第弐拾弐話 駒屋の芸妓
そば屋からさほど離れていない距離に、駒屋は存在した。
朱塗りの門構えが、なんだかいかにもそれっぽい。威圧感のある門をくぐりぬけ、店内へと向かう。
店の芸妓に二階の部屋へと案内された。
ここは、昼間は料理屋で夜は宿泊施設となるらしい。六畳ほどの部屋には座布団と脇息が置かれているだけで、特にこった造りをしているわけではなかった。
(ふーん。もっと仰々(ぎょうぎょう)しいかと思ったけれど……)
部屋を歩き回り、もう一方の襖を開いた。
するとそこには、赤い布団と二つの枕───慌てて後ろ手で襖を閉めた。
その様子が可笑しかったのか、天壱が腹を抱えて笑い出した。
「おまえが来たいって言い出したんだぞ」
「こっ、ここってラブホテル!?」
「らぶ…何だ?」
「女のヒトを連れ込んで、あーんなことや、こーんなことをする所かって、きいてるのよっ」
真っ赤になった結子を見て、彼はニヤニヤと笑う。面白がっているのだ。
「まぁ似たようなもんだな。わざわざ連れ込まなくても芸妓が相手をしてくれるところで……って、お前は何が知りたくてここに来たんだ?」
「天壱の恋…恋」
「……鯉?」
(やっぱり恋人が芸妓なの? 芸妓の恋人?)
白蓮の話は本当だったと、正面から天壱の顔を覗きこむ。
「恋人がいるでしょう!? 天壱は誰かにもらった誰が袖を大切にしているって。それに駒屋の娘と懇ろだって聞いたから……私……」
唇をとがらせて俯くのは、拗ねてしまった証拠だ。
例え、転生し別人になったとしても、どこかで魂の本質は似通っているのだろう、と天壱は思う。
(そうか……俺の恋人が気になるのか。だから誰が袖を買った時も……)
天壱は思わず頬が緩みそうになるのを、懸命に堪えた。
「コレは、貰いもんじゃねぇよ」
袂から取り出して見せた匂い袋は、年代を感じさせる、色あせ古びた物だった。
「昔、俺が贈った物には違いないが……形見みたいなもんだ」
「形見……?」
天壱は、わからないか? という顔をした。
「結衣姫は亡くなったが、俺はへんな形で生き残った。彼女が最期に握り締めていた物……俺の贈った誰が袖だ。結局、捨てることが出来ずに持ち歩いている」
「結衣姫って…」
「そう。俺の片思いの相手は守るべき対象で、一国のお姫様で……身分違いにも程がある」
天壱は苦笑いしながら、結子へと誰が袖を差し出した。
「お前に持っていて欲しい。これは本来、贈ったものであって、俺の持ち物じゃないから」
(これは……前世のお前に贈ったものだから……)
結子の気持ちは複雑だ。てっきり天壱の恋人は駒屋にいるものと思い込んでいた。
ところが彼の思い人は───およそ百年前に亡くなっていた。しかも、片思いで身分違い。
(結衣姫が転生したのが、私よね? 前世の私は天壱を愛してなかったのかな……)
(あれ……? これじゃあ、今の私は天壱が好きみたい……ええぇ!?)
気持ちの整理がつかず混乱していると、天壱が反対側の袂に誰が袖を放り込んできた。
彼は片膝をたて腕をのせると、小首を傾げて訊ねた。
「俺のコイビトがわかって満足?」
からかわれている様にも感じて、結子は恥ずかしくなった。
「でも、白蓮が懇ろになった娘がいるって……」
あくまでも疑う結子に、天壱はズッコケた。
「百年越しの思いも報われねぇ……」
彼の呟きは結子には聞こえていなかった。
「にゃあ」
背後から猫の鳴き声がした。
襖の隙間から小さな白猫が室の中へと入ってくる。
「あれ……猫? ちっちゃーい、カワイイ〜」
猫はまっすぐ天壱のもとへ向かうと、膝によじ登った。
「ずいぶん慣れてるね」
「ここで飼わせてもらっている。一見すると可愛いが、こいつは妖鬼だ」
(なっ……なんですとっ!?)
膝の上で咽喉を掻かれてゴロゴロ鳴らしている姿は、どう見てもただの猫である。
すると、もう一匹白猫が入ってきて、結子の膝頭に頭を摺り寄せてきた。
「よしよし」
抱き上げて顔を覗きこむと、丸くて大きな瞳がキラリと輝いた。
「お前、人間にゃ?」
結子は一瞬にして固まった。
「ねっ、猫がしゃべった!!」
「猫鬼だと言っている。江渡屋敷は万里の護符で結界が張られているから、こいつらを飼うことはできない。ヤツの結界は強力だから滅せられちまう。だから、駒屋に預けている。こいつらの食事と住処を肩代わりするかわりに、破邪の剣に関係しそうな情報をもらっている」
「じゃあ……もしかして……」
「こいつらの誰かと一緒にいるところでも見たんだろう。ヒトの形態もとれるからな。ったく……疑いは晴れたか?」
(今はそういうことにしておいてくれ)
天壱はそれらしい言い訳ができて、胸をなでおろした。
(だが──ジジイとウツケは半殺し決定だな)
結子は無言で頷くしかなかった。
嬉しいような…安心したような…気持ちは複雑だ。
(あれ……? なんで嬉しいの? そもそもどうして苛々していたの私?)
赤くなったり青くなったりを繰り返していると、視線があってしまい、天壱の唇が目に付いた。気まずいと思ったのか、彼の方が先に視線をそらした。
「そうにゃ、天さん。海の神殿は見つかったかにゃ?」
「いや……まだだが?」
「おーい、みんな〜。天さんにゃ〜」
更に猫の鳴き声がして、廊下や窓から猫がぞろぞろと集まりだした。
(なっ……なんなのっ、この数は……っ!!)
あっという間に、室の中は猫で一杯になってしまった。
二十匹はいるだろうか。猫たちは窮屈そうな二人にかまわず、勝手に話はじめる。
「山よりにゃ、山よりの浜辺に行くにゃ!」
「山は山でも西よりにゃ」
「この前の鰹節は美味だったにゃ〜」
「大潮じゃにゃきゃ、道は開かにゃいらしい」
「今は鮎が旬にゃ、岩魚もいいにゃ」
「わかった、わかった」
身体中に猫鬼を張り付けたままの天壱は、困ったようでいて優しい顔をしていた。
(もしかして、釣り竿を持ち歩いているのって……)
駒屋の可愛い芸妓たちに、貴重な情報をもらった二人は、その夜遅くに江渡屋敷へと帰宅した。
なかば強引な展開ですが(苦笑)剣に関する情報が手に入ったところで、物語はいよいよ後半へとまいります。
後半は物語の核心部分が徐々に明らかにされていく(はず!)予定です。