第四拾参話 潜入
敷地へと侵入した守護四家は最も高所にある楼閣を目指していた。
主のいる建物を立派にしてしまうのは、なにも人間だけではないようだ。
「わかりやす〜」
左近があきれ顔でつぶやくのを聞いた万里が、
「高いところから他人を見下ろすというのは、気分が良いのでしょう」
「上から来るぞっ」
天壱が叫ぶまでもなく、頭上からの殺気を感じて彼らは四方へと散らばった。
現れたのは目が異様に飛び出た筋肉モリモリの妖鬼。
芙蓉たちと似た衣服を纏ってはいるが、剥きだしの両腕が鋭い鎌になっていた。
「俺の名は蛆理。お前たちとは――」
「硝酸符!! 起爆符!!」
妖鬼の自己紹介を最後まで聞くことなく、万里が護符を投じた。
硝酸符は避けられてしまい、起爆符は発動しなかった。
「おかしいですね……起爆しないなんて」
「万里、やる気満々(まんまん)だなッ」
首を傾げた万里が、隣で目を輝かせている左近を見て、ハッとする。
「さては、あなた! また字を間違えたでしょう!」
「えぇっ、俺のせいかよッ」
「前に護符づくりを手伝わせた時に、間違えたことがあったでしょう!?」
「違うよ、天ちゃんだって、めんどくせェ〜とか言って一文字抜かして書いてたぞ!!」
二人の間に、鋭い鎌が割り込んできた。二人は罵りあいながらも飛び退いた。
「餌の分際で、朱羅様に楯突こうとは言語道断!!」
「ほぅ…妖王は朱羅と申すのか。貴重な情報だわい」
「ごちゃごちゃ、うるせぇよ」
冷めた口調でつぶやいた天壱は、佩いていた二本の刀を両手にかまえ高く跳躍した。
「火気召喚ッ!!」
炎に包まれた二本の刀は、熱せられたように赤く輝いている。
天壱は上空から妖鬼を斬りつけた。
真紅の刀をまともにくらった蛆理の肉体は、頭から真っ二つに裂けたのち、燃え出した。
「ウオォォォォ…ッ」
苦しみ喚く蛆理の本性は蟷螂。つまりカマキリだ。
天壱は最期まで見ようともせず駆け出した。三人もその後へとつづいた。
「雑魚にかまってる暇はねぇ」
「天ちゃん…あんまり力を使うと…わかってるよな?」
左近の忠告に皆が立ち止まる。現に天壱と万里には斑紋が浮かんでいた。
「俺は結子が助かればどうだっていい、お前たちもそれぐらいの気持ちでいてくれないと困る」
「むろんそうじゃが…左近が言いたいのは、そういうことではないと思う」
「あなたが死んだら、姫様が悲しみます」
三人は気づいていた。百年前からの結衣姫と天壱、それぞれの想いに。
一国の巫女姫とその守護者──身分の違いが二人の恋を許してはくれなかった。
天壱が人身御供に反対し、結衣姫を連れて逃亡しようとしたことで、気づかされてしまった。
人身御供だけではなく───郁巳からも連れ去りたかったのだと。
「百年前からの報われぬ想い…伝えたかったのじゃろう?」
「俺には代償が二つある。その一つは愛する者に想いを伝えてはならないというものだ」
「酷なことを」
万里が俯いた。代償は選べない。おそらく力を与えたモノが、力を授かった者に最もふさわしい代償を決めるのだ。
万里は髪を、左近は酒を、白蓮は視力を…そして天壱は愛する人への言葉を奪われた。
考えようによっては当人が、最も苦しむように仕向けられているとも思えた。
「もう一つの代償はなんだよ?」
左近の問いに、天壱はため息をついてから話した。
「結子は結衣姫としての記憶を封印されている。すべてが終わったら……おそらく俺たちとの記憶も失う」
「それは……悲しいですね。でも妖王を倒したら、すべてを忘れて平和に暮らした方が良いのかもしれません」
四人は互いの顔を見て無言で頷くと、楼閣の中へと足を踏み入れた。
(助け…て…)
繭に閉じ込められ身体が徐々(じょじょ)に硬直しても、結子の意識はかろうじて存在した。
(破邪の剣……剣さえあれば…!!)
結子たちアムリタの繭は主殿にあるが、明日には螺国へ移されようとしていた。
祭壇にあった巨大な襖は妖王が支配する───螺国への入口だった。
結子は時々、意識が遠のきそうになるのを懸命にこらえた。
同じような繭がひしめきあう中、少女たちの息遣いを感じるが、彼女たちの意識は混沌としていてコンタクトなど取れそうにない。
結子の意識もまた……闇に迷い込んでいた。