り囲んだ。
紅玉からは灼熱色の光が立ち昇り、左近の全身に斑紋が浮かびあがる。
結子の心は震えた。
たった今、白蓮を失った光景に似ているから。なのに声が出せない、動けない。
繭の中、開けたままの瞳から……涙が零れ落ちた。
炎の檻は、芙蓉ばかりか左近の肌までじりじりと焼きつける。
「逃がさねぇよ」
左近は逃れようとする妖鬼の羽を、捕まえて引きちぎった。
痺れる身体を懸命にささえ、痛みに苦しむ芙蓉を逃さない。
「百年間…苦しんだ。恐怖も絶望も味わった。今また姫さんを苦しめるヤツは許さねぇ」
「朱羅様ぁぁぁっ」
「浄化の炎よ、俺たちを煉獄へと連れて行け!!」
妖鬼をこの世に留まらせたりしねぇ!! それは左近の叫びだった。
紅い宝玉が砕け散った。
本性の蛾の姿となった芙蓉が叫び声をあげる中、左近はニカッと笑った。
「さよなら、姫さん」
結子は声にならない言葉で、絶叫した。
(左近!! こんなの…っ、間違ってるよ!!)
紅蓮の炎に包まれて、左近と芙蓉は姿を消した。
宝玉を失った腕輪がまたひとつ…。
「……こんなの……ウツケらしくねえだろがっ」
「…左…近」
「うっき…ううっ…き」
天壱と万里が呆然とする中、夜叉丸が小さな身体を震わせ泣いていた。
結子の濡れた瞳は再び、神々しい生き物を見た……気がした。
白蓮につづいて左近までも……。今回は夜叉丸ちゃんがかわいそうでした。
戦いはまだ続きます。よろしかったら、おつきあいください。