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獣の烙印  作者: 日野枝 弥
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第参拾参話 因縁の対決

「こいつ……間違いねえ! 磨那(まな)の跡取りだ」

 肩に小猿をのせたまま、左近が叫んだ。

今生(こんじょう)では会いたくもなかった筆頭(ひっとう)だね」

「うわぁ、ムカつく〜、カンジわりぃ」

 小猿と一緒にキィキィ喚いている左近を尻目に、万里が冷たい笑みを見せた。

「ここであなたにお会いするとは思いませんでしたよ」

「……お主は妖王との戦いで、亡くなったと聞いておったが」

「君たちとなれ合うつもりはない」

「上等じゃねぇか…貴枝郁巳、てめェだけは許さねえっ!!」

 郁巳の(てのひら)から(いばら)(むち)が飛び出し、正面の天壱へと襲いかかった。

 それが合図となって二人が激しく鍔迫(つばぜ)り合いを始める。


 地面から湧き出してきた影たちは(おおかみ)だ。狼鬼(ろうき)となって白蓮たちへ襲いかかる。

 あまりの騒々しさに結子も目を覚ますが、無数の狼鬼に取り囲まれて、呆然としてしまう。


(なになにっ、何の騒ぎなの一体っ!?)


「姫様、お逃げくださいっ」

 万里が焦ったような声をあげる。

狗楼(くろう)、行け」

御意(ぎょい)

 郁巳の命令を受けた一匹の大きな狼鬼が、結子の前にやって来た。

「私の名は狗楼。貴枝郁巳さまのご命令でお迎えにあがりました」

 その言葉を聞いて森の奥へと目を()らす。遠くで天壱と戦っているのは、なんと幼なじみの郁巳だった。

「ダメ――っ、いっちゃんと戦わないで!!」

「お待ちください」

 結子は森の中を二人のもとへ必死で走った。狗楼も慌てて追いかける。

「やめてっ!! 天壱は悪い人じゃない!!」

 左近の仕込み刀が狼鬼を斬り倒すが、後から後から湧いてくる。

 白蓮も木杖を薙刀(なぎなた)へと変化させて戦っていた。

 万里が護符を投げると狼鬼は炎に包まれた。

「姫殿から、目を離してはならぬ」

「わかった…って、もういねぇぞ!? 姫さん、どこだぁーっ!!」

「天壱たちの方です! 行きますよ」

 森の奥で戦う天壱と郁巳のもとへ、結子に続いて万里たちも駆け出した。

 彼らの行く手を阻むように狼鬼は次々と現れ、左近と万里の腕に、白蓮の足に、食らいついては離さない。

 そして、森の樹木たちが猛烈(もうれつ)な勢いで生育(せいいく)していることに、誰も気づいてはいなかった。





(どうして!? なんでこんなに仲が悪いわけ?)


 結子の前では二人の男が戦っていた。もう彼女の声など耳に届いてはいない。

 しかも、郁巳は何か得体(えたい)の知れない力を駆使(くし)している。

 郁巳の身体から(いばら)の鞭が何本も現れては、周囲の大木(たいぼく)を何本もまとめて薙ぎ倒す。その攻撃をかわす天壱の身体は、何ヶ所も切り刻まれて出血していた。

「雷気……くそッ」

 際限(さいげん)なく襲いかかってくる棘に、力を召喚している隙などなかった。


(そうくるなら…、こうしてやる)


 天壱は木の枝に飛び退()くと、片膝をついて二本の刀の(つか)を重ね合わせた。

(カイ)!!」

 その瞬間、二本だった刀が一体となり、双刃(そうは)の刀へと変化した。中心の(つか)をつかむと振り回しながら襲いかかる。

「天ちゃん……すげぇ」

「感心している場合じゃありませんからっ、ええいっ、このっ、離しなさい」

 天壱から放たれる殺気を、盲目の白蓮は敏感に感じ取っていた。


(天壱は本気じゃ…殺気がひしひしと伝わってくる。二人の間には何かあったと見える)


 白蓮たちは、知るよしもなかった。

 天壱の思いはただ一つ───過去を繰り返したくはなかった。


(だから殺す。貴枝郁巳を生かしてはおけない!!)


 天壱の攻撃をかわす郁巳の視界に、月明かりに浮かぶ結子の姿があった。


狗楼(くろう)……うまく引き離してくれたな)


 結子の周囲で、()い茂った草が驚異的に成長し、地べたを(つた)のようなものが走っていた。

「狗楼、今だ!!」

 一匹の大きな狼鬼が、結子の襟をくわえて跳躍した。木の上に上がるとそのまま走り去ろうとする。

「うぎゃあぁぁっ、天壱っ、いっちゃーん!!」

 悲鳴に気づいた天壱が近づこうとするが、木という木すべてから(いばら)(つる)が伸びてきて、その身体を絡めとろうとした。双刃を回転させ叩き落とすが、思うように動けない。

 結子の身体は狗楼によって放り出された。

「落ちるぅぅぅぅっ!!」

 落ちることを覚悟した瞬間、木から(つる)が伸びてきてその身体を優しく巻き取った。

 蔓から蔓へと、ながれ作業のように渡されていくと、その先では郁巳が待っていた。

(ゆい)

「いっちゃん!!」

 郁巳が嬉しそうに抱きしめると、結子も久々に見た幼なじみの姿にホッとする。

「行こう」

「へ? どこに?」

 郁巳は木から木へと(つる)を使って、飛び移っていく。

 結子が(さら)われていくのを黙っている天壱ではなかった。

 すぐさま(いばら)(つる)を切り捨て、二人の後を追い始める。

「結子!!」

「天壱……っ」

 左近たちも彼らの後を追い始めた。狗楼がことあるごとに天壱の行く手を阻んでいるのが見えた。

「くっそ〜、天ちゃん達に追いつかねぇ! 貴枝郁巳は妖王(ようおう)の手下なのかっ?」

「姫殿は幼なじみと申しておったろうが」

「殺すつもりはないようですけど」



 郁巳と結子の先には、巨大な真紅(しんく)薔薇(ばら)が無数咲いていた。

「結子っ、行くな!!」

 もう失いたくはないのだ。妖王にも誰にも奪われたくはない──!!

 抱えられた結子の背後から、天壱の必死の叫びが聞こえていた。

「君たちとはここでさよならだ」

 郁巳は結子を抱いたまま片手を地につけた。すると、大地から一斉(いっせい)(いばら)防御壁(ぼうぎょへき)が出現して、天壱の行く手を阻んだ。

 結子はわけがわからず、郁巳の腕の中で混乱していた。


(天壱と喧嘩したまま別れてもいいの? いっちゃんは何処へ行こうとしているの)


 郁巳は腕の中にむかって微笑んだ。

「僕達は二人きり…誰にも邪魔されずに生きていこうね」

「…いっちゃん? 薔薇の花が…ああっ」

 二人は薔薇のひとつへと勢いよく飛び込んだ。

 天壱が棘の壁を真一文字(まいちもんじ)に切り裂き、飛び出してくる。

 天壱が後に続こうとした時、すべての花が爆発し一瞬にして消え失せた。

 結子たちの姿はなく、あたりには薔薇の花びらが血のようにひらひらと舞い散った。

 むせ返るような芳香(ほうこう)と砕け散った花びらの雨の中…。

「結子―――っ!!」

 ようやく追いついた左近たちの前で、天壱の振り絞るような叫び声が響いた。


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