第参拾弐話 待ちビト現る!?
箱音から移動した五人は、鏡都の手前、新井付近に来ていた。
「姫さんが妖鬼を退治した時はさぁ〜、マジで驚いたな」
「破邪の剣、恐るべしじゃな。この剣は妖鬼を求めておることがわかった」
道中、またしても妖鬼に遭遇した結子は、怖がりつつも剣を振るっていた。
結局、剣を鞘に収めることで暴走は食い止められることがわかったし、少しずつだが剣と結子の波長があってきているような気がするのだ。心の奥深くで破邪の剣と対話する。集中すれば暴走を防ぐことができる。
街道の茶屋で団子を食べながら休憩していると、スカートのポケットが震えた。結子は濡れた小袖から制服へと着替えをすませている。
妖怪のようなお婆さんが経営する(実際、妖鬼だったりする)茶屋の団子は美味だった。
「あ、携帯鳴ってる。いっちゃんかも」
結子はそわそわしながら、携帯電話を取り出した。やはり着信がある。
「いっちゃん……? それはどなたでしょう?」
「いっちゃんは幼なじみなの。貴枝郁巳っていってね……」
その瞬間、左近が頬張っていた団子を咽喉に詰まらせた。
万里は茶を噴きだし、白蓮が団子を落として転がした。
小猿が慌てて左近に茶を差し出している。
ただ一人、天壱だけが鬼気迫る表情で結子に近づき、携帯電話を取り上げた。
バキッ!! と音をたて真っ二つに折ると、地面に叩きつけ踏みつけた。
「ちょっと、何するのよ!! 唯一の連絡手段だったのに」
「ふざけるなッ、あいつは……貴枝郁巳だけは……駄目だ!!」
「もしかして……いっちゃんを知ってるの?」
「いつからだ? いつから連絡を取っていた? 俺に隠れてアイツと……っ!!」
ただでさえ険のある目つきが、異常なほど凄みを帯びていた。
結子はあまりの迫力に怯えてしまう。
「落ち着け、天壱。姫殿が怯えておる。悪気があったわけではない」
「ごほっ、ごほっ……。そうですよ、そこまで突っかかる詳しい理由が知りたいですね、げほん」
「ゲホッ、ゲホッ、天ちゃん、気にすんな。恋敵が現れたからって焦ることないって。ずっと一緒にいる方が有利に決まってんだからさッ」
天壱は険しい表情のまま、粉々に砕けた携帯電話を見つめている。
「許せない…俺は百年が過ぎても、例え何億年経たとしても───貴枝郁巳を許さない」
数時間がたち、その夜は新井を抜けたところで野宿となった。
五人は薪を囲むようにして暖をとっている。
このあたりは江渡同様、雪は降り積もってはいない。雲が流れると月が隠され、時折、不気味なほど暗くなった。
「か弱き女性に野宿をさせるとは、申し訳ないです」
「んなこと言ったって仕方がねえじゃん、宿がないんだからさ」
「みんながいるから平気だよ」
結子と天壱は再び、険悪になっていた。今も離れたところに座っている。
(どうしてあんなに怒ったのか、わからないよ。壊すことないじゃない)
結子は眠たそうに目をこすると、草むらの上へ疲れた身体を横たえる。
暁での生活も慣れたもので、野宿することに抵抗はない。
草木も眠る丑三つ時。聞こえるのは小さな寝息と薪の燃える音だけだ。
彼らは息を殺して見つめる者がいることに、気づいてはいなかった。
「天壱…。いくらなんでも、ちとヤリすぎじゃ。突然、持ち物を取り上げたあげく壊してしまうなど、もとより乱暴者ではあったが、女子に怒鳴るとはお主らしくない」
「……わかったよ。怒鳴ったことは悪かった。だが、けいたいを壊したことは後悔してねえからな」
「も〜。この話はよそうぜ。俺、姫さんと天ちゃんが仲悪いのって、なんか嫌だ」
左近が両腕を頭の下にいれ、寝転がる。彼の拗ねたような子供じみた口調が、場を和やかにした。四人の中で一番年下の左近は、思ったことや感じたことを素直に表現する。それが末っ子の特権であり長所でもあった。
風が強くなった。
万里が結界をはるために、護符を杉の木へと張りつけながら歩く。
「交替で寝ずの番をするという手もあるぞ」
「天壱も昨日は眠っていないようですし、皆も疲れているでしょう? 雑魚妖鬼なら護符で十分ふせぎ……」
「「来やがった!!」」
天壱と左近の声が重なった。
地面の下から無数の影が、赤い二つの瞳と共に浮かび上がった。それも、一体や二体ではない。
その合間をぬって、森の奥深くから何かが歩いてくる音がした。
「結を返してもらおう」
「野朗…っ!!」
天壱は鞘から刀を抜き放つ。漆黒の闇をまとって現れたのは───貴枝郁巳だった。
読んでくださってありがとうございます。
ようやくあの人が登場でございます。作者すら危うく忘れそうになった(おいおいっ)貴枝郁巳くんでございます。結子の幼なじみですが……実は。
アクションシーンがたくさん書けそうで嬉嬉としております。よろしくおつきあい下さい。