第参拾四話 過去への思い
結子が攫われてから数時間──。
天壱は手がかりを求め、ひたすら森の中を駆けまわっていた。
「もうよせ、天壱」
「天ちゃん……」
「これだけ捜したのですから、ここには……もう……」
四人が必死になって捜しても、手がかりは何一つ残されてはいなかった。狼鬼たちは郁巳が結子を連れ去ると同時に、消え失せた。彼らの目的が結子の拉致だったことは明らかだ。
「……結子っ」
「天壱、姫殿は剣を忘れていったが宝玉をもっておる。わしらの宝玉と呼び合うはずじゃ」
「そうですよ。とりあえずこれまで通り鏡都を目指しながら、捜索するほかありません」
「んな呑気なこと言ってる場合じゃねぇんだよっ!!」
天壱は二人を憎憎しげに睨みつける。
発せられる狂気に、白蓮が困惑して訊ねた。
「貴枝郁巳に対するお主の感情は常軌を逸しておる。今こそハッキリ話してもらえぬか?」
天壱の双眸は心なしか潤んでいる。
しばらく逡巡したのち、彼はぽつりぽつりと、悲痛な思いを打ち明けた。
「結衣姫を……結衣を殺したのは…貴枝郁巳だ」
「殺したじゃと? 姫殿は妖に殺されたのでは…」
「なっ、なんだよそれ」
「……でも、そう言われてみると納得がいきます。妖王は結衣姫の生き血を必要としていたのであって、むしろ殺してはならなかったはずですから」
「わしは結衣姫の最期を知らぬ……知っているのは天壱、お主だけじゃな?」
「俺も最初に死んだから、姫さんたちの最期を知らない。なぁ、聞かせてくれないか?」
力なく地に膝をついた天壱は、静かに語り始めた。
「妖鬼が攻めてきた時、俺たちは城外で戦っていた。左近が力尽き、白蓮が倒れた。その時、城に火が放たれた…」
「そこまでは私も覚えていますよ。城の中にまで妖鬼が侵入したと気づいて、天壱を姫様のもとへと行かせたのですから。そこで私も力尽きました」
結子に会ってからは、悪夢を見ることなどなくなっていた。
いつも誰かに起こしてもらわなければ、悪夢からは逃れられなかった。
失意の中、目覚めるのだ。この悪夢を何度くり返し見たことだろう──。
思い出したくはない過去───消えない残像。
あの時の記憶が、ほの暗い憎悪の焔を呼び起こす。
天壱は斑紋が浮かんだままの両腕を、無意識に撫でていた。
郁巳登場と思いきや、いきなり結子を攫っていきました。はたして結子を奪還できるのか……! の前に、天壱と郁巳の過去が、結衣姫の死とどのように関わっているのかが、明かされます。
お楽しみに〜♪(ってここまで読んでる方いなかったらどうしよう・苦笑)