第参拾九話 万里は語る〜結衣姫との出会い
「なぁ、初めて姫さんに会った日のこと覚えてる?」
左近が夜叉丸を肩にのせたまま振り返った。
「何年も前になりますねぇ……。思い返すも懐かしい」
「おいおい、何年どころじゃねぇだろ、百年も前だ」
天壱の鋭いツッコミにも、万里は朗らかに答えた。
「ふふふ。そうでしたそうでした。姫様が四つの時でしたね。それはもう可愛らしくて──」
守護四家の面々(めんめん)は、鏡都近郊にいた。
貴枝郁巳と関わりがありそうなところを隅々(すみずみ)まで捜索していたら、ここまで来てしまったのだ。そして今、一瞬だったが、このあたりで微かに宝玉の気配を感じた。
(焦れば焦るほど宝玉の気配を見落としちまう……にしても万里は記憶力がいいぜ)
天壱は少しでも宝玉へと意識を集中しようとするのだが、空回りして場所が特定できずにいた。
少しでも気を紛らわせようと万里が思い出話を始めたのだが、姫様大好き男は話し出したら即暴走、思い出話はなかなか止まらなかった。
四人が守護四家として招集されたのは、結衣姫が巫女となることが決まった四歳の誕生日──左近五歳、天壱六歳、万里八歳、白蓮九歳の時である。
四人はそれぞれに生まれて間もない頃から、代々、暁の領主に仕える家系だとは聞かされていたが、巫女姫の警護を任されるとは思ってもみなかった。
千年前、妖王が現れてから巫女を守る守護四家といわれる名誉職が創設されたわけだが、武士の学問、忍の鍛錬に忙しく、暇があれば遊びたい年頃の少年たちには、迷惑以外の何ものでもなかった。
左近などは遊びの時間が減ることを恐れていたし、天壱は深窓の姫君の子守など面倒臭いだけだった。白蓮は女子の警護というだけで怯え、唯一、万里だけがこの名誉を誇りとしていたのだ。
呼び出された四人は、それぞれの当主と共に、白州の敷きつめられた庭先に膝をついて主を待った。
現れた領主──結衣姫の父は威厳の中にも、どこか人を和ませる資質があった。
「よくぞ参った。この者たちが結衣の守護四家か」
領主に訊かれて家臣のひとりが答えた。
「御意。左より玄間家の当主とその配下白蓮。次に竜崎家の当主と万里。百鬼家当主と天壱。そして雀居家当主と左近にございまする」
「直答を許す。左近そなた幾つじゃ?」
「五つ…」
「そうか、そうか。結衣より一つ上じゃな。よき遊び相手になろう」
深窓の姫君の子守なんて冗談じゃねぇ、と万里以外の三人は心で思わず罵った。
領主が結衣姫を連れてくるように命ずるが、姿が見当たらない。
家臣たちも一緒になって捜したが見つからなかった。
一向に見つからないので、さすがに守護四家の八名もじっとしてはおられず、捜索に加わろうかと思っていた矢先。
天壱の背後の植え込みが、ガサガサと音をたてた。
八人の忍が領主を守るように身構える。
「とーとさま」
「結衣!! そなた何処に行っておった!!」
結衣……? この娘が結衣姫か!? 皆が驚いた。
植え込みをかき分け現れたのは、手鞠を胸に抱えた少女。
肩までの髪には葉っぱがたくさんついていた。上質な絹で織られた着物は枝で擦れたのか、ほつれている。袴の膝のあたりには泥がついていて、顔や両手、手鞠も泥まみれだった。
「鞠が見つからなくて……探していたの」
「そうか、そうか」
少女は泥を軽く落とすと、呆気にとられている者たちを気にせず、父の膝の上へよじのぼると、ちょこんと座った。
「そういえば、ととさま。鳥の巣を見つけました」
「無事に巣立つとよいな」
「はい」
あら? と小首を傾げてから、少女は四人の少年を見回して微笑んだ。
「とと様のお友達?」
「そなたを守る者──守護四家じゃ」
「しゅご……よんけ……?」
「これ、挨拶せよ」
少年四人が挨拶すると、結衣姫は言った。
「あのね……小鳥の巣を見せてあげる」
───その瞬間、四人はこの姫をとても気に入った。