表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣の烙印  作者: 日野枝 弥
3/53

第参話 遅れて来た待ちビト

 暁神社の本殿前に男がいた。

 彼の服装は六月だというのに詰襟の学生服。結子の幼なじみ貴江郁巳(たかえいくみ)だ。

 優しげな瞳に整った鼻梁、形の良い唇。サラサラとした短い髪は清潔な印象を与え、穏やかな物腰が彼の性格を反映しているかのようだった。

狗楼(くろう)

「御前に」

 アスファルトだというのに、その中からくぐもった声が答えた。

「これは…どういうことかな?」

 郁巳は忌々しげに地面を見下ろした。

 待ち合わせ場所に結子がいないことを不審に思い、本殿へ駆けつけると、そこには見覚えある八人の男が倒れていた。

 しかも、本殿にほどこしたはずの封印は解かれている。

「郁巳様、追わなくては」

 地面の中から狗楼が焦った声をあげた。そこに結子の姿はなく割れた鏡が転がっている。

「あれほど本殿には近づくなと言ったのに」

 恨めしそうに見下ろした先には、もう一つ鏡が置かれていた。

「おや? この鏡…この気配は妖でもなく、姫様でもありません。何者かがこちらの世界へやってきたようです」

 郁巳は途端に険しい顔をした。こんな表情は結子にも見せたことがない。

「…四人か?」

「いいえ、気配を残しているのは合わせて三人」

「三人? 四人じゃないのか」

「…今度こそ…郁巳様のものになさりませ」

 郁巳が無言のままでいると狗楼と呼ばれたモノは、様子を窺っているようだ。

「お許しください。ですぎたことを申しました」

「かまわない、おまえのアドバイスはいつも的確だから。だが、あと一年でヤツは死ぬ。それからでも遅くはないだろう」

 歩き出した郁巳に、影のように狗楼の声が付き従う。

「郁巳様…油断は禁物でございます。期限はあと一年、妖王は姫様を手に入れようとなんらかの手段を使ってくるに違いありません。それよりも早く祝言をあげるべきです」

「わかっているよ。けどね…いざ彼女を前にすると僕は本当にただの高校生になってしまうんだよ。本当は二十歳のまま、時は止まっているのにね…」

「それだけ愛しておいでなのでしょう。なおさら、祝言をあげるべきです。あなたは主であり私は影。あなたがいて私が存在する価値がある」

「お前にはまた苦労をかけるかもしれない」

「この名をお忘れか、我が名はクロウにて…」

「オヤジっぽいね、狗楼」

 黙ってしまった狗楼に苦笑した郁巳だが、鏡を睨むと静かに告げた。

「そうだ…過去は繰り返さない。もう手段は選ばない」

 郁巳は無言で、自らの影に沈み込むように地中へと姿を消した。

 下方からの祭囃子が響く中、気を失っていた不良八人が目覚める。そこにはなぜか鏡がひっそりと置きざりにされているだけだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ