第参拾六話 やはりウツケ
話を聞き終えた三人は絶句していた。
薪の炎に照らされた四人の顔は苦しげだ。
貴枝郁巳に……人間の手によって暁の巫女は殺されていたのだ。三人は戦火の中で亡くなったとばかり思っていた。
「そっか……天ちゃんが怒る理由がわかった」
左近が腕組みをして呻いた。肩では夜叉丸も腕組みをしている。
「しかし……心臓を食らうなんて、正気の沙汰ではありませんね」
「あの混乱では、頭がイカれても不思議ではないからのぅ」
「確かにヤツは狂っていた。愛した女の心臓を食らったんだからな」
天壱は背中に破邪の剣を縛り付ける。決して重たそうな素振りは見せなかった。
「あの男は、妖王の配下ではないのでしょう?」
「知るかよ」
「これは重要なことですよ。貴枝郁巳の目的がわかりませんからね」
「まさか……また姫さんのこと、殺すつもりなのかっ?」
「殺すつもりなら、あの場で殺しておる。日本でも一緒にいたのなら、いつでも殺すことは出来たはずじゃ」
「では……彼の目的は?」
天壱がひどく静かに、低い声で言った。
「もっと厄介なことだ。アムリタは霊力の強い清き巫女でなければならない──」
考えただけで暴れだしたくなり、天壱は強く自制する。
万里がブツブツと呟いている。
「霊力の強い……えーと…霊力……清き巫女……清き……ああぁぁぁっ!!」
万里が慌て、白蓮も何かに思い当たったらしく、口元を手で隠した。
何もわかっていないのはウツケのみだ。
「何なに? 巫女がどうしたって?」
「落ち着いて聞いてください……郁巳は姫様と祝言をあげようとしているのですよ。穢れてしまえば、アムリタとしての利用価値は失われるはずですからね」
「ふーん。なんで祝言あげると穢れんの?」
やはりウツケ!!──左近以外の三人は不憫だと心で泣いた。
「祝言とは夫婦の契りを結ぶことを意味するんですっ」
「契り〜? なんだそりゃ」
「ですから、それは……白蓮、あなた説明してください。私ばかりズルイですよ」
「わ、わしに男女のいろはを説明せよと言うのかッ!? それは天壱の役目じゃ」
「……」
天壱は険のある目つきをしたままだ。すこぶる機嫌が悪かった。
「天ちゃん?」
「率直に言う。男女が褥で交わることだ」
「褥って……え、あ、うっ……うわあぁぁ――っ!! 姫さんがやべえっ!!」
「ようやくわかったようじゃ」
左近は両手で頭を抱え、滑稽なくらいに喚き散らす。
「郁巳と姫さんが……交わるのかっ!? 郁巳が……郁巳が姫さんを……!!」
郁巳、郁巳と連呼するものだから、キレた天壱の回し蹴りを頭部にくらった。
「いてぇー」
「うるせぇ、行くぞ」
「行くってどこに?」
森の中まで朝日が射し込んできている。薪の炎は燻りつつあった。
(ヤツの隠れそうなところを片っ端からあたってやるっ!! 手始めに…磨那の領地か)
結子奪還を天壱は強く心に誓っていた。
郁巳にさらわれた結子の運命はいかに!?
そして、妖鬼たちも動きはじめる。