第弐拾九話 懇ろ娘現る!?
二日後──彼らは箱音近郊の山中を歩いていた。
破邪の剣を手にした今、五人が目指すところは妖王在する暁の首都──鏡都である。
「ねぇ万里、暁に農村はないの? 江渡は賑わっていたけど、山ばかりで町とか村って見かけないね」
「昔は小さな集落が幾つも存在しましたし、人間も大勢いました。妖王に侵略されてからは、妖鬼を恐れて皆、北へ北へと逃げていきました」
「逃げたところで、妖鬼の出没しない地域などないし、人間は集団で生活するとかえって目立っちまうけどな」
「べーだ。天壱にはきいてないもん」
結子は舌をだして、そっぽを向いた。
「まぁまぁ、姫様」
「まだ怒っているようじゃな」
「うっひゃっひゃっひゃっ、天ちゃん嫌われてやんの」
楽しそうな左近を天壱が「てめぇ、ぶっ殺す」と睨みつけた。
結子が天壱を邪険にしているのは二日前からだ。
話は海底神殿から生還し、江渡を出立しようとしていた時へと遡る。
彼らの旅立ちを見送りにきたのは、駒屋の猫鬼たちだった。
見送りというよりも、土産の催促にきたようなものだったが、可愛い猫たちに見送られて結子はご機嫌だった。
しかし、天壱を見送りに来たのは、駒屋の猫鬼だけではなかったのだ。
「天さぁ〜ん」
人込みを掻き分けるようにして、甘ったるい声を響かせながら女がひとり駆けてくる。
結子よりも年上らしく、緋色の小袖に白い肌が映えていた。髪を結ったうなじも艶めかしく、口元のほくろすら色っぽい。
「お、お鈴……なんでお前」
「江渡に帰ってきたと聞いて……私、ずっと待っていましたのよ。それなのに、今回はお顔も見せずに出立されるなんて、ヒドイですわっ」
「え……あっと……すまねぇ、悪かったな」
お鈴と呼ばれた女は天壱の首へと腕を回し、しなやかにもたれかかる。それから、猫鬼を抱きしめたままの結子を睨んだ。その視線が目障りだと語っている。
(かっ、カンジの悪い人!! これも駒屋の芸妓なわけ?)
結子は心中で憤慨した。それに気づくことのない猫鬼が口を開いた。
「この人は美都屋の女主人にゃ。天さんは半妖鬼と睦ましいにゃ」
「美都屋ぁ!?」
天壱の行きつけは駒屋だけではなかったということか。美都屋は初耳だ。駒屋には情報を収集するという目的があったから通っていたのだろう。
(じゃあ美都屋は…もしかしてこの人が天壱の恋人!! 白蓮が言っていた懇ろ娘!?)
結子の背後からメラメラと青白い嫉妬の炎が燃え上がる。
「て〜ん〜い〜つ〜ぅ」
地を這うような結子の声と辺りにたちこめた暗雲。天壱はビクリとして振り返る。
ああ、やっぱり……可愛い顔の眉間にシワが──と、天壱は青ざめた。
「さっ、さささささささささささ、先に行くぞっ」
「天さぁーん、飽きたら私のところにいつでも帰ってらっしゃいね〜ん」
「土産は八つ橋でいいにゃあー」
屋根から屋根へと跳び移り天壱は走り去った。
残された守護四家は呆気にとられている。
「フッ…夜叉丸ちゃん。前に出した南蛮式球打ち棒出してもらえるかな?」
にっこり満面の笑みを浮かべてはいるが、その瞳が笑っていない。
バットで何をするのか? と、目の据わった結子に尋ねる者は誰一人としていなかった。
そんなわけで──あの日以来、結子は徹底して天壱のことを無視している。
天壱は以前にもまして結子のことを気づかってはいるが、あいかわらず彼女の態度は、そっけなかった。
「なぁ…結子、俺は──」
「きゃああぁぁぁぁ」
突然、耳をつんざく様な女の悲鳴が響き渡った。その声は道の先から聞こえてきた。
「この先に女の人がいるみたい」
「我々が見てきますから、姫様と天壱はここでお待ちください」
「待って、私も行く」
「って、おい結子!!」
五人が駆けつけると、小道の脇に女性が血を流して倒れこんでいた。
女性は男装していたらしく袴姿をしている。その隣で小さな女の子もまた怪我をして倒れていた。