第弐拾八話 煮干しと夜叉丸
「これが…破邪の剣」
天壱がおそるおそる手に取った。かなり重厚なつくりをしているのか、両手でなければ持ち上がらないようだ。
左近は待ちきれないらしく、駆けよって「スゲェ」を連発している。
「早く、早く!! 鞘から抜いて見せろよ」
「わかったから、ちょっと待ってろ」
せかされた天壱が鞘から剣を抜こうとするが、なかなか抜くことが出来なかった。
「もうっ、かしてみろよ! 天ちゃん、力なさすぎ〜っ」
「んだとコラ! おまえより、腕力はあるっ」
左近が引っぱっても剣はビクともしない。
今度は二人で引き合ってみるが、鞘から抜けないのだ。
万里と白蓮も試みるが、剣はいっこうに抜けなかった。
万里と左近がぐったりとして言った。
「はぁはぁ。ま…参りましたね。抜けないことには使えません」
「ふぅ〜。やっぱこの神殿なんか変だよ、疲れた〜」
その隣で白蓮もげっそりとしていた。
「両手で持つのがやっとじゃ。片手でなど持てぬ」
「……使えねえ。これじゃあ妖王を倒せねぇだろがッ」
悪戦苦闘した四人は疲れて地面にひれ伏していた。離れたところから見ていた結子だけが元気だった。剣に近づくと指先で触れてみる。
(ふーん。これが破邪の剣かぁ…これで妖王をやっつけることが出来るのね)
四人がかりでも、ビクともしなかった破邪の剣。
一人しゃがみこんで、剣を撫でたり突っついたりと小首を傾げる少女に、四人は目を細めた。
そういえば…好奇心は誰よりも旺盛だった。そのくせ怖がりで何かあると四人の傍を離れようとしなかった───昔と変わらない、と四人の口元は自然と綻ぶ。
「おまえには無理だ。こんなに重いと振るえないだろ? 指先で突っつくのが精一杯だな」
天壱がニヤニヤしながら言った。
「む。やってみないとわからないわよ」
ムキになった少女は、わっしと鞘を片手でつかむと、もう一方の手で柄を思いきり引きずり出した。
すると鮮やかな光をともなって研ぎ澄まされた刃が現れる。
「ひっ」
本当に抜けるとは思わなかったので、結子は驚いて剣を放り投げてしまった。
「ぬ…抜けたな」
「姫さんすげぇ…しかも片手だ」
「華奢なわりに怪力ですね」
「女子は…強い…」
不思議なことに破邪の剣は、結子にしか扱えない代物だった。
持ち運びは可能だが、結子以外の者は両手でなければ運べないほど重くなる。剣を鞘から抜けるのも結子だけだ。
「…ちっ」
「すばらしい、姫様はやはり暁の巫女です」
万里はやたらと結子を褒めまくるが、天壱は予想外の出来事にひどくガッカリしていた。それもそのはず。彼は結子を救うため、妖王を倒せる破邪の剣を探し求めてきたのだ。守るべき少女が、唯一剣を振るえる者、などと信じたくはなかった。
「『戦闘服を纏いし巫女、破邪の剣ふるいて』と聞いたでしょう?」
「剣をふるいて…つまりは結子自身が妖王と向き合うことになる。戦わせるのか!?」
「それは…」
「ここで言い合っても仕方がないわい。まずは地上へ戻るぞ」
五人はもと来た道を歩いた。
「嘘だろっ、階段がねえよっ!?」
入口にあるはずの階段がなかった。騒ぐ左近の後ろから白蓮が問う。
「迷ったか」
「いや、違えちゃいねぇな」
天壱は松明で足下を照らして見せた。目印なのか、通路には点々(てんてん)と煮干が転がっている。迷うことのないよう落としていたらしい。
どうして煮干し? と首を傾げる結子の脳裏に、駒屋の猫鬼たちがよぎった。
万里が困惑して言った。
「これってつまり…」
「うげー、俺たち閉じ込められたってことかよ!?」
結子は心細くなって無意識に天壱の袂をつかんだ。それに気づくと手を握ってくれる。
「怖くない。大丈夫だ」
結子は無言で頷いた。彼の体温が安らぎを与えてくれる。
「剣は簡単にくれても、帰りは簡単に帰さないってか? カンジわりィ〜」
「あなた、そんなことばかり言っているから罰があたるんですよっ! 神鏡からまた飛ばされても知りませんからね」
万里が左近のこめかみを拳でグリグリしている。
ふと左近の肩に小猿がいないことに気づいて、結子は足下を照らして夜叉丸を捜した。
「夜叉丸ちゃーん、あっ、いた!!」
「うっきぃ…うっきぃ…」
「何してるの?」
小猿は天壱が落とした煮干を拾っては、口に運んでいる。どうやらお腹がすいたらしい。
「夜叉丸ちゃん、おいで」
「うっきいー」
結子の胸に抱かれて嬉しそうにしている夜叉丸を見て、四人は顔を見合わせた。
「そうじゃ、夜叉丸がおった」
「夜叉丸、とにかく鏡を出してくれ! 煮干はあとでたくさんくれてやるからさッ」
「ここから一番近い神鏡の場所はどこでしたか」
「ここからだと…ちっ、江渡屋敷じゃねぇか」
結子には皆が騒いでいる理由が分からなかった。
夜叉丸が手を空にすえると、何かを探す仕種をしてみせてから、大きな鏡を一枚引きずり出した。突然の出来事に結子は唖然としてしまう。
(夜叉丸ちゃんっ、スゴイよ! これが神通力!)
「よっしゃあ! 帰るぜ、はぐれんなよっ!!」
「ウリ坊、その科白そっくりそのままかえしてやるわい」
「姫様が妖鬼に引き込まれないよう、注意してくださいね」
「ああ、俺が抱いて入る」
夜叉丸が鏡を置くと、皆が鏡の中へ吸い込まれていく。
かっ、鏡の中に入るんですかっ? 結子は怯えた。
「しっかりつかまってな」
天壱が結子の身体を抱きしめて優しく微笑んだ。
その顔に見とれているうちに、周囲の景色がグニャリと歪んだ。
焦ったら、なんだかまた可笑しなタイトルつけちゃいました。いや、だって大掃除しないと……この部屋カオス(混沌の世界)なんで(小説に関係ないし・苦笑)
ようやく剣を手にしましたよっ!! いやぁ長かった。まだ続きますので(長っ!)よろしくお願いします。皆様、良いお年を!!