第弐拾伍話 白蓮の琵琶
「うぎゃあ、気持ちわりぃぃぃ!! ヒルだあぁぁぁっっっ」
「増やしてどうするんですっ!!」
騒いでいる左近についたヒルを、万里が護符を使って焼き捨てた。
「斬ってはならん、増えてしまう。だが、まわりが海水では火気は使えぬ」
胡坐をかいた白蓮が琵琶を膝にのせた。
その間にも、血と肉片を撒き散らしている妖鬼によって、分身はどんどん増やされていた。
「万里、わしの耳を塞いでくれるか? 皆も塞いでくれ。絶対にこの旋律を聴いてはならぬ」
「どうするんです?」
白蓮の耳を手でふさいだ万里が、背後から訊ねた。
「まぁ見ておれ」
「左近、私の耳をふさいで下さい」
「わかったよ。……って俺はどうすんだよっ!?」
「うっきぃ」
夜叉丸が自らの毛をむしって耳に詰めると、肩に飛び乗って左近の耳を塞いだ。
「ね、ねぇ天壱。何が始まるの?」
「さぁな。きっと面白いものが見られるぞ。あ…、おまえは見ない方がいいか。気持ち悪かったら俺の後ろに隠れてな」
結子と天壱も言われたとおりにそれぞれ耳を塞いだ。
白蓮が琵琶を弾き始めた。
彼の後ろに続くように並んだ万里と左近の周りにも、じわりじわりとヒルたちが集ってきている。
その旋律は妖しく、うっかり聴いてしまえば惑わされてしまいそうな美しい響き。だが、次第にその音色は激しさを増し、やがて調律が変わると聴いた者のすべてを狂わせてゆく。
最初に、砂浜にいた小さなヒルたちが、気持ちよさげにクネらせていた胴を痙攣させ、倒れた。そのまま溶けて消滅していく。
残るは二体の親分格。苦しげにのたうちまわる妖鬼は、白蓮の方へと毒液を撒き散らす。
驚いた結子が悲鳴をあげた。
万里もまた白蓮のために結界を張る符を投げた。
二人に旋律を聞かせるわけにもいかないので、琵琶を奏でる手が止まってしまった。
「耳を塞いでおれと申したではないか」
「ごめんなさーい」
「結界をはりましたから、続けてください」
「今度こそ、ケリをつけてやるわい」
再び、奏でられた琵琶の音色に苦しみぬいた挙句、二体のヒル妖鬼は毒液を撒き散らしながら溶け、最期には泡となり海へと消えていった。
「すげぇなー白蓮っ、これも力の一種なの? なぁ、なぁ」
もとはといえば、いきなり斬りこんで敵数を増やしてくれたのは、このウリ坊なのだ。
「それでも憎めん……」
「はぁ……同感です。何を言っても無駄なのはわかっていますから」
「ウツケだからな」
たとえ斬りこみ隊長だったとしても……瞳を輝かせている左近に、皆は何も言えなかった。
「やはり大潮の時間に来てみないことには、何もわからぬ」
「そうですね。宝玉も反応しませんし……夜まで暇を潰しましょう」
「やったー!! 俺、汁粉が食いたい」
「汁粉屋は夜にならねぇと……」
言いかけた天壱が黒松のほうを見て、再び、結子を抱き上げた。
「なっ、何っ何っ、今度はなんなのッ?」
「ジジイ、視線……感じたよな?」
「もう気配はない。殺気は感じられんかったが……強い視線じゃったな、ウリ坊」
「二人とも、会話が刺々(とげとげ)しいですよ」
三人が天壱を見ると、あいかわらず結子を抱えたままだった。
「あのぉ……おろしてもらえる?」
「あぁ、悪い」
頬を赤く染めた結子と異なり、天壱はなにか考え込んでいる。
「天壱……?」
それからしばらくの間、天壱は険しい顔をしたままだった。