第四拾壱話 囚われた巫女
かつて暁城は高い城壁に囲まれた、奥ゆかしくも広い屋敷と、立派な庭園を持っていた。
暁は人の侵入よりも妖の侵入を恐れていた。
その為、巫女の力によって国全体に結界が張られ、城の地下には幾つもの避難路が張り巡らされていた。
すべては妖王との戦いに備えてのことだった。
そして現在……妖王に奪われた城は、すっかり様変わりしていた。
建物も庭園も暁の様式とは異なる…結子の目からすると中華風の楼閣といったところか。重層の建物が幾つも建てられ、渡し廊下でつながっている。
剥きだしの岩壁や石畳が敷き詰められ、そこで暮らしているモノの気配がまったく感じられなかった。
唯一、四人の妖鬼だけが住む建物。そこが妖鬼たちの私室となっていた。
「アムリタを手に入れるなんて、お手柄だね、香頭羅」
「ズルイですわ、私と蛆理の立場がありません」
「まぁ、いいじゃねぇか。朱羅様がお喜びになるなら」
少し離れた丸窓によりかかっていた香頭羅は、のんびりと尋ねた。
「それよりアムリタの儀式はどうする? 祭壇の準備はいいのか」
「ええ、もちろん。後は螺国の《贄の炉》へと生け贄たちを移すだけですわ」
「ほーんと手際がいいよねぇ。愛しの朱羅様のこととなると」
明凛にからかわれて芙蓉は赤くなる。
「今日は祝杯だ」
三人がいなくなると、香頭羅は一人別室へと移動した。そこは客室で、結子が椅子に両手両足を縛りつけられ座っていた。
結子は妖鬼が近づくと目をつりあげた。
「そんなに怒らなくてもいいだろう」
「怒るに決まってんでしょっ!? 殴られて拉致されたあげく、バケモノの生け贄にされるんだからッ」
(本当に跳ねっ返りのお姫様だ……だが、そこがおもしろい)
「アムリタが完成したら、永遠に螺国から出られなくなる。その身も魂も閉じ込められて彷徨うことになるからな…」
「アムリタになんかならないわよっ、助けが来るもの」
結子は喚き散らした。
「香頭羅よ…」
「朱羅様」
誰か知らない声がして、室の中の空気が張り詰めた。香頭羅が床へと跪く。
(朱羅……? もしかして……妖王っ!?)
おぞましい気配に身体が震えたが、室の中を見回しても姿がない。
「クッククク……暁の巫女よ……そう怯えなくともよい。明日の晩、そなたは我の良薬となり、永遠の時間を生きるのだから」
「絶対にイヤ……アムリタになんかならないっ!!」
「強情な……そなたを助けるモノなどもはやおらぬ。香頭羅」
瞬間、香頭羅の口から白い粘着糸が飛び出し、結子の身体を包みこんだ。
「いや……、左近っ、万里っ、白蓮───っ」
絶対に助けにきてくれる、みんなを信じている──願いもむなしく結子の身体は、妖鬼の作り出した繭のような空間に閉じ込められてしまった。
やがて彼女の意識は遠のいてゆく。
「残念だったね、お姫様。他の巫女たちと一緒に祭壇の間に飾ってあげるよ」
繭の中は粘り気のある青い液体で満たされていて、もがいても以前のように解けてはくれない。
(死にたくない……永遠を彷徨いたくなんかないよ……天壱)
悔しくて、苦しくて……結子は繭の壁をツメで掻き毟った。
「天壱…」
透けたむこうに見えたのは、同じような繭に閉じ込められた巫女たちの姿だった。